第48話 サプライズ。

 夜空に一筋のラインが引かれる。


 そして一瞬後、眩い煌めきと胸を打つ大音響とともに大きな花が咲いた。


 花火大会、その最後を飾る三尺玉だ。


 俺たちはその花火を、俺の家のベランダから見ていた。お互いに人混みは疲れてしまったし、この家からは花火が良く見えるのだ。


 だから俺たちはこの場所で、二人きりの花火大会を満喫したのだった。


「終わったな」


「はい。とっても綺麗でした」


「この後はどうする? さすがにもう解散か? それなら送っていくけど――――」


「な、なおくんっ!」


 俺の言葉を遮るように、緊張した様子の結愛が口を挟んだ。


「ちょ、ちょっと待っててもらえますか!?」


 それだけ言うと、結愛はとたたーっと走って部屋を出て言ってしまった。


 トイレ……だろうか?


 そう思ったのもつかの間、結愛が帰ってきて部屋の扉を開ける、と――――



「ハッピーバースデー! なおくんっ!」



 その言葉と同時に、クラッカーの音が鳴り響いた。


 満開の花が咲くような、それこそ花火なんかよりもよっぽど美しい笑顔を浮かべた結愛がそこにいた。


「えっ……?」


 誕生日? 今日? 誰が? 俺が?


 今日の日付は……7月26日。ああ……そうだった。花火大会の日は、俺の誕生日だった……。


 もう何年も祝われることなんてなくて。今年は特に、受験勉強もあって。完全に忘れていた。


「なおくん……? どうしましたか……? 今日、誕生日……ですよね? 私、何か間違えちゃいましたか……?」


 いつまでたっても反応を示さない俺に、結愛が不安気に瞳を揺らす。


「い、いや、単純に驚いて……すま――――」


 違う。今伝えるべき言葉はこれじゃない。


「いや、ありがとう、結愛。マジで嬉しい」


「ふふっ。どういたしまして♪ サプライズ成功です♪」


「それにしても、よく覚えてたな。俺の誕生日」


「当たり前ですっ。なおくんとの会話を忘れるわけないですからっ。それに、何と言ってもあの時は初デートだったんですよ?」


「ははっ。そうだな」


 初デートの緊張してばかりでちぐはぐだった自分たちを思い出す。


 ショッピングモールでパワーストーンを見ながら、俺たちは誕生日の話をしたんだ。


 結愛の誕生日は3月21日。俺もちゃんと覚えてる。アクアマリン。幸せな結婚、だ。結婚とか、パパとかママとか言ってキョどってるのは今も変わらないな。


「あ、そうだ。忘れるところでしたっ」


 そう言って結愛はまた部屋を出る。それから部屋を出たところにさっき置いたらしいそれを丁寧に持ってきた。


「ケーキも、あるんですよ♪ 店長に用意してもらいました♪」


「おお……!」


 これもまた、交際一ヶ月のあの時を思い出す。


 俺たちの初めてのすれ違いで、そして大事な日だった。


「ケーキなんてどうやって持ってきたんだ?」


 お祭りの間も持っていたなんて、そんなことはないだろう。


「それはもう……お母さまと連絡を取ってちょちょいですよ♪ 私たち、毎日連絡とり合ってますので♪」


「マジかよ……」


 なんか会話の内容が気になるような、怖いような……。


 でもそうか、母さんも誕生日のこと覚えててくれたんだな……。少しだけ、しみじみとした気持ちになった。


「さあさあ、食べましょうなおくんっ。あ、でもその前に蝋燭です。一本ですけど、ちゃんとありますから!」


 それから俺たちは部屋の中央に設置した小さなテーブルに向かい合わせで座った。


 そして俺のケーキに蝋燭を立てると、結愛が少しだけ恥ずかしそうに、小さな部屋に響き渡るだけの小さな声で歌いだす。



 ハッピーバースデートゥーユー♪ ハッピーバースデートゥーユー♪


 ハッピーバースデーデア なおくーん♪ ハッピーバースデートゥーユー♪



 結愛が歌終わるのと同時に、俺は蝋燭の火を吹き消した。


 パチパチと拍手する結愛が、本当に楽しそうで、嬉しそうで。俺の誕生日を心から祝ってくれているんだということがひしひしと伝わって、これ以上ないくらいに幸せだと感じる。


 この数か月の思い出を振り返りながら、俺たちはケーキを食べた。 


 それはやっぱり、幸せな時間だった。

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