第18話 イヤホンで繋がる距離。

「最近の漫画ってこんなに絵が可愛いんですね〜」


 向かいに座る美咲みさきは俺が渡した漫画をパラパラと眺めている。


「そういうのって嫌だったりしないのか?」


「え? なんでですか? 可愛いのに嫌なわけないですよ?」


 きょとんとした様子の美咲。


 最近の子は萌え絵に対する耐性が日常の中で付いているんだろうか?

 

 オタクに染まっている俺にはイマイチその感覚が掴めない。


「でも女子的には美少女よりイケメンのキャラとかいた方がいいんじゃ?」


「あー、普通の子はそうなのかもしれないですけどぉ。私は可愛い女の子がいいですね」


「ほぉ」


「なんて言うか、私はもう男の子はいいと言いますか。せ、せんぱいだけでいいと言いますかぁ……」


「お、おう……そう、か……」


 美咲はもじもじと、髪をくるくると弄りながら赤くなって言う。


 おまっ、やめろって。

 いきなりそういうの、不意打ちすぎるから。


 また甘い空気に呑まれそうになるだろうが。

 

「逆に女の子とは接点がないので、美少女をたっぷり拝みたいです!」


 微妙に悲しいことを言う美咲。


 なんだこの子、ギャルゲーでもやらせた方がいいんじゃないかしら。


 それとも俺の彼女は百合の気があるのでしょうか……。


「ま、まあそれならその漫画貸すから、読んでみろよ」


「はい! ぜひ!」


「あ、そうだ。アニメ化もしてるけど、試しに少し見てみるか? オープニング聞くだけとかでも、けっこう雰囲気が掴めるもんだよ」


「そうなんですか? それなら少し見てみたいです」


「おう、ちょっと待ってな」


 スマホを操作し、登録している動画配信サービスのアプリを開く。


「あ、せんぱい。せっかくならイヤホンをしませんか?」


「ん? そうか?」


「はい、ちょっとやってみたいことがありまして」


 美咲の提案に従って俺はイヤホンを用意する。


 イヤホンをすると美咲しか音を聞くことが出来ないが、まあいいだろう。


 俺は眺めているだけでも問題ない。


 そんなことを思いながらイヤホンとスマホを美咲に手渡そうとすると、美咲は一度立ち上がって俺のすぐ右隣にちょこんと座った。


「違いますよ、せんぱい。こうするんです」


 美咲はスマホに繋がったイヤホンの片方を自分の右耳につけ、それからもう片方を俺に手渡してくる。


 え? うわっ、そういうこと?


 俺は動揺しながらも、左耳にイヤホンをつける。


 並んで座って、イヤホンを片方ずつ共有している状態だ。


「ふふっ。こういうの、やってみたかったんです」


「そ、そうか……」


「とっても、近いですね……♪」


 小悪魔っぽく笑う美咲。


 家に来てからは初めてみる表情だ。


 緊張は解けたようで何よりですけどまた暴走してませんかねぇ!?


 しかし憧れのシチュエーションに酔っている少女は無敵のトランス状態であるらしい。


 美咲は安心しきっているかのようにこてんと、俺の方へ体重を預けてくる。


「えと、じゃあ……付けるぞ」


「はい」


 とりあえずこの状況でアニメ本編を見るのは俺の精神が保たないと思い、オープニングとエンディングを聞いてもらうことにした。


 オープニングはラブコメらしく、ポップで明るい、いかにもアニメソングといった感じの曲。


 逆にエンディングは、ヒロインの切ない想いを込めたような、儚いラブソング。


 どちらも、俺のお気に入りの曲だった。


「いい曲ですね、とっても」


「そうだな……」


 呟く美咲に、俺は上の空で答える。


 本当は、曲になんて全然集中できていない。


 隣り合っている美咲の温もりと、柔らかさと、甘い香りと、微かに感じる吐息。


 すぐ斜め下を見れば目に入る、スカートから覗く美咲の健康的な太もも。


 そんなことにばかり、意識が向いていた。



 だから、気づかなかった。



 家に侵入してきたもう1人の足音に。



「ただいま〜。直哉なおや〜? お母さん今日早上がりで〜————って、女の子ぉ!?」



「「——————!!!!?!!?」」



 世界が反転するんじゃないかってくらいに驚いた。


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