第33話 夕暮れ時の……。
ダブルデートが終わった後、俺と
別れる前に
それを間に受けたわけではない。と願いたい俺は結愛を連れてここまで歩いてきた次第である。
「わあ〜、せんぱ……じゃなくてなおくんなおくんっ、海ですよっ。夕日もとても綺麗ですっ」
案の定(?)初音の言った通り大喜びの結愛だ。
屋上に初めて行ったときも海にはしゃいでいたし、喜ぶだろうなと俺も思っていた。
それに、夕日の沈むこの時間の海は確かにとても綺麗だ。
この街に住んでいれば海など見慣れているが、それが恋人と見る景色で、しかもこの時間であるならば。それは感動に値する。
「たしかに、めっちゃ綺麗だな」
結愛の方が綺麗だけど。いや言えるわけないやん。
「なおくん、砂浜の方まで降りてみませんか?」
「おう、行くか」
そう言って、俺たちは海岸の砂浜をゆっくりと、手を繋いで歩いた。
さすがに海に入ってみたりはしないが、この光景はちょっとだけドラマなんかのワンシーンみたいなんじゃないかと思った。
結愛の黒髪が潮風に揺れていた。夕日の照らす彼女の顔は、やっぱり景色に負けず劣らず綺麗で。俺は見惚れてしまいそうになる。
しばらくすると、俺たちは砂浜に並んで座ってた。結愛のお尻には気休め程度だがハンカチを敷いてあげた。
「結愛は海が好きなのか?」
「はいっ。とっても好きです。あ、でも泳ぐのは得意じゃないですけどね」
少し照れ臭そうに「あはは」と笑う結愛。
「俺も泳ぐのは得意でもないなぁ。海で泳いだこともあんまないし」
「そうなんですか?」
「ああ。結愛はよく海水浴とか行くのか?」
「夏になれば家族と一回は来るかなって感じです。とっても楽しいですよ?」
俺はあまり家族と海水浴どころか、出かけたこともない。
両親が忙しいということもあるし、そもそも俺がそういうことに喜ぶタイプでもなかったからだ。
だけど、結愛が言うような家族での海水浴も楽しそうだなと今は感じる。
俺の家族が冷たいとか思っているわけではまったくないが、結愛はきっと暖かい家庭で育ったのだろうなと思った。
「楽しそうだな、そういうのも」
「はい。だから、前にも言いましたけど夏になったらなおくんとも海で遊びたいです」
「……そうだな、絶対来よう」
「あ、でもでもなおくんは受験勉強が……」
「いいって。1日くらい思いきり泳いでリフレッシュした方が効率は上がるさ」
「そうですか……? それなら楽しみです。なおくんと海……♪」
結愛ははみかむように笑った。その笑みはまるで、これから来る夏に想いを馳せる子どものようだった。
でも、俺もそんな顔をしているのかもしれない。結愛みたいに可愛い顔ではないだろうが。
だけど俺も夏が来るのが楽しみだと、結愛と海水浴へ行くのが楽しみだと、そう思った。
「なおくんなおくん」
「なんだ?」
「なおくんのために可愛い水着、買っておきますね♡」
「お、おう。そりゃ楽しみだな、うん」
「はい、楽しみにしておいてください♡」
前に結愛の水着を想像したことがあったなと思って、俺は居た堪れなくなった顔を少し逸らしたのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
しばらく、沈み込む夕日を眺めていた。
そしてそれもほとんど沈み込もうという頃、俺は意を決したように結愛へ語りかける。
「なあ結愛。その、喫茶店での話なんだけどさ……」
「喫茶店? 呼び方の話ですか?」
「あーいや、そうじゃなくて。その……キ、キキ、キスの方で……」
そこまで言うと結愛もその時の話を思い出したようで、少し頬を赤くして俯いた。
「そ、そんな話もありましたね……」
「ああ。だからってわけじゃないけど、その、結愛」
「は、はい」
俺は片手をついて、隣の結愛の方へ身体を少し向ける。本当は肩を抱こうかと思ったが、そこまでの勇気はなかった。
「————キス、してもいいか?」
すぐに返事は来なかった。結愛は俺から目を逸らして、あわあわとしていた。
俺は今だけは目を逸らしてはいけない思って、結愛の様子を見ていた。
「あ、あのあの、その……なおくんは、本当に私とキスがしたいって思ってくれてますか……?」
「ああ。したい」
告白されたあの時は、勢い任せなところが少なからずあった。しかし今は違う。
結愛のことが好きだから。
これ以上ないくらいに、愛おしく思うから。
結愛と、「キス」というたしかな形の絆を結びたいのだ。
「そ、そですか……そ、それなら……」
結愛は一度言葉を切ると、今度は俺の目をしっかりと見て、言ってくれた。
「それなら、私もしたいです」
まだ「キス」をしたわけではないけど、それだけで、その言葉だけで、俺たちの絆は深まったのではないかと思う。
「そ、それに、ですね。……私は、なおくんがしてくれることなら何でも嬉しいんです。なおくんが私を想ってしてくれることなら何でも、受け入れられます。だから、……何でもしていいんですよ……?」
「————っ」
結愛が続けざまに紡いだその言葉で、俺の理性は殆ど崩壊してしまったように感じた。
恥ずかしそうに、だけどしっかりと目を見て言ってくれた彼女がどうしようもなくいじらしくて。可愛くて。愛おしくて。
わずかに残った理性を総動員して、できるだけ優しく、丁寧に、ゆっくりと。
「好きだ。結愛」
「はい。私も、大好きです」
俺は結愛と、初めてのキスをした。
俺たちの関係がまた1つ、いや2つくらい進んだと、そう思った————。
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