第8話 交際1日目・夜。

 ————夜。

 お風呂も入ったし、あとは寝るだけ。


 なんだけど……。


「うぅ〜〜ぅ〜〜」


 私はお気に入りのパジャマを着て、お気に入りのクマのぬいぐるみを抱きしめて、自室のベッドを右に左にゴロゴロと転がっていた。


「ああ〜もう〜〜もう〜〜」


 なんであんな大胆なことを〜〜……。

 別れ際にキ、キスなんて……。

 昨日の告白直後に失敗したばっかりなのに……。


 でも、嬉しかったんだから仕方ないじゃないか。自然と身体が動いてしまったのだ。


 今日は一日中、どきどきと興奮でいっぱいだった。それは今もぜんぜん収まらないほどだ。


 桜井せんぱいと一緒にいるだけで。私の心はどきどき、どきどき。どんどんどんどん早く大きく脈打っていく。



 私は基本的に緊張しやすい体質だ。特にあまり話したことのない人と話すときはいつも心の中ではどきどきの連続で。

 臆病で情けない自分が顔を覗かせる。人の顔色を窺ってしまう。


 だからあんまり素の自分を人前で出すことはできなくて。でもなんとか愛想笑いをして、いい子を演じていたらいつの間にやら学園一の美少女なんて呼ばれるようになっていた。優等生とも呼ばれていた。


 私が見せていないんだから当然だけど、誰も本当の私を見てくれない。見つけてくれない。


 家族以外は誰も、本当の私を知らない。


 ううん。違う。


 家族と、あの人以外は。


 あの人の、桜井せんぱいの前では私は私でいられる。あの人の前でなら、私は自分を好きになれる。



 せんぱいは本当の私を見てくれる。



 



 だけど今日は、怖がりとか人見知りな自分のせいじゃなくて。恋する自分のせいでどきどきの連続だったのだ。


 せんぱいの家のインターホンを押すときも。


 せんぱいが可愛いって言ってくれたときも。


 せんぱいが私の作ったお弁当を食べてくれたときも。


 一緒にクレープを食べたときも。


 ウィンドウショッピングをしたときも。


 プレゼントをくれた、あのときも。



 ずっとずっと、せんぱいのことを好きな私が大暴走していて。好きが溢れてしまっていた。


 もうほんと、こんなに幸せでいいんだろうか。少し心配になってくるくらいだ。


 私は足をぱたぱたとさせながら、せんぱいにもらった髪留めを眺めてみる。


「にへへへえ〜〜〜〜〜〜♪」


 自然と顔がにやけてしまう。こんな顔、せんぱいには絶対見せられないよね……。


 せんぱいからの初めてのプレゼント。

 私のために選んでくれたプレゼントだ。


 嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


 ぜったい失くしたりしないように、大事にしなくては。大事な大事な記念なのだから。


 机の引き出しにしまっておこうかな。


 あ、でもちゃんと使ってあげないとせんぱいが悲しむかな。


 そんなことを思っていると部屋の戸が突然勢いよくバーンっと開かれた。


結愛ゆあねえうるさいっ! なんなのさっきからゴロゴロバタバタ!」


「ま、愛奈まな!? いきなり入って来ないでよびっくりするでしょ!?」


 私は驚いて投げ飛ばしてしまいそうになった髪留めを大事に抱えながら言う。


 突然入ってきたこの子は私の妹。

 美咲愛奈みさきまな


 中学一年生のとっても可愛い女の子。

 

 私よりもずっとしっかりしていて、要領の良い子だ。私の自慢の妹。


 普段はツインテールにしている髪を今は下ろしていて、可愛いパジャマを着ている。

 寝る前だったのかな。


「結愛ねえがうるさいから悪いんだよ。ねえ、昨日今日となにかあったでしょ」


「へ? な、なんのこと? お姉ちゃんわかんないなぁ〜」


「結愛ねえ分かりやすすぎ! ぜったいなにかあったって! 今も大事そうに髪留めなんて握り締めてるし!」


 むぅ……、まったく勘のいい妹です。


 10年以上の付き合いになる妹には、私が人見知りの緊張しい故に編み出した処世術も何の意味も為さない。


 ううん、それ以前に今は素だからね。素の私はとってもわかりやすいらしい。


「……結愛ねえ、彼氏でもできた?」


「ぶふっ!? そ、そんなわけないよ!? ほら、お姉ちゃんは愛奈一筋だから!」


 私は可愛い可愛い妹を愛しています! 目に入れても痛くありません!


「そんなこと言って〜、きっとあの人でしょ。いつも結愛ねえが話してるバイト先の」


「な、なんでそこでせんぱいが……? ワタシゼンゼンワカンナイ」


「はいアタリ〜。そっか〜結愛ねえにもついに春が来たんだね〜」


「うぅ〜〜」


 愛奈的にはもう確定してしまったらしい。本当に勘がいい妹です。


「ね、ね、今度うちに連れてきてよ。愛奈も会ってみたい!」


「だ、ダメだよそんなのっ。せんぱいに迷惑でしょ!?」


「ええ〜いいじゃんいいじゃん〜」


「だーめー。まだ付き合い始めたばっかりなんだから」


 いきなり家に呼んで家族に紹介するなんて。重いとか思われちゃうかもしれない。


 デートのときの「結婚」というワードを思い出してしまいそうになって、また顔が少し熱くなった。


「けちー」


「けちとかじゃありませーん」


「ふーんだ。まあ結愛ねえが幸せそうならそれでいいけどね。その髪留めも彼氏さんにもらったの?」


「うん♡ いいでしょ〜」


「うわ〜すごいにやけ顔。人様には見せられないね」


「え!? そんなに!?」


「そんなに〜。外では気をつけなよ、学園一の美少女様」


「もう〜それ家でまで言わないでよ〜」


「中学でも有名だもん。仕方ないよ。…………ふぁ〜。眠くなってきちゃった。愛奈もう寝るから、うるさいのやめてね〜」


「はーい。おやすみ〜」


「おやしゅみなさい〜」


 愛奈が去って、また部屋が静かになる。うるさくしちゃって愛奈には悪いことしちゃったかな。明日からは気をつけないと。


 それにしても愛奈が言っていたように、せんぱいを家に連れてくるなんてこともこれから先あるかもしれない未来なんだろうか。


 今すぐじゃないとは思うけど、いつ来ても大丈夫なようにしておかなきゃ。


 あとはお料理の特訓なんかも頑張らないと。


 やることも考えることも盛り沢山だ。


 でも今はなんとか興奮を抑えて、眠りにつこう。


 明日もきっと、せんぱいとの楽しい一日が待っているから。


 おやすみなさい、せんぱい。


 また明日、逢いましょうね♡


 あ、でもその前に夢の中でも、逢えるといいですね♡

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