第13話 ビッチ(?)な幼馴染。
「ここでいっか」
そう言った
え、なに? これからリンチにでもされるんだろうか?
怖いお兄さんたちが控えてるんだろうか?
い、陰キャ舐めんなよ! 暴力には屈しないぞ! 逃げ足だけは早いんだかんな!
と身構えたはいいものの、誰かが出てくる様子もなく。
初音は校舎の壁に寄り掛かった。
薄暗い校舎裏に佇む金髪美人。なんだか妙に絵になる光景だ。
そんな初音と自分が一緒にいることに、ものすごい違和感を覚えた。もう長らく、こんなふうに行動を共にしたことはない。
それから初音はゆったりと慣れた手つきでスカートのポケットからひとつの小さな箱を取り出す。
箱から出てきたのは一本の細くて白い棒状のもの。
なんか、未成年は使ってはいけないあれを想起させる。
初音はそれを口に咥えると、こちらに見えないように両手で口の周りを覆った。
それから「シュボッ」とライターの火がついたかのような音。
薄々分かってはいたが、これはもう決まりだ。
初音はそれを咥えたまま一度大きく息を吸うと「ふぅ〜〜っ」と吐き出して満足そうな顔をした。
「おま、それタバコじゃねえかよ……」
「……ん? そう見える?」
意を決して俺が言うと、初音はきょとんとした様子でこちらに少し顔を向ける。
その顔は少しだけ、にやけているようにも見えた。まるで獲物がかかるのを待っていたかのような、そんな目。
「あんたもいる?」
「いやいらねえって」
タバコとか憧れたりはするけどね?
臆病な陰キャである俺はそんな非行を働こうと思うことすらできないのだ。
「いいからいいから」
初音は箱からそのうちの一本を取り出して俺に押し付けてくる。
「食べてみなよ」
「いやだから俺はいらねぇって……って、食べる? 吸うじゃねえの?」
「まだ気づかない? ほら」
そう言うと初音は自分が咥えていたそれをカリッと噛み砕いた。
タバコってそんな硬そうな音がするもんだったか? 違うだろ。ていうかそもそも、煙が出ていなかったような……?
だったらこれは……。
「……シガレットチョコ?」
「そそ。せいかーい」
初音はそれをさらに噛み砕いて、一気に口の中に含んだ。ポリポリと小気味良い音がする。
それをみて、俺ももらったシガレットチョコをかじる。
それから当たり前の疑問をぶつけてみた。
「何してんの、マジで」
無縁になったとはいえ幼馴染がそんな一線まで超える不良になってしまったのかと思ったじゃないか。
「あんたがどんな反応するかなぁと思って」
「いやふつうにビビったわ!」
「にひひ。ほら、あんたこういうの好きでしょ? オタクだから。ギャップ萌え? みたいなやつ」
「だからってこんなスリルはいらねえんだよ……」
そもそもこれはギャップ萌えなのか?
タバコを吸ってるかと思った金髪美人が実は甘ーいシガレットチョコをかじってました。うーんまあ、萌えるかもしれない。
「じゃあさじゃあさ、こういうのもあるよ」
初音はこちらの一歩手前まで近づいてきて、上目遣いに俺を見る。
そして囁くように言う。
「……ねえ、
濃い香水のような香りがした。なんだかすごく色っぽい空気が、辺りを覆ったような気さえした。
さらには着崩した制服から胸の谷間が少し見えそうになっていることに気付いて、俺は慌てて目を逸らす。
しかしそんなことを気にも留めず、初音は続ける。
「————実はまだ、正真正銘の処女なんだよ、とか」
「は、はあ……!?」
「にひ〜。一気に顔が赤くなったね。どう? 萌える?」
「いや萌えるっていうか……え? マジ?」
聞くと初音は誤魔化すように「さあどうだろうね〜」と言って笑って、俺から離れた。
「いっそ確かめてみる?」
「どうやってだよ……」
「そりゃあ膜があるか見てくれればいいんじゃん?」
「見るかアホ!!」
「だよね〜。知ってた」
初音は「あんたにそんな度胸があるわけないよね」と言ってまた楽しそうに笑う。
くそ……完全にからかわれてる……。
てか結局どっちなんだよ。
幼馴染はビッチになってしまったとばかり思っていたから普通に気になるんだが!
しかし答えてくれる気はないらしい。
初音は一通り笑うと、コホンと一度咳払いをして顔を引き締めた。
これからが本題がらしい。
いやまあ、ここまでは下らない話しかしていないし。当然だろう。
それに内容については予想がついている。
昼休みのことだ。
この幼馴染が何を思っていたのか、俺にはよくわからない。
だけど、無縁になったとはいえ彼女は幼馴染だから。決して他人ではないのだから。
しっかり話を聞かなければならないのだと、そう思って。俺は初音に向き直った。
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