十三 旅路の果て
「啓介。着いたのだ。これから戦闘を始めるのだ。少し揺れると思うのだ」
ハルツーは、複数ある中で、一つだけ発射口が開いていたミサイルサイロの端に、降り立って言う。
「ハルツー出してくれ」
「まだ啓介の出番ではないのだ。ここぞという所で戦ってもらうのだ」
啓介の言葉にそう応じると、ハルツーは大きな穴のように見える、ミサイルサイロの発射口を覗き込む。
「他は閉まっているのに、ここだけ開いているのだ。これはラッキーなのだ。手間が省けるという物なのだ。おっとっと、なのだ。出発してからすぐにネットを介してハルからもらった情報を良く見ておくのだ。ふむふむ、なのだ。分かったのだ」
ハルツーは独り言ちてから、サイロの中に入る。ミサイルの側面に沿ってサイロ内を降下して行きつつ、このサイロ内から、地下にある他の場所に移動する為の通路を探す。
「発射口が閉まって行くのだ」
急に周囲が暗くなったのをおかしく思ったハルツーは顔を上げ、言葉を漏らす。
「ハルツー。何が起きてる? 大丈夫なのか?」
啓介の声がする。
「啓介。心配しなくて良いのだ。でも。心配してもらって凄く嬉しいのだ。そうだったのだ。愛してると言ってもらうのと、キスしてもらうのを忘れていたのだ。ふひひひ、なのだ。両方一緒にしてもらうのもありなのだ~」
ハルツーはついつい大きくなってしまった声を、慌てて途中から小さくする。
「あらら、なのだ。全部閉まってしまったのだ。でも、まあ、問題はないのだ。ハルはレーザーの威力を過小評価していたのだ。閉まって行く蓋を見て分かったのだ。あの程度の厚さの蓋ならレーザーで貫通できるのだ」
発射口が完全に閉まり、サイロ内が真っ暗になると、ハルツーは周囲だけでなく啓介にも聞こえないようにと小さな声で言う。そのまま通路を探しつつ降下を続けて行き、サイロの一番下まで行ってやっとハルツーは、壁の側面に通路らしき物の扉を見付けた。ここから中に入るのだ。おっと、なのだ。その前に、すべての核ミサイルを発射できないようにしておくのだ。レーザーが使えると分かったから先に壊しておけば安心なのだ。そう思ったハルツーは核ミサイルを見上げる。
「ええーっと、なのだ。ハルにもらった情報には、起爆装置と、エンジン部分を破壊するとあるのだ。場所は、ほほう、なのだ。ではそこにロックオンしてレーザーを撃つのだ」
ハルツーは呟き、今自身がいるサイロ内の核ミサイルと、他のサイロの中にある核ミサイルの起爆装置のある位置とエンジンのある位置をロックオンして行く。ロックオンを完了し、レーザーを発射する為に船と通信しようとした時、目前にある核ミサイルの上部に亀裂が走り、亀裂から閃光が発せられて、ハルツーの目である二つのカメラを焼いた。目の前が真っ白になり、何も見えなくなっているハルツーを、轟音、衝撃、高熱が襲う。
「ハルツー。どうした? 何が起こってるんだ?」
啓介の声がする。
「啓介。啓介の方は大丈夫なのだ?」
「俺の方は大丈夫だ。それより、何が起こってるんだ?」
ハルツーの言葉を聞いた啓介が言う。これは、やられたのだ。ここで、ミサイルを爆発させるとは思っていなかったのだ。完全に油断していたのだ。とハルツーは思いながら、啓介を守る為にすべての能力を注ぎ込みつつ、啓介に向かって、何も問題はないのだ。戦闘が始まっただけなのだ。と言った。上に向けて飛び立ち、溶鉱炉のような状態となっているサイロ内から、爆発で破壊され、落下して来た発射口の蓋に体を激しくぶつけながらも、なんとか外に出たハルツーは、サイロ内から発せられる熱を避けるように高度を上げた。
「ハルツー。今の衝撃はなんだ? 大丈夫なのか?」
「啓介の方は怪我とかはしてはいないのだ?」
「俺の方は問題ない。俺を出してくれ。俺も戦う」
「啓介。今は無理なのだ。もう少ししたら頼むのだ」
啓介と会話を交わしていると、ハルツーを倒したと思ったのか、傍にある今まで閉まっていた数ヶ所のミサイルサイロの発射口が一斉に開き出した。
「甘いのだ。ハルツーはまだ生きているのだ。ミサイルは撃たせないのだ」
発射口が開く様子を、メインカメラが破損した場合に使用する、補助カメラで見ていたハルツーは呟き、すべてのサイロ内にある核ミサイルの起爆装置とエンジン部分をロックオンし直すとレーザーを発射させる。
「んん? なのだ」
何もしていないのに徐々に降下して行っている自身の動きに気付いたハルツーは、そう小声で言い、何が起きているのだ? と思うと、周囲を見回してから自身の体の状態を確認する。
「あっちゃー、なのだ。これは、なんとも、困った事になったのだ」
ハルツーは呟くと、核ミサイルが爆発したサイロの方を見る。
「ちょっと予定変更なのだ。あの中を通して地下にある施設を焼くのだ。何度か撃てば焼けるのだ」
ハルツーは、小声で言って、地上に降りると、ゆっくりとした動きでその場に座り込み、火山の噴火口のようになっているサイロの底面と側面に、一度にロックオンできる限界数までロックオンをした。
「これで、終わりなのだ」
