小悪魔後輩だけど実は恥ずかしがりやな学園一の美少女に告白されたので付き合うことにした。

第47話 お姉ちゃん。

「あ、おにーちゃん！」

　迷子センターに着いてからしばらく経つと、小学校中学年くらいの男の子が血相を変えた様子で息を切らしながら飛び込んできた。

　きっと必死に探していたんだろう。その様子には鬼気迫るものがあった。

「えり！」

　男の子がえりちゃんの元に駆け寄って叫ぶ。

「バカ！　勝手にどっか行くなって言っただろ！？」

「ふぇ、……ご、ごめんなさい……」

「心配したんだぞ！　すごく、すごく心配したんだぞ！」

　男の子の勢いに、えりちゃんは泣きじゃくってしまう。だけどそれにも関わらず、男の子はお説教を続けた。

　そんなふたりの間に割り込むように、結愛は彼らの前にしゃがみこむ。

「えりちゃんのお兄ちゃん、だよね？」

「えっ？　は、はい……そうですけど……誰ですか」

「結愛お姉ちゃん！　えりをここまで連れてきてくれたの！」

　えりちゃんの紹介に、結愛はにっこりと笑みを見せた。普段とは少し違う、お姉さんな笑顔だ。

　それを見た男の子は一丁前に頬を少し染めて、少し緊張した様子を見せる。

「そ、そうなんですか。あ、あの……ありがとうございました。えりの面倒を見てくれて」

「んふふ～」

「こらえり！　おまえもニヤニヤしてないでお礼を言えって！」

「あうぅ……」

　男の子の言葉にえりちゃんは一転しょぼくれたように俯いてしまう。

「ふふっ。お礼なんて大丈夫だから。だからえりちゃんをそんなに怒らないであげて？　心配だったのはわかるけどね」

「うっ……で、でも……オレはただ……その……」

「うんうん。わかるよ……？」

　そう言って、結愛はそっと男の子を抱きしめた。

「心配だったんだよね。不安でたまらなかったんだよね。……お兄ちゃん、だもんね」

　結愛はやさしく、男の子の頭を撫でる。

　それから男の子の両肩を掴んで、その曇り一つない目で見つめた。

「でも、もう大丈夫。大丈夫なんだよ！　これからはお楽しみの時間！　お姉ちゃんたちと一緒に遊ぼう！」

「えっ……？」

　力強く言う結愛に、男の子は目を丸くした。結愛はそんな男の子の手と、えりちゃんの手を取って二つの手をしっかりと結ばせる。

「だから、もう絶対に離さないで。大丈夫。その手はね、きっと何よりも強い絆で結ばれているから。家族って、兄妹ってそういうものだから」

「家族……」

　男の子はそっと、その繋がれた手を見つめた。

「うん。オレ、もう絶対えりを離さない。……だから、だからその、……お姉ちゃんも一緒にいてくれる……？」

「もちろん！　私たちのお祭りはこれからだよ！」

　そう言って、結愛はふたりの頭を撫でたのだった。

　まあ、それはいい。それはいいんだけどさ。

　頬を染める男の子が、少しだけ大人の階段を上った顔をしているのが微妙に気に入らなかった。

　ちょーっと優しくされたくらいで調子乗ってんじゃねえぞ。その子、俺の彼女だからな！

　醜い嫉妬をする陰キャがここにいたらしい。

◇

「ごめんなさい、なおくん」

「あ？」

「もう、あんまり時間ないですね……」

　小さな兄妹を連れてお祭りを楽しみ、彼らを見送った後。花火大会が始まるまで、時間はもうわずか。

　結愛は口をつくようにそう言った。二人きりの夏祭りにできなかったことを、結愛は謝っている。

「まあ、べつにいいさ。ちびっ子と遊ぶのも楽しいし。結愛とはまたいつでも機会はあるしな」

「で、でも……私たち二人ともが高校生の夏祭りって、今日が最後だと思うんです。そう言うのって、大事だと思うんです」

「それならなおさら、大丈夫だ」

　うつむきがちな結愛の頭を、今度は俺が撫でる。

　まったく……さっきまでお姉さんしてたやつとは思えないな。

「かき氷、美味かっただろ？」

「は、はい。とっても。今まで食べたかき氷で一番でした」

「なんつーかさ、あの時間、俺すげー好きだった。あんな時間をこれからもたくさん作っていきたいと思った。だから、それだけで十分」

　俺は少し恥ずかしくなって、宙を見つめながら結愛の頭をポンポンと撫でる。

「なおくん……っ」

「うわっ……！？」

「――――んっ」

「結愛……？」

　結愛は俺の胸に両手をつくと、流れるようにキスをしてきた。

　お祭りの匂いと、結愛の匂いが鼻先をかすめた。

「えへへ……嬉しくなっちゃったので気持ちを行動で表してみました」

「そ、そっか」

　はにかむような結愛の笑顔と、唇に残る温もりに心臓がどきどきした。

「……むかし、私も同じことをしたんです」

「え？」

「お祭りの日になって突然、お母さんもお父さんもお仕事から手が離せなくなっちゃって。それでお祭りに行けなくなっちゃったんです。もちろん私も悲しかったけど、でもそれ以上に、小さな愛奈（まな）が落ち込むのが見てられなくて。私は愛奈をお祭りへ連れ出しました」

　結愛は昔の思い出を掘り起こすように話を続ける。

「でも、私ってこんなんじゃないですか？　ぜんぜん、しっかりしてなんていないですし。お財布を失くすことから始まり、当然迷子にもなって。もう散々でした。愛奈の方がよっぽどしっかりしてたくらいで」

　なんだか、その場面が想像できるかのようだった。

　その時の二人にとってはすごく切実で、少し悲しい思い出でもあるんだろうけど、その景色は微笑ましいものに思えた。

「でも私、こう見えてお姉ちゃんなんです。お姉ちゃんは妹のことが大好きなんです。妹のためなら、なんだってできちゃうんです。してあげたいんです。だからたまに、無茶だってしちゃいます」

「それでえりちゃんたちを放っておけなかったのか？」

「はい。なんか自分に重ねちゃって。それで思わず、ですね」

「そっか。それなら、よかったじゃないか」

「え？」

「二人とも、楽しそうだったよ。きっと、迷子のことなんて楽しかったお祭りのちょっとしたスパイスでしかなくなっちゃうくらいに」

「そう、かな……楽しい思い出に、しあげられたのかな……」

「ああ、ぜったい。だいじょぶだ」

　俺はもう一度、結愛の頭を撫でた。俺にできるのはそれくらいだから。

「だから、おつかれ。お姉ちゃん？」

「ふふっ。なおくんも、お疲れ様です。お兄ちゃん――じゃなくてパパでしたっけ？」

「いやそれもうやめて。ほんとまだダメだから」

「まだ、ですか？」

「うっ。もうこの話やめやめ。ほら、急がないと花火大会に遅れるぜ？」

　俺は結愛の手を引いて駆け出した。

　「まだ」、とか。ちょっと口が滑っただけだっつーの。