四章 妹襲来と夏の始まり。
第34話 妹襲来。
「おはようございます、おにーさん♪」
「……は?」
週明けの朝。鳴り響くインターホンに従って玄関の戸を開けると、セーラー服を着た可愛い女の子がいた。
セーラー服を着てはいるものの、袖はたぼだぼでサイズが合っていない。かなり小柄な女の子だ。中学一年生とかだろうか?
彼女が挨拶をすると、可愛らしい短めのツインテールが揺れた。
俺を「おにーさん」と呼んだその顔にもまた、可愛らしい笑顔。
それはどこかで見覚えがあるような、花が咲くような笑顔だった。
「えっと、……どちらのお嬢さんで?」
「美咲さんちのおじょーさんです!」
「ほうほう美咲さんちの。それは可愛いわけだなぁ」
「そんな、かわいいだなんて……
俺がほむほむと納得していると、少女はその場で照れ臭そうにくねくねとする。
「————って美咲さんち?」
俺の寝ぼけた頭は急速に事態を把握していく。
目の前にいるのが美咲さんちのお嬢さんだと……!?
ということは、まさか。
この目の前にいるちびっ子はまさか。
「
「むぅ……ちぢんでないです! 愛奈はオトナです! というか、結愛ねえじゃないです! 愛奈は愛奈です!」
「……へっ?」
「だから、愛奈の名前は
「いもーと?」
「はいっ」
ということは目の前にいるのはドラゴンなボールとかを使って少し若返った結愛ではなく?
結愛の妹? 美咲愛奈?
結愛から妹がいるという話は聞いたことがなかったが、でも言われてみると確かに似ている。
というか、結愛を縮めたらまさにこんな感じではないだろうか。だからこそ俺は勘違いしたのだ。
この愛らしさ。小動物のようなくりくりとした瞳。そして、花が咲くような笑顔。
それは彼女を美咲結愛の妹と確信するには十分なものだった。
「えっと……つまり君は結愛の妹で。美咲愛奈……ちゃんということでいいのか?」
「そのとーりです!」
「でも、どうしてウチに? 結愛はどうしたんだ?」
俺が聞くと、愛奈ちゃんは少しだけ悲しそうに目を伏せた。
なんだ? 結愛に何かあったのだろうか?
「……結愛ねえは風邪を引いてしまったみたいなのです。だから愛奈はそれを伝えに来ました」
「風邪? 結愛が?」
「たいしたことはないと思うのですが、今朝から少し熱が出ていまして……。今日の学園はお休みするとのことです」
結愛が風邪を……か。原因として思い当たることはないが……週末はダブルデートをしたわけだし、無関係ではないかもしれない。
疲れがたまっていた可能性もある。それに、それこそ関係はないと思うが、キスもしてしまったわけだし……。
と、考えるのは後だ。
その前に、この可愛らしい妹にお礼を言わなければ。
俺は少し身を屈めて、愛奈と目線を合わせる。
「ありがとな。伝えに来てくれて」
「わひゃっ」
「おっとすまん」
あまりの愛らしさに思わず頭を撫でてしまっていた。
頭を撫でてあげると結愛が喜ぶからなぁ……少し癖になってきているかもしれない。
ひとりっ子なのにお兄ちゃんスキルが磨かれ始めている。
「コ、コドモ扱いしないでください。……でもどうしてもっていうなら、もうちょっとなでてくれてもいいですよ……?」
「そ、そうか? じゃあ失礼して。……お姉ちゃんのために偉いな、愛奈ちゃんは」
「ふにゃぁ……」
子供扱いするなと言っていたのが嘘のように表情を和らげる愛奈ちゃん。気持ち良さげだ。
その表情もまた、結愛と似ているなと思った。
それからしばらくすると、愛奈ちゃんはふにゃふにゃになった表情を引き締めて言う。
「ではおにーさん、行きますよっ」
「ん? 行くってどこに?」
「学園に決まってます! 今日は結愛ねえの代わりに、愛奈が一緒に登校してあげます!」
✳︎ ✳︎ ✳︎
登校中。俺はちらちらと周りを見やる。
中学生と一緒に並んで登校とか、マズくない? 不審な目で見られてない?
