第5話 交際1日目・昼休み②

「わあ〜、すご〜いっ。私、屋上なんて初めて来ました!」


「あんま端っこまで行くなよ〜」


「はーいっ」


 子供のようにはしゃぎ回る美咲。


 昼休み、俺は教室まで迎えに来てくれた美咲を連れて、屋上を訪れていた。


 クラスメイトから寄せられる鋭い視線は華麗に無視した。


 普段は立ち入り禁止となっているこの場所だが、俺はとある理由により鍵を拝借しているのだ。ここは俺にとって、誰の介入もない秘密の場所。


 今日からは、俺と美咲だけの場所になる。


「風が気持ちいいですね〜」


「あっちには海も見えるぞ」


「日本海っ! 夏になったら2人で海も行きたいですねっ」


 俺たちの暮らす街は、海の街と言われるような場所だ。学園からでも、俺の家からでも、少し歩けば海岸にたどり着く。


 それにしても、恋人と2人で海かぁ。なんだそのリア充イベント。


 しかし海といえば、美咲の水着はどんなだろうか。リア充的イベントには今まであまり興味がなかったが、水着なら興味津々である。


 学園一の美少女であり恋人でもある美咲のものともなれば尚更だ。


 無難にワンピースタイプだろうか。ショートパンツなんかもいいな。


 それとも大胆にビキニタイプとか?


 どれにしても間違いなく可愛い。


 誰かと海へ遊びに行ったことなんてなかったが、美咲となら楽しそうだなと思った。



 一通り屋上からの景色を堪能したあと、俺たちは日陰に並んで座った。


「お口に合うといいんですけど……」


 そう言って隣に座る美咲が控えめに差し出したのは、ひとつのお弁当箱。


 美咲はなんとお弁当を作ってくれていたのだ。


「わ、私、料理はほんとに得意じゃないので……。忌憚のない意見を、お願いします!」


「へぇ……」


 どれどれ、と思いながら俺はお弁当の蓋を開ける。


 すると、出てきたのはオーソドックスなお弁当のおかずたち。


 おにぎりが2つに、卵焼き、タコさんウィンナー、サラダにプチトマト。


 うん、確かに卵焼きなんかは少しだけ形が崩れてしまっているかもしれない。


 料理は本当に慣れていないらしい。


 でもむしろそれが、頑張って作ってくれたんだなというのを感じさせた。


 なんだろう、めちゃくちゃ嬉しいなこれ。顔が自然とにやけてしまいそうだ。


「い、いただきます」


 まずは卵焼きをひとつ、食べてみた。良く焼けていて、程よい甘みが口の中に広がる。


「うん、美味い」


「ほ、ほんとですか? 遠慮なく言っていいんですよ?」


「いや、美味いよ。形はちょっと悪いけど、でもちゃんと美味い」


「よかったぁ……」


 ほわ〜っと安心したように吐息をもらす美咲。お弁当の感想が気になって仕方がなかったらしい。


 腹の減っていた俺は食べてしまうのが少し勿体ないなと思いつつも、ぺろりとお弁当をすべてたいらげた。


「ごちそうさま。ありがとう。すげえ美味かった」


「お粗末さまです♪ 綺麗に食べてもらえて私も嬉しいです」


 それから美咲も自分のお弁当を食べ終えると、また俺の袖をちょいちょいと引っ張りながら言う。


「せんぱいせんぱい。私、これからもせんぱいにお弁当作ってきてもいいですか?」


「そうだな。こんなに美味いなら是非頼みたい。でも、作るの大変じゃないか?」


「いえ、せんぱいのためだと思えばとっても楽しいですから。大丈夫です♪」


 にぱっと必殺の笑顔を繰り出す美咲。


 俺のために毎朝早起きしてお弁当を作る美咲を想像すると嬉しいやら恥ずかしいやら申し訳ないやら色んな気持ちが湧き立ってくる。


 ほんとにこんな幸せでいいのか? 

 俺がこんなイチャラブコメの主人公でいいんですか?


 俺も美咲にしてあげられることを何か考えなければと、そう思った。


「あとせんぱい、何か入れて欲しいおかずとかあったりしますか? 何でも言ってください」


 「私、せんぱい好みの女の子になりますから♡」と小悪魔ボイスで耳元に囁く美咲。


「————っ!!?!?」


 耳から身体全体を「ゾワゾワゾワッ」と痺れるような快感が走る。


 耳は弱いからやめてぇ!

 それにさっきから台詞の破壊力高いって!

 体力が保たねえ!


 あと、せんぱい好みの「女の子になる」ではなく「お弁当を作る」だと思います。


 今してたのってお弁当の話だよね? 

 えっちな話とかじゃなかったよね? え?


 とりあえず囁きについては置いておくことにして、俺は平静を装いつつ質問に答える。


「ええと、欲を言えばもう少し肉が欲しい」


「ふむふむ。お肉というと、唐揚げとかハンバーグとかですか?」


「まあそこら辺なら間違いないな」


「了解ですっ。頑張って美味しいの、作りますね♪」


 「ようしっ」と美咲は意気込んでみせてくれる。その仕草のひとつひとつまでが可愛らしかった。


 それからまた、雑談をしながら2人だけの昼休みを過ごす。


「あ、そうだせんぱい。放課後って空いてますか?」


 昼休みの終わりぎわ、美咲が思い出したようにそう言った。

 いや、思い出したというよりは、ずっと言うタイミングを探していたようにも見えたかもしれない。


「今日はバイトもないし、暇だな」


 受験勉強からは全力で目を逸らしているが。


「やったっ。じゃあじゃあ、放課後は一緒にお出かけしませんか?」


「え、それって……」


「はい♪ デートのお誘いですよ、せんぱい♪」

 


 こうして、俺の人生初デートが決定した。


 今日の俺、色んな初めてを経験しすぎな気がする。


 魔法使いへの道が閉ざされる日も近かったりするのだろうか。

 いやさすがにそれはまだ早いか。落ち着こう。


 しかしこうやってボッチは大人になっていくんだなぁ……。

 


「楽しみですね、放課後デート♡」



 放課後まで俺と過ごせることが嬉しくてたまらないとでも言うように、美咲は幸せそうな笑顔を浮かべる。


 その笑顔だけで、俺まで胸がいっぱいになるかのようで。


 少々の不安ごとはあれど、それ以上に楽しみが尽きない交際1日目であった。


 ……あれ? 

 デートって何すればいいんだっけ?

 どこ行けばいいんだっけ?


 やっぱ不安も尽きねえっ!!

 

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