第15話 恋人繋ぎと腕組み。
「せんぱいせんぱい」
登校中、
なんだかその様子は交際1日目の登校を思い出した。もう幾分か慣れてきたように思っていたのだが、どうしたのだろう?
「せんぱいはなぜ、バッグを片手で持っているんだと思いますか?」
「は?」
「いいから、答えてください」
「はあ……まあ片手で十分持てる重さだからじゃないか?」
「そうですね。では空いているもう片方の手は何をするためにあるのでしょうか」
「そりゃ両手が塞がってたら何かあったときに対応できないだろ。そのためだよ」
「そ、そうかもしれませんが。でもでもっ、隣に彼女がいるんですよ? その空いた手は何のためにあるんですか?」
左隣の美咲は少しだけ必死そうに、両手を使って演説するかのようして言う。
ちなみに美咲の方はリュックサックなので両手が空いていた。
そして俺はその女の子らしい小さくて細い手を見て、美咲の言わんとすることに気づく。
なんだ、そういうことか。
「ほれ。これでいいか?」
「ひゃっ」
俺は美咲の右手を空いている方の手で取って、掲げて見せた。
そう、手を繋いだのだ。
しかも、恋人繋ぎ。
「えと、……その、はい……そうです……」
すると美咲は突然手を繋がれたことに驚いたのか、「ぷしゅ〜〜〜」と音がしそうなほどに顔を一気に赤くさせて俯いてしまった。
お前が求めてきたんだろうに……。
相変わらず、俺の彼女はこう見えて恥ずかしがり屋の緊張しいだ。
それなのにたびたび無茶をする。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい……だいじょうぶれす……」
なおも顔を赤くする美咲。
くそ、俺だって彼女の手を取るなんて初めての経験で、ドキドキだったというのに。
これでは俺が緊張する暇がない。
「やっぱやめとくか?」
「い、いえ、このままでお願いしますっ」
「お、おう……」
勢いよく言う彼女に、思わず頷いてしまう俺。
「せ、せんぱいは恥ずかしくないんですか……?」
「まあ、多少は恥ずかしいけどな。美咲と手を繋げるのは嬉しいよ」
「そ、そですか……。わ、私も嬉しいんですよ? でもでも、やっぱり周りの視線も集まってて……」
「あー、それはいい加減慣れろ。俺は慣れた」
「慣れるんですか……」
「美咲と一緒だといつでも注目されてるようなもんだしな」
俺はけろっとした様子で言う。
先日の事件以降、俺と美咲の関係は正しく学園生徒たちへ広まった。
それと同時に、あの昼休みに美咲が語った内容も一部脚色を添えて、よりドラマチックに、伝わっていったらしい。
それによって、以前よりは周りの視線がだいぶ優しくなったように感じる。
女子生徒なんかは最大のライバルが勝手に退場してくれたことを喜んでいるらしい。
美咲にご執心だった男子生徒たちも、多くは初音によって籠絡された。
一部の男子生徒は俺と一緒にいるときの美咲の表情を見て、自分は本当の意味で美咲を笑わせることが出来ていなかったのだと理解し涙した。
というか、俺はそんなに美咲の色んな顔を引き出しているんだろうか?
「学園一の美少女」としての彼女を遠目にしか見たことのない俺にはわからなかった。
それでもまあ、美咲のことが好きだった連中がそう思うのなら、今の状況は間違ってはいないということなのだろう。
俺と美咲は平和な日々を過ごしている。
「もうっ、せんぱいばっかり余裕そうでズルいっ! そんなせんぱいにはこうですっ!」
「うわっ、ちょ美咲っ。くっつきすぎだ!」
「いいんですぅ〜。だって私たち、恋人同士なんですから!」
美崎は思いきり俺に身体を寄せて、腕を組んできた。
やばい。こんなに密着したのは初めてじゃないだろうか?
黒髪が顔の辺りをかすめて、美咲の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
女の子特有の柔らかい身体が押し付けられる。
「ど、どどどどうですかっ。しぇんぱいも緊張してきましたか!?」
「お前の方が限界ギリギリに見えるんだが!?」
美咲の目はぐるぐる渦巻状態である。
もう自分が何してるかわかってないなこいつ……。
さすがに引き剥がそうかとも思ったが、意外と強情な美咲が離してくれなくて。
俺たちはぎくしゃくと、少量の甘い空気と大量の緊張とドキドキをばら撒きながら登校したのだった。
しかし腕を組むだけでこの大騒ぎ。俺たちはまだまだ恋愛初心者だ。
せめて手を繋ぐくらいは平然としたいものである。
そんなことを思った、平和な朝。
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