俺も高校の制服を着ているわけだし、なんとか大丈夫か?
いやでも、同じ学園生からは明らかに不審な目を向けられている。
普段は「学園一の美少女」である美咲結愛と歩いているのに、今日はちびっ子と歩いているのだから当然か。
……また変なウワサが流れそうである。
「ねえねえ、おにーさん」
「ん? なんだ? 愛奈ちゃん」
「おにーさんは、結愛ねえのどんな所が好きなんですか?」
「ぶふっ!? い、いきなりだな……」
「答えてください。いもーと的には、重要な質問なのです。返答によっては、おにーさんをこの世から抹消しなければなりません」
「お、おう……」
マジか。
思ったよりバイオレンスな妹のようだ。シスコン?
「とりあえず、10秒以内に5コ答えてください。じゅーう、きゅー……」
「ちょ、待て待てカウントダウン早いって! えーと、まずは可愛いところ! その可愛いだけでも細分化出来てだな……まず笑顔が可愛い。恥ずかしがりやなところが可愛い。クレープを食べる姿が可愛い。たまに大胆なところが可愛い。いつでも一生懸命なところが可愛い。……これだけであと2015個くらいイケるがよろしいか?」
「も、もういいです! 5コは言ってますしっ」
「そうか?」
少し顔を赤く染めた様子の愛奈ちゃんを見て、俺はとりあえず続きを言うのをやめる。
ふむ……本当にまだまだ言えるんだけどなぁ。いやでもこれ以上言うと、妹には見せられない姉のあんな一面やこんな一面を垣間見せてしまうかもしれない。
結愛の尊厳を守るためにも、これくらいにしておこう。……尊厳があるのかは知らないが。
「おにーさんは結愛ねえのことが大好きなんですね!」
「まあ、そうだな」
正面切って言われると少し照れる。
「あ、でもでも、愛奈と結愛ねえだったらどっちの方が好きですか? かわいいですか? 愛奈も、結愛ねえに似てとってもぷりちーですが!」
「そりゃ結愛だろ」
「んがっ! 一瞬の迷いもなくですか……」
まあ一応彼氏なんでね。ここで迷っちゃいけないだろう。
愛奈ちゃんもめちゃくちゃ可愛いけど!
それに落ち込む愛奈ちゃんを見ると少し悪いことをしたかなと思ってしまう。
「……まあ、あれだな。愛奈ちゃんは結愛の次に可愛い。世界で2番目だな」
「2番目!? 愛奈、おにーさんの2番目のオンナでしたか!?」
「ん? あー、なんか、うん。そうとも言うな」
言葉のニュアンスが怪しい気がしたが、喜んでくれているのでとりあえず肯定することにした。
大人ぶりたいお年頃の妹様は少し危うい言葉がお好きらしい。
「ふふーん。おにーさんだいすき!」
「おわっ。ちょ!?」
がしっと、俺の腕に抱きついてくる愛奈ちゃん。
おいおいおい、いいのかこんなことして。君のお姉ちゃんはまだこれすると目をぐるぐるさせちゃうんだぞ!?
妹は姉のような恥ずかしがりや属性や緊張、人見知りとは無縁らしい。
むりやり引き剥がすこともできず、俺は愛奈ちゃんに抱きつかれるままに歩いた。
周りの視線がさらに怖くなってきた。
そして十字路が見えたところで愛奈ちゃんがぱっと手を離した。
「愛奈の中学はあっちなので!」
「お、そうなのか」
「はい! だからまた、後でお会いしましょうね♪」
そう言うと、返事をする間も無く愛奈ちゃんは駆け出して行ってしまった。
「後で」って、絶対分かってて言ってるよな……。まあ、彼女が風邪を引いてると聞いて彼氏がすることなどひとつしかないのだろうが。
それにしても、けっこう慌ただしい子だったな。
しかしその愛らしさたるや、また結愛とは違う天真爛漫さもあり、恐ろしいものである。
無性に何か買ってあげたりしたくなるな……。これが貢ぎたいというやつか。
そうだ、俺がこれまで貯めていたバイト代はこのためにあったのかもしれない。
何なら喜んでくれるかなぁ。そんなことを思いながら、残りの通学路を一人で歩いた。
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