第39話 テスト勉強。

 結愛ゆあが回復してから数日。


 いよいよ、長い長い夏休みが迫ってきていた。


 そしてそれは学生にとっては等しく憂鬱なイベント、期末テストの訪れを意味していた――――――――。


 

 といっても、受験生である3年、ひいては俺にとってはテスト自体がそこまで憂鬱なわけではない。夏は受験の天王山。どうせテストが終わっても勉強漬けの毎日だ。


 いつでもどこでも将来への不安でいっぱいである。


 テストという直近の乗り越えるべき壁が生まれる分、もしかしたらモチベーションの維持や精神安定にはいいのかもしれないとさえ思う。


 それに何より、俺にとっては彼女と迎える初のテスト勉強、夏休み。


 いかに受験生といえど多少の楽しみがあってもいいだろう。


 と思っていたのに――――



「おい、なんでおまえらがいんの? ていうか、なんでファミレス……」


「まあまあ、いいじゃいか。みんなで教えあうのもいいものだよ」


「そーそー。受験は団体戦って言うし?」



 俺が言うと、目の前の席に座る長谷川と初音がそう答えた。長谷川は爽やかな笑みを見せつつ、初音はジュースをチビチビと飲みつつ、だ。


 いや、知らんがな。勉強っていうのは基本的に一人で取り組むもので。わからないことっていうのは基本的にまず自分で調べるんだよ。


 そんなこともせずに、すぐ人に頼るから近頃に若者は考える力が足りないと言うのだ。


 団体戦とか知るかよ。勉強はいつだって個人戦だ。



 というのはともかく、俺は現在、ファミレスで勉強会なる催しに参加していた。



「なおくんなおくん」


「ん? どうした?」


「ちょっとこの問題がわからなくて……」


 ボッチ思考にとらわれ始めていると隣に座る結愛が俺の袖をちょいちょいと引きながら聞いてきた。


 だから今も言ったけどまずは自分で調べて、答えの解説なんかも読み込んでだなあ……。


「教えてもらえますか……?」


「よしきた任せろ」


「やったっ。よろしくお願いします、なおやせんせい♪」


 即落ち2コマとはこのことを言うのだろうか。


 いや、彼女のお願いを聞かない彼氏とかいるわけないじゃん。彼女がこんな上目づかいで、甘えるように教えを乞うて来たらなんでもしてあげたくなっちゃうじゃん。


 俺は悪くない。


「あ、あの、わたしも聞いてていいですか? お二人のお邪魔はしませんので……」


「おう、どうぞ。俺なんかの解説でよければ」


「ありがとうございます、桜井先生」


 結愛のさらに隣に座る少女、御代玲奈みしろれいながおずおずと会話に入ってくる。おのれ結愛との時間に水を差しおって……とはさすがに思わない。


 というか、この勉強会はそもそも御代の提案によるもので。それがなかった場合に、俺が自分から結愛に一緒に勉強しようなどと言えたかは怪しいものだ。


 しかも彼女はあのお見舞いのあと、宣言通り結愛の友達になってくれていて。


 最近の結愛は俺といるとき以外の学園での話をよくしてくれるし、とても楽しそうだ。


 だから、御代には感謝ばかりなのである。


 

 それからしばらく、俺は後輩二人に勉強を教えた。


「ふむふむ……なおくん、教えるの上手いですね」


「そうか?」


「はい、とってもわかりやすいです」


「そいつはよかった。御代もこんな感じで大丈夫か?」


「ばっちりです! 理解しました!」


 おお……自分の解説で教え子が理解してくれるというのは意外と気持ちいものかもしれない。教えるというのは自分の頭で理解するのとはまた違って、相手に自分その理解を伝えなければいけない。


 理解の言語化。その作業がなかなかに大変で骨が折れるが、その解説で相手が理解してくれればそれは自分の理解度の裏付けにもなる。


 人に教えるのも意外と悪くない……のかもしれない。


 そんなことを思い始めていると、やはりにこにこしながらこちらの様子を窺っていた長谷川が口を開いた。


「へえ……うまく教えるものだね」


「そうかよ」


 なんとなく嫌味っぽくてイラっとした。ボッチが人に教えられるとは思わなかったって?


直哉なおやは暇人だから基本的に成績いいもんね~」


「暇人じゃない学生の本分を全うしているだけだ」


「ふーん」


 どうでも良さそうに初音が相づちを打つ。興味がないなら言うな。


「それなら、この前の模試とかはどうだったんだい?」


「この前? ああ、あれはそれなりだったな」


 俺は少し謙遜も交えつつ、しかし良かったことが窺えるようなドヤ顔を滲ませつつ言ってやる。


「実は僕もそれなりに良かったんだ」


「あ?」


 長谷川は「ふふっ」と笑みを浮かべる。


「ああ~前回翔太の点数高かったもんね~。8割超えてたっけ?」


「んなっ………8割!?」


 8割て………この時期でそれは頭おかしくないですか~?


 俺のドヤ顔が完全に道化のそれである。


 そして初音、おまえはさりげなく「あたしの方がもうちょっと高いけどね~」とか付け足すんじゃありません。まあ、幼馴染の頭がいいことは俺も承知の上ではあるのだが。


 リア充の中でもトップカーストの人間というのは、総じて勉学においても優秀であるらしい。だからこその「リア充」なのである。


 悔しすぎて泣きたい。


「あ、言わないでくれよ可憐。もう少し桜井をからかいたかったのに」


「ごめーん。でもあんまりからかうと直哉泣いちゃうよ?」


「え?」


「直哉はどれくらいだったの?」


「………………7割、いかないくらい……」


 俺はぷるぷるしながら答える。なんで「泣いちゃうよ?」とか言っておきながら聞いてくるの? ドSなの?


 もうやめてえ! 恥ずかしすぎて悔しすぎて死ぬ。


 初めて俺はリア充という存在を本気で憎みたくなっているかもしれない。


 俺はボッチでせっせと勉強してたのに。それでも勉強ですらリア充に勝てない負け犬だったらしい。


「……なおくん、大丈夫ですか?」


「さ、桜井先輩もあんなに教えるの上手いんですから、そんなに悔しがらなくても大丈夫ですよ!」


「そ、そうですよ! わ、私はもっとなおくんに教えてもらいたいなあ~」


「わ、わたしもです!」


 必死に励ましてくれる結愛と御代。なんだ、後輩は天使か。たとえ勉強がちょっとできなくても、こんなに可愛い教え子に恵まれるのならそれもいいかもしれない。



 しかし爆笑中の初音に、苦笑いの長谷川。


 オレ、オマエラ、ゼッタイユルサナイ。


 次の模試を、いやまずは学園のテストを見てやがれよお!?


 こうして、勉強のモチベが上がった。


 受験は団体戦。しかし実のところ、周りはすべて敵。敵対心を煽ることでモチベーションの向上を図る。そういうことか……。


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