第11話 恋する少女。
————申し訳ありませんが、遠慮しておきます。大事な先約がありますので。
美咲の声は不思議と教室の隅にまで、溶けるように浸透した。
騒めきが止む。ほとんどのクラスメイトが美咲たちに注目していた。
俺は会話に割り込んでしまうべきがどうか、判断に迷っていた。さっきまでのプランなどもう存在しない。
しかし美咲が男子生徒たちを言い聞かせることができるなら、それがベストなのだ。
遥かに格下である俺の言葉はきっと、奴らには届かない。場をかき回すことしかできない。
だが「学園一の美少女」である美咲の言葉なら、届くかもしれない。
それは俺が美咲に提案することなど、情けなくて絶対にできない選択肢。だけど美咲が自ら選びとった答えだった。
俺はイレギュラーに備えて、いつでも割り込めるように準備だけはしておこう。
「もういいですか? 私は行きますので」
美咲がもう話は終わりだと言うように顔を伏せる。
しかし美咲の言葉に苛立ちを隠さない人間がひとり。
「……はあ? だからさあ、それってあいつと飯食うってことだろ? そんなんどーでもいいじゃん?」
「いえ、ですから……」
「なに? あいつと飯食う方がいいっての? そんなわけねえだろ。あんな暗いやつ。ずっとひとりでいるようなダセーやつ」
リア充グループの男子生徒はまくしたてるように続ける。
それに対して美咲は苦々しく息を飲んだかのように見えた。
そして美咲はここにきて初めて感情をあらわにする。
「っ……! ………………です」
「は?」
「だから、あなたとはご飯を食べたくないと言っているんですっ」
「なんだよ……それ」
「人を上部だけで判断しようとするあなたなんかよりもずっと、桜井せんぱいは素敵な人です。私は、桜井せんぱいに会いに来たんです。だから、どいていただけますか」
「そんな……このオレが、あんなやつより……!?」
毅然と言葉を紡いだ美咲。
思わぬ答えに動揺したのか、男子生徒は苛立ちも超えて、意気消沈したように一歩後ずさる。
ここで逆上するようなら今こそ俺という名の肉壁の出番かと思ったが、その必要もなさそうだ。
まったく……無茶するやつだなぁ……。
学内カーストトップの誘いをふつう断るか?
俺が知っている
美咲は消沈する男子生徒の横をすり抜け、俺の元へ向かってこようとする。
しかしまたも、彼女を引き止める声がひとつ。
「————待って」
「おい、もういいだろ」
さすがに居てもたってもいられなくなった俺はその声に異を唱える。
その声は俺もよく知る人物のものだったから。いや、よく知っていたはずの人物だったから。
「あんたは黙っててよ。あたしはこの子と話がしたいの」
「だが————」
「せんぱい。いいですよ」
「おい美咲まで何言ってるんだよ」
「大丈夫ですよ。さっきの、見てたでしょう? 私は大丈夫です」
美咲はそう言って優しく微笑むと、引き止めた少女に向き直る。
その少女の名前は、
煌びやかに染めた金髪に、ピアスやネイルなんかもしていて、制服を着崩している。
いかにもギャルといった風貌。
俺みたいな陰キャは決して近づけない存在。
この学園における表のヒロインが
その風貌から誰にでも股を開くビッチだと噂されてもいるが、抜群のスタイルや整った顔だちから非常に人気がある少女だ。
リア充グループのリーダー的存在でもあり、学園内で逆らえる人間などそうはいない。
それが、初音可憐。
そして同時に、俺の幼馴染でもある少女。
いや、今やそう言えるような関係性などありはしない。
かつてのような笑顔を、俺に向けてくれることはない。もう、初音のことなんて俺にはさっぱりわからない。
変わってしまった、幼馴染。
無縁になってしまった、幼馴染だった。
そんな初音に、美咲はなおも毅然な態度を崩さず言う。
「……まだ何か用ですか? えっと、……初音せんぱい」
「ふん。普段はニコニコと人に合わせてばっかのくせに、今日はやけに喋るじゃん」
「……そうかもしれません」
「まあいいけど。ちょっと聞きたいことがあったからさ。…………さっきまでの口ぶりだと、あんたはあいつのことが、
「そうです。私は桜井せんぱいのことが好きで、付き合っています」
「————っ……」
初音が苦虫を噛み潰したように、一瞬だけ顔を歪めた。
教室内にも動揺が走った。
「なんで? さっきの続きじゃないけどさ、あいつは陰キャだよ。暗いやつだよ。教室でだって、どこでだって、いつもひとりぼっちだ。それにオタクだし。何考えてるかだって全然わからない。キモチワルイやつだ」
初音は
「あんたとは生きてる世界が違う。そう思わない?」
「そんなこと、ありません」
「あんたのことが好きな男は他にいくらだっている。運動部の部長だって、お金持ちの息子だって、イケメンだって。選び放題だったはずたよ。それなのに、あいつを選ぶの? その意味がわかってる?」
「わかってるつもりです」
「本当に? あんたは沢山の気持ちを踏みにじるんだよ。みんながあんたにアピールしていたのに。あんたはフラフラと、どこの馬の骨かもわからない冴えないやつのところへ行くんだ」
「それは……申し訳なく思います。私を好きになってくれたのは嬉しく思います」
そこで美咲は自分の言葉をはっきりと決めたかのように、しっかりと初音を見据える。
「だけどそれは、みんなが好きな私は、本当の私じゃない」
「は? なにそれ。意味わかんないんだけど」
「本当の私は、みんなが思う『学園一の美少女』ではありません。私は、桜井せんぱいに恋をするただの女の子です。そうありたいんです。そうあると決めたんです」
「でもっ、それはっ、それはあんたが招いたことでしょう!? それなら、あんたがみんなを騙していたってことでしょう!?」
「そうかもしれません。でもだからって、私は私の恋をしてはいけませんか? みんなが望む私でいなければいけませんか? 私に、自由はありませんか?」
「それ……は、…………」
初音は己の中にある葛藤と闘うように、目を閉じて、震える拳を握りしめた。
それから「ふぅ……」と息を吐くと、「あーあっ」と気が抜けたように伸びをした。
「……わかったよ。てかわかってた。全部あんたが正しい。恋なんて、したやつが悪い。騙される方が悪い。あんたには何の責任もないよ」
初音は自分の中の感情を、俺には全く読み取れない感情を吐き出すように、「あーあー、悪役演じるのも簡単じゃないねー」と呟いた。
「ねえ、あんたにとってあいつはそんなに魅力的?」
「はい。私の大好きなせんぱいです。この気持ちにだけは、偽りはありません」
「そっか」
小さく呟く初音の目はやけに優しく見えた。
それから初音はグループを引き連れて、教室を去ろうとする。
それを見た美咲はたっと初音に駆け寄った。
「あ、あの。初音せんぱい。ありがとうございました。……認めてくれて」
「そういうんじゃない。あたしはあたしで、私情があったから噛み付いただけ」
初音はぶっきら棒に、美咲を振り返ることもせずに言う。
「あいつのこと、よろしく頼むね」
それから初音は美咲の返事も待たず、教室を後にした。
後に残ったのは美咲と、俺と、クラスメイトのオーディエンスたち。
俺が美咲に何と声をかけたものか迷っていると、美咲はその場にぺたんと尻もちをついた。
「お、おい。大丈夫かっ?」
「はあ〜〜〜〜、……怖かったぁ〜〜〜〜」
美咲は一気に気の抜けたような表情でふにゃふにゃになりながら、天井を見つめてそう呟いた。
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