五章
第50話 勉強と家デート。
「なおくんなおくん。本当に私が来ちゃってもよかったんですか? 私、なおくんの邪魔になってません?」
隣に座ってテキストを広げる結愛がこちらを見ながら聞いてくる。
今日は俺の家で勉強会兼、家デートをしているのだ。
「結愛がいてくれた方が頑張ろうと思えるんだよ」
「そ、そうですか……? そう言ってもらえると私は嬉しいですけど……」
俺が本心から言うと、結愛は少し頬を染めた。
彼女に情けないところは見せられないからな。勉強も身が入るというものだ。
むしろ負い目があるのは俺の方。二人ともあまりアウトドアが得意なタイプではないとはいえ、夏休みの初旬から家デート。しかもほとんど受験勉強に付き合わせている状況なのだから。
「結愛の方が退屈じゃないか?」
「い、いえ! そんなことないですよ? 私も宿題がわんさかありますし!」
「あー、確かにうちの高校、課題多いよなあ。俺も去年大変だった」
3年生は受験勉強があるため、ほとんど課題が出ていない。生徒それぞれに任せる形だ。しかし2年生までは一応進学校であるためか、課題が死ぬほど多い。
「ですよね~……。ほんと、多すぎですよ……」
「わからないことあったら言ってくれよ。少しは教えられると思うから」
「はいっ。ありが……ぁっでも……」
一度は目を輝かせて頷いた結愛だったが、それも一転、答えに窮するように視線を彷徨わせる。
俺はそんな結愛の頭を軽く撫でた。
「遠慮すんなって。高2の範囲は受験でも重要だからな。復習になってむしろ助かるよ」
「そ、そういうことなら……よろしくお願いします♪」
何一つウソは言っていない。それが伝わったのか、結愛はにっこりと笑った。
「うーん……」
勉強を開始してから一時間ほどが経った頃。結愛が首をコテンと傾げながら考え込んでいた。
「分からない問題があったか?」
「あ、はい。数学の問題なんですけど……」
「どれどれ」
隣に座る結愛のテキストをのぞき込む。顔と顔の距離が縮まって、少しドキッとした。肘と肘か触れ合った。
「え、えーと……あー、これか」
鼓動が早くなるのをなるべく無視しながら、俺は問題を確認する。
それは少しテンプレートを弄ってあり、出題の意図が分かりづらくなっているタイプの問題だった。こういった問題は視点を変えていけば芋づる式に当てはめるべき公式が見えてくる。
「教えようか?」
俺が言うと、結愛は少し考える仕草を見せた。また遠慮しているんだろうか。
「……もう少し、自分のチカラでやってみてもいいですか?」
「おう。それがいいかもな。でも制限時間を設けようか。一つの問題にあんまりこだわっても仕方ないからな。そういう時は答えを知ってしまった方がいい」
「はいっ」
笑顔で頷く結愛に、俺は「頑張れよ」と声をかけた。
「じゃあ10分な。過ぎたら俺が教えるから」
「わかりました」
一応正確に測っておこうと、俺はスマホのタイマーを表示する。
「それじゃあ始めるぞー」
「あ……あのっ」
「ん? どうした?」
タイマーを動かす直前、結愛は意を決したように俺の服の裾を掴んだ。
「え、えっと……その……えとえと」
「……結愛?」
結愛は恥ずかしそうに視線を逸らして、ゆっくりと口を動かす。
「ちゃ、ちゃんと解けたら……ご褒美、もらえませんか……っ?」
「ご褒美?」
ご褒美といってもどうすればいいんだろう。暑いし、アイスをプレゼントとか?
「は、はい……っ! その……キス、してもらえませんか?」
「き、キス……か……」
「はい……」
結愛は火が出そうなほどに顔を火照らせて俯いてしまう。自分はまた勢いで何を言ってるんだと、嘆いていそうな顔だ。
「よし分かった! その問題が解けたら、ご褒美のキスだな」
「い、いいんですか……っ!?」
「もちろん。俺もまあ、結愛とキスしたいし……な。だから、頑張ってくれよ」
彼女が勇気を出しているのだから、それに応えないわけにはいかない。
キスなんていつでもしろよと思うかもしれないが、俺たちにとってはまだ難易度の高い行為なのだ。こうやって出来る理由を見つけられるならそれに越したことはない。
そうして、結愛の10分かぎりの闘いが始まった。
残り9分、8分、7分……少しずつ時間が経過していく。
問題に取り組む結愛の顔は真剣そのもので。なぜか俺まで緊張してしまいそうなほどだった。
思わずヒントを教えてあげたくなってしまう。
そして残り、1分。
「できた! できました! なおくん!」
「よし、じゃあ答え合わせだな」
結愛の書いた回答を見る。問題のからくりには気づけたらしい。使う公式に間違いはない。
しかし――――
「うーん……計算ミス、だな……」
「えっ……そんなぁ……」
「大丈夫。ほんとにちょっとだから。すぐ終わるよ」
残り30秒。
結愛は急いで計算をし直す。
「今度こそ! できました!」
「うん。正解だ。よくできました」
制限時間ギリギリ。結愛は問題を見事解き終えた。
頭を撫でてあげると、結愛は嬉しそうに目を細める。
「じゃあ、ご褒美だな」
「はい……なおくん……」
隣の結愛にゆっくりと顔を近づけていく。
床についている二人の手は自然と結ばれていた。
そうして、俺たちはご褒美という名目でキスを満喫したのだった。
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