第7話 交際1日目・放課後デート②
クレープを食べた後、俺たちはぎくしゃくとした雰囲気を少しだけ残しながらも、街のショッピングモールを訪れていた。
ウィンドウショッピングというやつらしい。
俺なんかにはそもそも買い物を楽しむという意識がないので、ウィンドウショッピングという存在そのものが疑問だった。
しかしまあやってみれば意外と悪くない。いや俺の場合は結局、買い物を楽しんでいるのではなく、あくまで楽しそうな
美咲と一緒ならなんでも楽しいのかもしれない。
「せんぱい。せんぱいの誕生日っていつですか?」
「んあ? えー、あー、7月26日だな」
俺たちは今、色々なパワーストーンなんかが売っている店に来ていた。
ていうか、誕生日を人に聞かれたこととかなかったし祝われたこともほとんどなかったから、一瞬自分の誕生日がいつか分からなくなった。悲しい。
「7月26日ですね。7月……7月……っと」
「何見てるんだ?」
「誕生石ですよ〜。あ、ありました。7月の誕生石はルビーですね」
「ルビー?」
「はい。えーと、勝利と情熱を象徴する石、だそうです。…………せんぱいとはかけ離れてますね」
「うっせ」
「で、でもでもあれですねっ。せんぱい受験生ですからっ。受験に勝利ってことですねっ」
「そうだといいなぁ……。てか、誕生石って身につけないと意味ないんじゃないか?」
「あ、そうでした……」
「学生に手が出るもんじゃないな」
「あははぁ〜そうですね」
「ちなみに、美咲の誕生日はいつなんだ?」
「私は3月21日です」
「3月か」
今度は俺が美咲の誕生石を見てみる。
「3月の誕生石はアクアマリンだな。意味は……」
意味を読み上げようとしたが、次の言葉を紡げなくなってしまう。いやだってこれって……。
「なんですか?」
「いや、その……」
「焦らさないでくださいよぉ〜」
美咲は「どれどれ〜」と俺の方へ顔を寄せて、誕生石の書かれたシートを見る。
「えーと、アクアマリンは……夢の実現、健康、それから……し、幸せな結婚、の、……象徴…………」
あーあ、読んじゃった。読んじゃったよ。
そう、アクアマリンの欄の最後に書かれていたこと。それは「幸せな結婚」。
アクアマリンは3月の誕生石であると同時に、結婚前の女性に渡すのに最適とも言われる石だった。
「結婚」という言葉を口の中で反芻しながら、赤くなってもじもじとし始める美咲。
「あ、あはは〜。もしかして、せ、せんぱいとの幸せな結婚、だったり…………?」
「あ、いやその、ど、どうだろう……なあ……」
お互いに「あはは」と乾いた笑いをもらすことしかできなかった。
「結婚」。
それは交際1日目である俺たちには到底扱いきれない言葉で。でも、そんな未来があったらいいなとか、想像を膨らませてしまうには十分な言葉で。
美咲との幸せな結婚生活を思い描いてしまった俺が、確かにいたのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
それからも俺たちは日が沈み始める頃まで、ウィンドウショッピングを続けた。
クレープや、誕生石のこともあって普段よりぎこちなくもあったが、それはそれでとても楽しい時間だったと言えるだろう。
そんな初デートの帰り道。
「あ、せんぱい。私こっちです」
美咲が俺の家の方向とは別の道を指差す。
「送って行くぞ」
よく分からないが、デートとは彼女を家に送り届けるまでを言うんじゃないかと思った。
しかし美咲は柔らかく微笑んで言う。
「いえいえ。大丈夫ですよ。すぐそこですから」
「そうか?」
「バイトの後だっていつもひとりで帰ってるんですよ? それに比べたらまだ早い時間ですし」
「まあ、そうだな。それじゃあこれで……」
「はい。初デート終了、ですね?」
あまりしつこく言うのもよくないだろうと思って、美咲の言葉に従う俺。
しかしそれは、デートの終わりを示していた。
