二章 2人の記念日。
第9話 バイトの時間。
俺・
今日は俺と美咲、そろってバイトの出勤日である。
俺たちのバイト先は『さざなみ』という街の隠れ家的な喫茶店だ。
「ありがとうございました〜」
美咲の透き通った声が優しく響く。
お客はまばらで、夕方の店内は落ち着いた雰囲気に満たされている。
店員も俺と美咲、それから店長の3人だけだ。
そんなことを思いながら食器を下げていると、店長が手持ち無沙汰な様子で話しかけてきた。
「調子はどうだい?」
「まあいつも通りじゃないっすか。常連さんが来てるくらいで」
「いやいや、店のことじゃなくて。君と
「へ? 俺と美咲?」
「付き合っているんだろう?」
「ちがっ……いや、まあ……そうっすけど……」
一瞬否定しようとしたが、店長にはすでにキス未遂の現場を見られている。
俺はしぶしぶと頷いた。
「べつに咎めようという気なんてないから安心しなさい。むしろ祝福したいんだ。私の喫茶店で働いている2人が結ばれるなんて、素敵じゃないか」
そう言って柔らかな笑みを浮かべる店長。
喫茶『さざなみ』の店長である
俺や美咲のようなバイトを叱ったりするようなことはまずない。いつも穏やかに見守ってくれている。
クールだけど優しくて穏やかな女性。それが店長へ抱く印象だ。
しかし昔はやんちゃんでもあったらしい。
それに付随するものなのかは分からないが、俺が持っている学園の屋上の鍵もこの人から受け継いだものだった。曰く、ボッチにも居場所が必要だと。
ちなみに年齢は不詳。見た目的にはけっこう若く見えるが、実際のところは誰も知らない。だが美人なのは確かだ。
「仕事さえしっかりこなしてくれればいいさ。極論、休憩時間中ならセッ○スしていても構わないよ?」
「いやそれは構うでしょう!?」
「冗談だよ」
「相変わらず君の反応は面白いな」とくすくす笑う店長。
いやセッ○スとか。店で使っていい言葉じゃないでしょ……。
たまに爆弾を投げ込んでくるからこの店長は侮れない。
「でも愛し合う2人を止めることはできないからね。何かあったらいつでも言いなさい。ある程度なら融通を効かせよう」
「……というと?」
「シフトや休日を揃えた方がいいだろう? 他にも、年長者として何でも相談に乗るさ」
「それはまあ……助かりますけど」
そんなことをしていいんだろうか? と思っていると、俺の疑問を汲み取ったかのように店長が言う。
「いいってことさ。ふだん君たちアルバイトに甘えているのは私だからね。特に、結愛くんがいると店の潤いが違う。彼女目当ての常連さんもいるくらいだ」
「それはそうっすね」
「もちろん、君にも感謝しているよ。君がいなければ結愛くんが今もここにいたか分からないからね」
「……俺がいなくても店長がどうにかしてたんじゃないですか?」
「いやいや。同年代でなければ分からないことだってあるものだよ。私には見守ることしかできなかったさ」
「そうですかねぇ……」
「そうなのだよ。だから君はもう少し自信を持ちなさい」
「そう言われても、自信なんかないっすよ」
俺が持っているものなんて、自分が陰キャであるという自負くらいのものだ。
「……そうだね。自信を持つというのはなかなか難しいものだ。結愛くんとの時間が、君によい影響を及ぼすことを願っているよ」
「はあ……」
店長の言葉は、今の俺にはイマイチぴんと来なかった。
「さあそろそろ無駄話も終わりだ。仕事をしよう」
「って言ってもやることがないですけどね」
「そうだったね……」
こてんと転けるような仕草をする店長。意外とお茶目なところもある人だ。
「ああそれと、……結愛くんをちゃんと見ておくんだよ」
「……どういうことです?」
「あの子は良くも悪くも目立つからね。君にできることもあるはずだ。まあ、年寄りの戯言として受け取ってくれ」
「年寄りってほどじゃないでしょ……」
「そうでもないさ。最近はお肌の潤いが足りなくてね。結愛くんのモチスベなお肌が羨ましいよ」
「とほほ」と、そんなことを言って店長は事務室の方へ下がっていった。
俺も自分の仕事を探すとしよう。
お客のほとんどいない店内を見渡す。
すると美咲がちょこちょことこちらへ駆け寄ってきた。
「せんぱい仕事してくださいよぉ〜」
「いやあの常連さんたちが求めてんのは美咲との会話だろ」
美咲は俺と店長がサボっている間、常連のお婆さんと話していた。
「そうですけどぉ〜」
ぷぅっと拗ねたように頬を膨らませる美咲。
「店長と何を話してたんですか?」
「べつに。美咲の給料の減額とかじゃないか?」
「ええ〜! なんですかそれぇ!」
「この前盛大に皿割ったからだろ」
「それはちゃんと謝りました! 土下座して!」
「謝ってもすまないことがこの世界にはあるのだよ」
適当なことを言いながら、美咲をあしらう。
店長の「結愛くんをちゃんと見ておけ」という言葉が俺の脳内を木霊していた。
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