第51話 ショッピング。
真夏のショッピングモール。それはクーラーによってキンキンに冷やされたこの世の楽園である。
が、その中のとあるフロアにいる俺の頬には一筋の汗が伝っていた。
「なおくんなおくん。こ、これと……こっちの水着なら……ど、どっちがいいと思いますか?」
「え、あー、えーと……」
両手に持った水着で恥ずかしそうに表情を隠しながら控えめに聞いてくる結愛。
隙間から覗く瞳には緊張と、わずかな期待がにじんでいるように見えた。
そう、俺と結愛がいるのはショッピングモール内の水着売り場。それも、女性モノが置かれているフロアだ。
海水浴へ行くという約束を果たすため、まずは水着の調達に来たのである。
彼女連れとはいえ、この場所に男がいるのはなかなかに勇気がいる。
今の俺はきっと、結愛以上に緊張していた。
しかし瞳を潤ませている彼女を前に、そんな素振りを見せるわけにはいかない。
「こっち……かな」
俺は結愛が掲げる水着のうちのひとつ、ストライプが入った黄色いビキニタイプの水着を指さした。
「こ、こっち……ですか……」
結愛が顔をさらに強張らせる。それを見て、少し不安が覗く。
俺、選択ミスっただろうか?
よくよく考えてみれば、女の子がするこういった質問にはあらかじめ答えが決まっていると聞いたことがある。女の子からしてみればすでにどっちにするかは決めていて、この質問は男がそれを選べるかどうか試されているのだ。
つまり結愛は俺にもう一つの水着である、ワンピースタイプの水着を選んでほしかった……?
「い、いや結愛? お、俺はべつに強いて言うならこっちの方が似合うかもなあと思っただけで……結愛ならどっちでも絶対可愛いと……」
俺がまくしたてるように言うのだが、結愛はハッとした様子で訂正するように慌てて話す。
「い、いえ違うんです……なおくんが選んでくれたのは嬉しくて。でもその……こんなにお肌が見える水着……着たことなくて……ちょっと勇気が……」
「あー、そういう……」
「あはは……自分で聞いておいて、バカですね私……」
結愛は困ったように苦笑いした。
「まあホントに無理しなくていいぞ? さっき言った通りそっちの水着でもめちゃくちゃ可愛いと思うし」
俺がワンピースタイプの方を指さしながら言うと、結愛はまた頬を染める……のだが、それから首をふるふると振った。
「な、なおくんはこっちの黄色の方が良いと思ったんですよね……?」
「まあ、強いて言えば、な」
「私がこの水着を着るの、見たい、ですか……?」
「もちろん。着てくれるのなら嬉しいよ」
おずおずと聞いてくる結愛に、俺は偽りなく言葉を返す。
彼女が自分の選んだ水着を着てくれるなんて、それほど彼氏冥利に尽きることもないかもしれない。俺のために恥ずかしいのも我慢して、というならなおさらだ。
「じゃ、じゃあこれにします!」
「ほんとにいいのか?」
「はいっ。えと、決意が揺るがないうちに買ってきますね!」
「おう。俺も行くよ」
それから結愛は試着をして、その水着を購入した。
試着した姿はまだ俺には見せてくれなかった。
結愛曰く「当日のお楽しみ」ということらしいが単純にまだ勇気が足りないのだろう。そんなところも可愛いし、当日がますます楽しみになる。
「これからどうします?」
「まだ昼前だし、もう少しショッピングでもしていこうか」
「はいっ。では行きましょう!」
勇気を出して水着を買ったことの延長か、テンション高めの結愛に手を引かれて俺たちはショッピングを楽しんだのだった。
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