第10話 学園一の美少女。

 ————数日後。それは起こった。


 昼休み。もはや見慣れた光景となりつつあるが、美咲が俺の教室に迎えに来た。


 俺と美咲の関係に疑問を持つような生徒は多かったようだが、幸いというべきか今のところ実害はない。


 結局のところ、冴えない男である俺と行動を共にする学園一の美少女・美咲結愛みさきゆあの真意は分からず、ほとんどの生徒はとりあえずの傍観を決め込んでいた。


 美咲が優しさから、俺のようなボッチを気にかけていると思った生徒なんかもいたかもしれない。


 しかし中には、そう思わないやつもいる。

 傍観なんてしていられないやつもいる。


 そんなことさえ忘れるくらいに、俺は美咲と過ごす幸せにほだされていた。



 迎えに来た美咲は笑顔を浮かべて俺の方を見やる。


 俺はそれに応えるように、席を立って美咲の方へ向かおうとした。


 しかし、俺が反応を示す前に美咲は数人の生徒に囲まれてしまう。


 俺のクラスメイトだ。男が3人、女が2人。


 クラス内、いや学内カーストでも最上位に位置する、いわゆるリア充グループの人間だった。


 それは「学園一の美少女」という肩書き故にカーストとは少しズレた地位にいる美咲を除いて、この学園において最も敵に回してはいけない生徒たちと言えるだろう。


 そのうちの1人。いかにも自信に満ち溢れているような笑みを浮かべる男子生徒が美咲に話しかける。


「なあなあ美咲ちゃんさあ〜、なんで最近いっつもあんな冴えないやつと飯食ってんの? あんなやつほっといてさ、オレたちと楽しく飯食おうぜ、な?」


 その様子はいかにも大仰で、断られるなんて微塵も思っていないと見える。


 そんな光景を見ながら、俺は考える。


 さてこの状況、俺はどうしたものだろう。


 会話に割り込むのは簡単だ。

 だがそれで何になる? やつらは勝ち組気取りのリア充集団だ。俺のような陰キャ代表が出ていっても、笑い者にしようとするだけだろう。まともな会話にはならないと思っていい。


 美咲を連れ去ったとしても、新たな火種になるだけだ。


 俺にあいつらを退けられるような武術の心得や、特別なチカラなんかがあれば話は早いのかもしれないが、あいにくそんなものがあるわけもない。


 それならここで取るべき正しい選択は何か。それは俺が何もしないこと。


 美咲が男子生徒の誘いに乗ることだ。


 あいつらだって別に何か悪さを働こうとしているわけではない。悪者というわけでもない。

 ただ美咲が俺と昼休みを過ごすのが気に入らなかっただけだ。

 ただ美咲を食事に誘っているだけだ。


 だから美咲が俺との昼食を諦めてくれれば。いつも通りの「学園一の美少女」でいてくれれば。

 それだけで事を荒立てず、穏便に済むはずだ。

 

 そして明日からは屋上で落ち合うなりすればいい。


 そう思って俺は美咲に軽く目配せをする。俺のことはいいから、とりあえず今日はそいつらと飯を食ってこい、と。


 すると美咲は俺にだけわかる程度に、少しだけ表情を綻ばせた。


 それから美咲は柔らかな雰囲気を保ったまま、男子生徒を見る。


 「学園一の美少女」でいるときの顔だ。


 これでいい。これで大丈夫だ。

 今日の俺は大人しく、久しぶりのボッチ飯といこうじゃないか。


 ————そう思ったのに。


 美咲は俺の言う事を聞く気などさらさらなかったらしい。



「申し訳ありませんが、遠慮しておきます。大事な先約がありますので」


 

 美咲は男子生徒から目を逸らさず、丁寧にそう言いきった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る