第38話 きっかけ。
「あ、おにーさんっ」
「おにーさん………? って
俺が顔を出すと、玄関にいた二人の視線がこちらへ重なった。
ひとりはもちろん、
そしてもう一人は、学園の制服を着た女生徒だった。クリーム色の長い髪をした少女で、その佇まいからして上品さを漂わせている。
「えっと、………俺のことを知ってるのか?」
「もちろん! 美咲さんの彼氏さんですよね!? お噂はかねがね!」
「お、おう。………そういうことか」
美咲結愛の彼氏ということで、俺の学園内での知名度はうなぎのぼりらしい。いやでも、今日時点のうわさなら『ロリコン』という称号が付与されていそうで怖い。
「あ、わたし、美咲さんと同じクラスの
御代玲奈と名乗った少女はこれまた上品に微笑みながら、ぺこりとお辞儀をした。それはとても育ちの良さを感じさせる、礼儀正しいものだった。
「それで、えっと御代………さんはお見舞いに来てくれたのか?」
「あ、はい! そうなんです! プリントなんかを届けに参りました。あと、さんはいらないですよ、桜井先輩」
「そ、そうか。じゃあ御代、わざわざありがとうな。ていうか、俺が持ってくればよかったよな………。すまん、そこまで気が回らなかった」
なにせ恋人どころか、休んだ友達のお見舞いにすら行ったことがないもので………。
「いえいえ、わたしの方こそ、桜井先輩がいることを失念していましたので。そうですよね、彼氏さんなのですから、お見舞いに来ますよね」
お互いにぺこぺこと謝りあってしまう俺たち。なんだこれ、どこでやめればいいんだ。
しばらく謝り合戦をしていると、愛奈ちゃんが助け舟を出してくれた。
「それで御代さん、せっかくお見舞いに来たのですから、結愛ねえに会っていかれますか? 今ならもう風邪も良くなってきていますし、少しなら話せますが」
「い、いえ! 大丈夫です! わたしはプリントを届けに来ただけですので!」
御代は恐縮したように両手をぶんぶんと振る。
「いいのか? 友達なんだろ?」
「あ、いえその………、実はわたし、美咲さんとは全然お話したことがなくて………。だから突然お見舞いに来たと言っても、美咲さんを困らせるだけだと思いますので」
少し言いづらそうに、もじもじと言う御代さん。友達でもなく、話したことすらないのにわざわざお見舞いに来てくれたのか………。
そんな行動を起こす理由とは、なんだろうか。
なんの理由もなく、仲良くないクラスメイトのお見舞いに来るか?
相当な世話焼きでもない限り、そんなことはしないだろう。よくアニメなんかで目にする学級委員長気質な女の子とか。しかし今の消極的な態度から、御代がそういうタイプでないことがわかる。
それならやっぱり、何か下心があって?
先日の彩花という女からもわかる通り、結愛を嫌う者は少なからずいる。そのせいもあってか、俺は初め、少しだけ彼女のことも警戒してしまっていた。
しかし御代がその彩花なんかと同じような種類の人間かと言われると、それもまた疑問だ。上手くは言えないが、彼女の表情、仕草などからは彩花のような結愛への侮蔑を全く感じない。
たとえ下心があるとしても、それはそういう類のものではない。悪だくみと言われるようなものではない。
それなら、御代玲奈が美咲結愛に抱く感情というのは――――。
俺は俺の感覚を、ボッチとしての人を見る嗅覚を信じてみようと思う。
「あの、これプリントです! あと、こっちは今日の授業のノートなのですが、もしよかったら使ってくださいと、美咲さんにお伝えください」
御代さんはわたわたと慌てながら、俺にプリントと、いくつかのルーズリーフを手渡してくる。それはとても丁寧な字でまとめられていて、ちらと「はやく元気になってください」というメッセージまで見えた。
それを見て少しだけ頬が緩むのを感じた。
「ありがとう。これ、結愛に渡しておくよ。きっと喜ぶと思う」
「は、はい! ノ、ノートは返さなくて大丈夫ですので! わたしの分は別にとってありますから! では、わたしはこれで!」
まくしたてるように言うと、御代さんはその勢いのまま踵を返そうとする。
俺はその背中に慌てて声をかけた。
「風邪が治ったら、たぶん君のところに結愛が行くと思う」
「――――え?」
緊張しいで、人見知りなやつだけど、変なところで律儀で、まじめなのが俺の彼女だ。きっと御代の話をすれば俺が促す必要もなく、結愛は御代を訪ねるだろう。自分から人に話かけるなんて苦手なくせに、無理をして。
だから――――
「あいつ、きっとしどろもどろでわけわかんないこと言うと思うけどさ、もしよかったら仲良くしてやってくれるか? 友達に、なってやってくれるか?」
俺がやるべきことは、ほんの少し、彼女たちの背中を押すこと。
俺が言うと、御代さんはぱあっと顔を輝かせたように見えた。その顔で、俺は自分の感じたことが間違いでないことを確信する。
きっと、同じクラスにいながら関わることができなかった彼女たちに足りなかったのはほんの少しのきっかけで、そしてほんの少しの勇気を出すための一押しだったのだ。
「はい! もちろんです!」
それは御代さんが俺に見せた、初めての笑顔だった。
~~~~~~
少し難産でした。もっといい書き方を思いついたら少し書き直すかもしれません。申し訳ないですm(_ _)m
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