第6話 交際1日目・放課後デート①


「あ、せんぱいせんぱいっ。クレープ食べましょうクレープ!」


 美咲はクレープの屋台を指差しながら駆け出す。


 記念すべき初デートの初イベントはクレープ屋台になったらしい。


 結局美咲に手を引かれるような形になっている初デートである。


「クレープ好きなのか?」


「大好きですっ!」


「お、おう……」


 クレープのことだと分かってるけど、少しだけドキッとした。


「せんぱいはクレープ好きじゃないですか?」


「好き嫌い以前にほとんど食べたことがないな」


「マジですか! 人生の9割損してますよ!」


「それ絶対言い過ぎだろ」


「そんなことないですよぉ〜」


「まあ、そこまで言うなら食うのが楽しみだな」


 屋台近くの看板を見てみる。


 そこにはチョコバナナやイチゴをメインにした俺も知っているようなものから、ソーセージやテリヤキチキンなんかが入ったしょっぱい系のものまで色んなメニューが書かれていた。


「いろいろあるのな」


「そうですね。私のおすすめというか、人気なのはやっぱりイチゴやバナナのクレープでしょうか」


「へえ。美咲は何を頼むんだ?」


「私はこのストロベリーホイップにしようかなぁ〜と」


「なら俺はチョコバナナにしておこうかな」


 とりあえずは美咲のおすすめに従ってみることにした。


 それから2人で屋台のお兄さんに注文を済ませる。


 だが、そこでふと思う。


 ————こういうのって奢ってあげた方がいいのか?


 デートは男が奢るのが当然。金の切れ目が縁の切れ目。そんな話を聞いたことがある気もするし、違う気もする。


 しかし今日は初デート。幸いバイトをしている俺には懐にも余裕がある。

 ここはやっぱり男としての甲斐性を見せるべきでは?


 よし、ここは俺がクールに華麗にお金を払————。


「せんぱい。私、自分の分は自分で払いますよ?」


「え?」


 奢ることを決意した俺の心を先回りしたかのように言う美咲。思いきり顔に出てしまっていたらしい。


「いいのか?」


「はい。別に奢ってもらいたくてデートしているわけではありませんし。それに恋人になったんだから、そういうところはしっかりしていきましょう」


 「金銭トラブルで別れるなんて、嫌ですからね……?」と、そう付け足して、美咲は微笑んだ。


 どうやら俺の彼女は彼氏を財布だと思っているような女ではなかったらしい。


 嬉しいけれど、でもちょっと奢ってあげたくもあったような。そんな気持ちだった。


 


 それから結局それぞれで会計を済ませてクレープを受け取り、俺たちは近くのベンチに並んで座った。


「それでは、いただきましょうか」


「おう」


 まずは一口。チョコとクリームがたっぷりの部分にかぶりついてみる。


 うん。甘くて美味しい。


 それにクレープ生地がもちもちとしていて食感が心地よく、癖になってしまいそうだった。


 隣の美咲を見てみると、同じように一口目を頬張ったところだった。


 ほっぺに少しだけクリームを付けて、幸せそうに顔を綻ばせている。


「おいひぃですぅ〜♡」


「だな、美味い」


「せんぱいせんぱい」


「ん?」


「せんぱいのも一口、もらってもいいですか?」


「ああ、いいぞ」


「では————」


 そう言うやいなや、美咲は俺のクレープに「ぱくっ」と食いついた。

 それからもぐもぐと口いっぱいのクレープを咀嚼する。


 なんだかその姿が小動物のようでとても可愛い。


「こっちもおいしいです……♪」


 ほっぺたに手を添えながらうっとりとしている美咲からは、クレープが好きなんだというのがこれでもかというくらい伝わってきた。


 彼女の好きな食べ物一つ目、「クレープ」。よし、覚えた。


「せんぱい、私のも一口どうですか?」


「お、じゃあもらうわ」


「はい、どうぞ。せんぱい、あーんです」


 口の前にクレープを差し出してくれる美咲。


 さっき美咲は平然と俺のを食べていたわけだけど、これけっこう恥ずかしいな……。


 てかこれって間接キスというやつなんじゃ……?


 そう思いながらも、俺は美咲の差し出すクレープにかぶりつく。控えめに、ちょっとだけだ。


 ストロベリーの甘酸っぱさが口のなかに広がった。


 これが初めての間接キスの味……?


 い、いやいや。これ以上考えるのはよそう。


「どうですか?」


「甘酸っぱくて、こっちも美味いな」


「ですよね、甘さと酸っぱさが混ざり合ってさいきょーですっ」


「だな」


 それからお互い、自分のクレープを食べようとする。が、そこで気付いてしまう。


 美咲の食べた部分……これもまた間接キスじゃん……。


「せんぱいが食べたところ……ていうかさっきのも……」


 そして美咲も今更になって気付いたようで、顔を一気にストロベリーよりも赤く染めながらクレープを見つめていた。


「か、間接キス……だよね……」


 美咲は独り言のように呟く。


 おい。口に出すなよ。


 俺まで続きが食いにくくなるだろ。

 意識しちゃうだろ。


 それからしばしの間お互い無言で、クレープを食べた。


 甘すぎて甘すぎて。もう何がなんだかわからなかった。


 でも、隣で赤くなって縮こまる美咲はやっぱり可愛かった。

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