第46話 夫婦。

「んふふ~」


 迷子の女の子、えりちゃんと出会ってからしばらく。俺たちはえりちゃんのおにーちゃん探しをしながら3人で手を繋いでお祭りを歩いていた。もちろん、真ん中はえりちゃんである。先ほどまでの涙はすっかり引っ込んいた。


「どうしたのえりちゃん。とっても楽しそう」


「うん! こうしてるとなんだかね、パパとママと一緒に歩いてるみたいなの!」


「パ、パパとママ!? それはえっと、えっと……なおくん!」 


「いやなんでそこで俺に話を振っちゃうの?」


「だってえ……いきなりそんなこと言われると思わないじゃないですかあ~」


「だからって俺に振られても困るんだよなあ……」


「パパとママ、とっても仲良し~」


 俺と結愛が言いあっているのを見て、えりちゃんがにかっと笑う。


「いやえりちゃん? 俺と結愛は恋人ではあるが結婚しているわけではなくてだな?」


 説明するがえりちゃんはまったくの聞く耳持たずだ。


 しかしそんなえりちゃんは本当に嬉しそうにしていて、俺は弁解するのをやめた。


「ふふっ。いいんですか? パパとママのままで」


「まあ、仕方ないだろ」


「こうしてると私たち、夫婦に見えたりするんですかね……♪」


「いやそれは、……どうだろうな」


「否定はしないんですね」


「まあ、うん」


「そ、そですか……」


 自分から聞いてきたくせに赤くなって俯いてしまう結愛。


 なんだよ、その反応。俺まで恥ずかしくなりそうだ。




「あ、直哉に結愛ちゃんじゃん! って、ええ!? あんたたちいつの間にそんな大きい子どもを……!?」



 目の前の人混みからそんな声が聞こえ前方を見やると、そこには幼馴染であり金髪ギャルの初音可憐はつねかれんと、その金魚の糞(ということにしたい)の長谷川翔太はせがわしょうたがいた。 


 ふたりとも、しっかりと浴衣を着ていて夏祭り仕様になっている。ちなみに俺と結愛は私服だ。こうして知り合いの浴衣を見てしまうと、結愛の浴衣もいつか見たいと思ってしまう。


「こんばんは、初音せんぱい。長谷川せんぱい」


「こんばんは、美咲ちゃん。それに桜井も」


「おう。てか、子どもじゃねえからな。迷子だ迷子」


「あ、そうなんです! せんぱい方はここに来るまで迷子を捜しているお兄ちゃんを見ませんでしたか?」


「あー、そういうことね。あたしは見なかったかなあ。翔太は?」


「僕もそれっぽい子は見かけなかったな……」


 結愛が聞くと、初音は一瞬拍子抜けだというような顔をしたものの、すぐに気持ちを切り替えたように対応してくれる。


 それから初音はなにやら迷いなくスマホを構えた。


「翔太」


「可憐? ああ、そういうことか。それじゃあ男子には僕が」


「ん」


 続いて長谷川もスマホを構える。


「何してるんだ」


「よし、かんりょー」


「あ?」


「知り合いみんなに迷子いたら連絡してって伝えといたから。なんか情報あったら直哉に連絡するわ」


「僕も一応、連絡しておいたよ。それくらいしかできないけどね」



 ふたりはそんなことをあっけらかんと言うと、えりちゃんと目線を合わせるようにしゃがんで話し出す。ふたりとも子供は好きらしい。長谷川はともかく、初音は意外だ。


「そっかそっか、えりちゃんっていうのね」


 初音が普段よりもいくらか柔らかい笑顔でえりちゃんの頭を撫でる。


「大人っぽいおねえさんと、イケメンのおにいさんはお付き合いしてるの?」


「へ? あたしと、こいつが? お付き合い?」


 ぶしつけな質問に初音が珍しく素っ頓狂な声を上げた。長谷川も笑顔が少し歪んでいる。


「うん! えり、とってもお似合いだと思うの!」


「そっか~。でも残念ながら、あたしとこいつはそういうんじゃないんだよね」


「じゃあどういうのなの?」


「うーん、翔太はあたしの小間使いかな!」


 長谷川の笑顔がさらにぐんにゃりと歪む。初音公式小間使い、ざまあ。


「小間使いってなあに?」


「うーん、執事ならわかるかな」


「執事さん! えりも欲しい!」


「じゃあえりちゃんも頑張ってオトナの女にならないとだね。女は男を従わせるものなの」


「おお~! すごい! かっこいい! えり、オトナの女になる!」


「てことで、ほら。翔太」


「あはは……じゃあ僕がオトナの女性を目指すえりちゃんにプレゼントをあげようかな」


「あっ、りんご飴!」


「好きかい?」


「うん! 大好き!」


「それはよかった」


 長谷川は一体どこに隠し持っていたのか、りんご飴をどこからか取り出すとえりちゃんに差し出した。


 それから、この後友人たちと合流する予定があるらしい二人は「おにーちゃん見つかるといいね」とそんな言葉を残しつつ、えりちゃんの頭をなでてこの場を去った。


 りんご飴を貰ったえりちゃんはとてもご機嫌だ。そして同時にあのクソ小間使いにもメロメロである。小間使いの分際で俺の天使に何てことしてくれてやがるんだあいつ……。


 その上初音と長谷川は端から見てもとても息が合っていて、なんだか少し、負けた気がした。



 それから俺たちは再び手を繋いで、えりちゃんのおにーちゃんを探しつつ、この先にあるという迷子センターを目指して歩き始めたのだった。


 


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