第12話 新たな想い。

「なるほどなるほど。初音はつねせんぱいはせんぱいの幼馴染さんだったわけですか」


「今はもう疎遠どころか無縁だけどな」


 俺が言うと美咲は「なるほどそういうことだったのかぁ〜」と、ひとり得心がいったとでも言うように呟く。


 昼休みの事件の後、俺たちは屋上で2人きりの時間を過ごしていた。


 昼食は食べ終わり、今は2人並んで座っている。


「無縁にしては初音せんぱい、桜井せんぱいについて詳しそうでしたけどね」


「そんなことないだろ」


「もしかして桜井せんぱい、初音せんぱいのことが好きだった〜とか、ないですよね……?」


「それはない。断じてない。オタクは2次元のギャルは好きだけど3次元のギャルは嫌いなんだ」


 初音に恋してたとかそういうことは言葉通り断じてない。幼馴染って不思議と恋愛対象にはならない。そういうものだと思う。


「えーなんですかそれ〜」


「2次元のギャルにはギャップ萌えやバブみがあるからな。あれは良いものだ。たが3次元はクソ。それが世界の真理だ」


「はあ……そうなんですかぁ……」


 うわ……またすごい呆れた目で見られた……。ギャップ萌えってわかんないかなぁ。


 俺はいたたまれなくなって美咲から目をそらす。


 しかし何であんなに初音は美咲に対してキツく当たったのだろうか。


 「悪役を演じる」なんてことも言っていたように聞こえたが、俺にはあいつの目的がよく分からない。


 でも結局は美咲の言葉を受け入れてくれたのだから、気にすることもないのだろうか。


 まったく、幼馴染なんて関係は今や飾りでしかない。初音のことなんてちっとも分かりはしない。頭を悩ませるだけ無駄だ。


 それよりも、今は大一番を乗り越えた彼女の様子を見てあげることが大切だ。


 美咲の方に目線をずらすと、彼女は満足そうにしながらも、疲れを滲ませているように見えた。


 上級生相手にあれだけの啖呵をきったのだ。当然だろう。


 逆に俺は何もすることができなかった。できることがなかった。


 今回のことではっきり分かった気がする。美咲の隣にいたいのなら。美咲の彼氏でいたいのなら。俺は変わらなければならない。


 美咲を助けられる自分になりたい。


 美咲の隣にいて恥ずかしくない自分になりたい。


 少しずつでも、そうなっていきたい。


 そして今すぐにでも俺にできること。それはきっと、美咲を見ていてあげることだ。


 美咲の感情の機微を、繊細な心の動きを、捉えてあげることだ。


 それがきっと、彼氏としての俺の役目。


 店長が言っていたのはそういうことなのではないだろうか。


 だから俺はまず、美咲に伝えなければならないことがある。


「なあ、美咲」


「なんですか? せんぱい?」


「ありがとう」


「え? ほんとになんですかぁせんぱい。そんな改まって〜」


「なんつーか、嬉しかった。美咲があんなふうにみんなの前で言ってくれて。だから、ありがとう」


 美咲の性格については、俺はそこら辺の人よりはずっと理解しているつもりだ。


 彼女がいつも、心の中の不安と闘いながら生きていることを。俺は知っているつもりだ。


 だから……。


「頑張ったな」


 言いながら、俺は美咲の頭をぽんぽんと、出来る限り優しく撫でた。


「偉いよ、ほんと」


「なんですかぁ……それぇ……。そんなこと言われるとぉ……」


 さらに俺が頭を撫でると、美咲は堰を切ったように目尻に涙を浮かべた。


「うぇぇぇ……せんぱいぃ……」


「うおっ。おい泣くなよ……。頭撫でられるのイヤだったか?」


「違いますぅ……ゔれしくでぇ……」


「お、おう……」


 涙を流す美咲に、俺はハンカチでも渡そうかと慌てて頭から手を離す。


 しかし彼女は泣きながら俺の手を掴んで、また自分の頭の上へ置かせる。


「あだまはもっと撫でてくださいぃ……」


「涙はいいのかよ」


「いいんでずぅ……」


 それから美咲はしばらく、泣き続けた。


 そんな彼女の頭を俺は撫で続けた。


 やっぱり無理していたのだろう。必死に、力を振り絞っていたのだろう。


 俺の彼女は俺が思っていたほど、弱くはなかった。それを今日、知った。


 だけど、そんなに強いわけでもない。


 ちゃんと支えてあげなければいけない。


 俺だけは、彼女から目を逸らしてはいけない。


 それくらいなら、きっと今の俺でもできるから。


 改めて、そう思った。




✳︎ ✳︎ ✳︎



 放課後。最後の授業が終わると、俺は美咲と下校を共にすべく荷物をまとめる。


 そして机を後にしようとした、その時。


 ————ゴンッ。


 とある人物のつま先に机を蹴られた。


「うおっ!? なんだよ!?」


「ちょっと話あんだけど。いい?」


 足下から目線を上げると、そこには金髪のギャルがひとり。


 もう数年以上話していなかった。

 今日久しぶりに、どさくさに紛れて一瞬だけ会話をした。


 無縁になったはずの幼馴染。


 初音可憐はつねかれんが、そこにはいた。

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