第17話 2人だけの空間。
「こ、ここがせんぱいの部屋ですかぁ……」
「べつに何もないだろ?」
「そんなことないですっ。男の子の部屋に入るのって初めてなので、どきどきです!」
鼻息荒く言う美咲。
いや、なんでそんな興奮してんの?
家デートの始まりとして、俺はとりあえず美咲を自室へと案内していた。
俺の自室は基本的に片付いていて、いつ誰を呼んでも恥ずかしくはない状態だ。いや誰か来たことなんてほとんどないが。
目立つものといえば、漫画やラノベが無数に並べられた本棚くらいのものだろう。
「適当に座ってくれ。そこの座布団とか、ベッドでもいいし」
「はーい。って、ベベべベッドですか!?」
「へ? あーいや、すまん。そっちの座布団へとうぞ……」
「は、はい……」
ベッドとか……何言ってんだ俺……。
それじゃまるで……ってよく考えてみれば今2人きりなんだよな。
恋人同士が2人きりでやることなんて……いやこれ以上考えるのはよそう。
今日はそういう目的で連れてきたわけではないはずだ。
しかしぎくしゃくとした雰囲気はまだ拭えない。
それから俺はお茶を用意すべく、一度部屋を後にした。
少し落ち着こうという意味も込めて、だ。
ゆっくり深呼吸なんかをしながら、コップにお茶を注いだ。
それから部屋に戻ると、ふわっと甘い香りが身体を覆った。
普段の自室とは違う、女の子の香り。くらくらしてくるような、美咲の香りだ。
うわ……なんだよこれ。緊張するなっていうほうが無理だ!
「こ、これ、お茶、どうぞ」
「は、はい! いただきます……」
俺は美咲にコップに入ったお茶を渡して、ちゃぶ台を挟んだ向かいに座る。
そして無言。
おい。なんでこんな、美咲は借りてきた猫みたいになってるの?
いや理由はわかるけど!
何を話せばいいか全くわからない。
とりあえず適当なことを口にしてみる。
「はあー、お茶がうめぇ……」
「で、ですねー」
そしてまた、無言。
もう俺には無理です、はい。
しばらくすると、今度は美咲が意を決したように口を開いた。
「せ、せんぱい……? その、そろそろ……」
「……へ? そろそろ?」
なに? そろそろ恋人らしいことをおっぱじめようと!? いやむりむりむりむり!
会話すら覚束ないのに無理だから!
「ま、漫画の話を……」
「あ、あー。そうだった」
ヤバいヤバい。さっき自分で思ったはずのことを忘れていた。
そうだ、今日の目的は趣味の布教。そっちに頭を切り替えよう。
「そうだなぁ。何か読んでみたいジャンルとかってあるか?」
「んー、よくわからないのでとりあえずはせんぱいのおすすめを読んでみたいです」
「了解。それなら……」
俺は立ち上がって本棚を物色し始める。
初心者で、女の子でも読みやすいもの。それでいて俺のおすすめ。
やっぱりまずは有名な作品の方がいいだろうか?
俺は一冊のラブコメ漫画を思い浮かべる。
男女どちらにも人気が高い作品だ。
「これなんかどうだ……ってうわ!?」
本棚からその漫画を手に取った瞬間、手が滑って落としてしまった。
「あ、私が取りますよ」
「あーいや俺が……」
近くに座っていた美咲が身体ごと手を伸ばすが、俺もほぼ同時にしゃがんで手を伸ばす。
そして2人の手がちょうど漫画の上で、ぴとっと重なった。美咲の体温を感じた。
顔を少し上げると、目の前には少し赤くなった美咲の顔があった。それに小さな鼻、大きな瞳、長いまつ毛。
見惚れてしまいそうになる。
しかしそこで心臓が一気に跳ねて、俺は慌てて手を引いた。
「す、すまんっ」
「い、いえその……ぜんぜん大丈夫、でしゅ……けど……」
くそ、この前は手を繋いだっていうのに。
なんでこんな、手が触れただけで、目の前に美咲の顔があっただけでドキドキするんだよ……。
2人きりの密閉された空間は、甘い空気と緊張で満ちていて。
青空の下、屋上で2人きりなのとはわけが違っていて。
とことん、俺たちの調子を狂わせる。
いつも通りのことをいつも通りにできなくさせる。
だけど、ずっとそのままというわけにもいかないから。
お互いに一歩ずつ、心を歩ませて。
少しずつ、場の空気に慣れていって。
俺たちは会話に花を咲かせ始めたのだった。
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