「せんぱい、今日はありがとうございました。とってもとっても、楽しかったです。せ、せんぱいは、……どう……でしたか?」
「ああ、俺も楽しかった。美咲のおかげだ」
「……良かったです。私、明日からもせんぱいの彼女でいていいんですよね……?」
「当たり前だろ。こっちからお願いするくらいだ」
少し臭いことを言っている気がするが、本心だった。もし俺がラブコメの主人公であるのなら、たまにはこんな言葉を使うのも悪くはないだろう。
「あとそれから、さ」
俺は言いながらバックの中に潜ませておいたそれを手に取る。
そしてきょとんとしている美咲にそれを差し出した。
「これ、受け取ってもらえるか?」
「え、これって……」
「えっと、まあ初デートの記念というか何というか……。あ、奢りとかそういうのとは違うぞ? これはプレゼントであってだな……」
俺が差し出したのはひとつの小包み。ショッピングモールでトイレに行くフリをして買っておいたものだ。
今日は美咲から色々なものをもらった気がする。だから俺も何か少しでも、美咲に贈り物をしたかったのだ。
クレープのときに奢りはよそうと美咲は言っていた。だからプレゼントも受け取って貰えるか少し不安だったのだが……。
「ありがとうございます、せんぱい。とっても嬉しいです」
美咲は顔を綻ばせて、プレゼントを受け取ってくれた。
「開けてみてもいいですか?」
「い、いやそれは家に帰ってからにしてもらえると……」
目の前で開けられるとか羞恥プレイすぎる。こちとら女の子にプレゼントとかしたことねえんだよ!!
「ふふっ。いやでーす。ここで開けちゃいます♪」
しかし美咲は悪戯っぽく笑うと、包装を一気に解いた。
「なっ、おまえなぁ……!」
「ふふーん。いいじゃないですかぁ。家に帰るまで我慢できないくらい嬉しかったんですから♪」
言いながら「どれどれ〜?」と中身を取り出す美咲。
取り出したそれを美咲はまじまじと見つめる。
「せんぱい、これって……」
「まあ、その、美咲に似合うと思って……」
俺は恥ずかしくなって、目を逸らしながら言う。
プレゼントしたのは、ひとつの髪留め。淡い桜柄の髪留めだ。
安物だし、自分のセンスも全く信用できないが、美咲が付けてる姿を想像して買ってみたつもりだった。
「付けてみますね」
「お、おう……」
美咲は少しだけ前髪を掻き分けて、丁寧に髪留めを通す。
「どうです? 似合ってますか?」
付け終わると美咲はこちらに微笑んでくれた。
ちょうど背後では紅い夕焼けが辺りを覆っていて。
それを背景に佇む美咲の姿は、神々しいくらいに綺麗だと思った。
あれ、髪留めとかもう関係ねえや。
まあでも、俺にしては及第点なんじゃなかろうか。
「……似合ってる」
「ちょっと間がありましたよ? 見惚れちゃってましたかぁ?」
「はぁ!? いや、その……」
神々しい天使のようだと思ったら、今度は小悪魔かよ……。
そんなことを思いながら弁解の言葉を探そうとしていると、美咲がすいっと俺の元へ近づいてくる。
「————んっ♡」
近づいてきた美咲はそのまま流れるように、俺の頬にキスをした。
ふわっと、美咲の甘い匂いがした。
あまりにも突然のことに、俺はリアクションをとることすらできない。
「ふふっ。プレゼントでドキドキさせられたので。これはそのお返しです♪」
美咲はまた悪戯っぽく、しかし赤くなっているように見える顔で笑う。
それから美咲は「ではでは、桜井せんぱい。また明日」と、そう言いながら小さく手を振って。俺とは別方向へ歩き出した。
俺は未だに呆然としてしまって。後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと美咲を見つめていた————。
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