第14話 もう一度繋ぐ関係。

 初音はつねは大きな瞳で俺をしっかりと見据えたかと思うと、大きく頭を下げた。


 金色の髪が風にそよいだ。


「昼休みは、ゴメン。言い過ぎた。あんたに酷いこと、たくさん言った」


「いや、別にいいけどよ……」


 俺が陰キャだとか、そういうのは事実なわけだし。そこら辺に関しては別に怒ることなどありはしない。


 美咲についても、和解してくれたのならそれで構わない。


「だよね。あんたは気にしないよね。でも、ゴメン」


 初音はもう一度大きく頭を下げた。


「おう、もういいよ」


 見た目はギャルなのに、俺の知っている昔と変わらず真面目なやつだなと思った。


 昔から、初音はちゃんと謝れるやつだった。



「……結愛ゆあちゃん、いい子だね」


 

 頭を上げると、初音は少しだけしみじみとした様子でそう零す。


「だな」


「あんたみたいなのがどんなミラクルであんないい子を捕まえちゃったの?」


「あー、それはまあ……バイトで」


「バイト? どこ?」


「喫茶店。喫茶『さざなみ』ってとこ。あ、この話人に言うなよ。美咲目当ての生徒が押し寄せるとか、たまったもんじゃないからな」


「へ〜、喫茶店ねぇ……。あんたには似合わないね」


「うっせ」


「にひひ。ね、今度行ってみてもいい? あたしひとりならいいっしょ?」


「まあ、ひとりなら」


「いやあ楽しみだなぁ2人が働いてるところ見るの」


 初音は「そっかそっか2人にはそんな接点があったのか」と俺の話を頭の中で噛み砕くように、少し宙を見つめていた。


「ねえ」


「ん?」


「結愛ちゃんのこと、好き?」


「いや、それは……」



 俺は少しだけ言葉につまる。


 なぜか、この質問に誤魔化しは効かないと感じた。誤魔化してはいけないと感じた。


 でも、大丈夫だ。


 もうその問いの答えは出ているから。


 自信を持って、言えるから。



「————好きだよ。俺は美咲結愛みさきゆあが好きだ」


「……そっか」


 俺が言いきると初音はまた「にひひ」と晴れやかな笑みを見せた。その笑顔は今も昔も、ちっとも変わらなかった。


 これでもう、真面目な話は終わったらしい。


 初音は「うーんっ」と大きく伸びをした。


「はーあ、いいねぇ。熱々で。あたしも恋してみよっかなぁ〜」


「あ? やっぱ彼氏とかいないのかよ」


「さあ〜? 彼氏はいるけど恋はしてないってだけかもよ〜?」


「こいつ……」


 やっぱビッチなのか?

 さっぱり分からん。


 それから初音はいかにも今思いついたかのようにさらっと言う。


「あ、直哉なおやがあたしと付き合ってよ」


「はあ? 今さっきした話忘れたのかよ」


「え〜、別に一番じゃなくてもいいからさ。結愛ちゃんの次でいいよ。セフレでも可」


「いやあり得ないから。てかそれ結局恋できてないだろ」


「いいんだよ。…………あんたがしなくても、あたしがしてればさ」


「あ?」


「ううん。なんでもない。でも、気が変わったらいつでも言ってよ。結愛ちゃんじゃできないこと、たくさんしてあげるからさ♡」


「だから絶対ねえって……」


 俺が呆れたように言うと初音は嬉しそうな、悲しそうな、よく分からない表情で笑った。


 やっぱり初音の考えていることはよくわからない。


「そ。まあいいけど。でもこれからは仲良くしようよ。昔みたいにさ」


「まあ、それくらいならいいけど」


「うん、よろしく。じゃ、あたしそろそろ行くわ」


「おう」


 初音は背を向けて歩きだす。

 しかし少し歩いたところでまた、こちらを振り向いた。


「そうそう、忘れてた」


「なんだ?」


「『学園一の美少女』のファンたちさ、やっぱりあんたたちをよく思わないやつもいると思う」


「まあ、そうだよな……」


 昼休みの事件によって、美咲が俺と付き合っていることが少なくともクラスメイトには知れ渡った。


 疑念だったものが、確定情報へと成り変わった。


 早ければこの放課後にも、その情報は学園全生徒へ知れ渡るだろう。


 その対応を、俺は考えていかなければならない。


 しかしそれは覚悟していたことだ。


 美咲の告白を受けたときから。ずっと。


 だから初音が心配することではない。


 そう言いたかったのに。初音は今日一番の優しい微笑みで言う。


「そいつらのことはあたしに任せなよ。あたしが上手く言っとく」


「いやそれは……」


「いいんだよ。ほら、もしかしたらいい男がいるかもしんないじゃん? 結愛ちゃん派だった男どもをみーんなあたしの虜にしてやるってのもなんだかいい気分だしね」


「うわ……エゲツねえ……」


「あたしはビッチだからね。にひ」


 初音は舌をぺろっと出して、艶かしく笑った。


「だから、あんたたちはもう安心してイチャイチャしてな」


 最後にそう言い残して、初音は校舎裏を去った。


 なんだよ……。

 やっぱり俺は何もできていない。何もさせてもらえない。


 今までひとりで生きてきた。ひとりでもいいと思っていた。


 そんな俺には、何のチカラもないらしい。


 それがひどく歯痒くて、悔しかった。


 それとはまた別に、永らく無縁になっていた幼馴染との関係をまた少しだけ紡げた気がしたことを嬉しく思う自分がいた————。

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