ハルツーは数回に渡って空から降り注ぐ、大量の赤い光を見て呟く。
「ハルツー。どうした? どうなってるんだ? 聞こえてないのか?」
啓介の声を聞いたハルツーは、啓介の声が聞こえるのだ。返事をするのだ。と思う。
「啓介。終わったのだ。ついつい、ハルツーだけでやってしまったのだ」
ハルツーは言うと、都市に戻るのだ。けれど、その前に除染という物をしないと駄目だと、ハルからもらった情報にあるのだ。と思いながら立ち上がり、今、出す事のできる最大の速度で飛行を始める。目に付いた適当な場所で一度降りると、ハルからもらった情報を参考にしつつ、全身を丁寧に除染する。除染を終えたハルツーは、その場所の地面に、大きく誰が見ても分かるように「放射能注意」と書いた。
「ハルツー。聞こえてないのか? 返事をしてくれ。さっきから呼んでるのに、どうなってる? ハルツー。何かあったのか? 大丈夫なのか?」
「大丈夫なのだ。もう都市に向かって戻っているのだ。後少しで着くのだ」
啓介の声を聞き、ハルツーは、啓介は本当に優しいのだ。ハルツーの事をまた心配してくれているのだ。と思いながら言う。
「地下都市の入り口のある場所に啓介を降ろすのだ」
都市内に着くと、ハルツーは呟いてから、その場所をハルからもらった情報の中から探し始める。
「んん? なのだ? 情報が欠落しているのだ。しょうがないのだ。分かる範囲でできるだけ近くまで行くのだ」
ハルツーはそう小声で付け足すように言い、得られた情報から導き出した目的地を目指す。
「啓介。着いたのだ」
地面の上に降り立ったハルツーは、啓介を包み込んでいたウデを開きながら言った。
「ハルツー。ここは?」
「地下都市の入り口のある場所の近くのはずなのだ」
啓介が言い、ハルツーは言う。
「ハルツー。俺達の為に、戦ってくれて、ありがとう。でも、俺にも戦わせてくれれば良かったんだ。今度、何かあった時は、俺もちゃんと戦うから、一人だけではやらないでくれ。それで、お礼の事なんだけど、ええっと、その、どうすれば良い? ハルツーが頑張ってくれたから、俺もしてやるって言っちゃったし、ちゃんとしておかないといけないって思うんだ。そ、それで、おでこにキスとかなら良いけど、愛してるっていうのは、ちょっと、その、なんていうか、俺の気持ちの事もあるし、なんていうか、ハルツーの気持ちを俺が利用してるみたいなとこもあるから、言っても、意味がないっていうかなんていうか」
啓介が言葉の途中から、しどろもどろになる。
「お礼? なのだ?」
啓介の言葉を遮るように言ってから、大切なお礼の事を忘れていた事にハルツーは気付く。
「ひょっとして忘れてたのか? 失敗した。黙ってればよかった、って、そんなこと言ったらハルツーに悪いか」
啓介の言葉を聞きながら、ハルツーは、おでこにキスなのだ。と嬉しく思う。
「ハルツー? どうした? なんで何も言わないで黙ってるんだ? そういえば、戦いの途中から、なんか様子が変じゃないか? まさか、本当は、どこかやられてるとかなのか? ウデがあって姿が見えない。ウデをどけてくれ」
啓介が言い、啓介が動く気配がする。
「なんでもないのだ。啓介は早く地下都市へ行くのだ。お礼はまた今度で良いのだ。ハルツーは、なんだか、少し疲れたのだ。休みたいって思うのだ」
啓介の視界と進路を遮るようにウデをゆっくりと動かしつつ言ってから、ハルツーは、はっとする。まだ休んでは駄目だったのだ。宇宙船を、なんとかしないといけないのだ。このままでは、地上に落ちて来るのだ。ハルツーはそこまで思うと空を見上げる。
「啓介達の為なのだ」
ハルツーは小さな声で呟いた。
「ハルツー。少し疲れたって、お前でもそんな事あるんだな。それなら、俺が連れて行ってやる。ウデを使えば、ハルツーを持ち上げて運ぶくらいできると思う」
啓介が言いながら、ハルツーのウデにそっと手を乗せてハルツーのウデを回り込み、ハルツーの傍に来た。ハルツーは啓介の方から触れて来たという事に驚き、感動して、何も行動を起こす事ができずに、ただ啓介の姿を見つめていた。
「ハルツー」
啓介が言葉を漏らす。啓介の様子を見ながら、ハルツーは啓介の方から触れて来たという事に対する感動を心の奥にしまいながら、ゆっくりとその場に座り込む。
「いやー、まいったのだ。見られてしまったのだ。頭部が、破損してしまったのだ。これは、えっと、なのだ。まあ、きっと大丈夫なのだ。少し休めばなんとかなるのだ」
ハルツーは言って、啓介にこんな姿を見られるのは嫌なのだ。と思う。
「ハルツー。すぐに地下都市に行こう。ハルに言ってなんとかしてもらおう。前に、絵美が頭を撃たれた事があって、ハルが手術してくれて、それで助かったんだ」
啓介が言いながら、ウデを背中から数本生やす。
「啓介。ハルツーの事は放っておくのだ。このままで大丈夫なのだ。啓介は早く地下都市に行った方が良いのだ」
ハルツーは啓介の目をじっと見ながら言う。
「放ってなんておけない。一緒に行こう」
啓介が言い、啓介のウデがハルツーに近付く。
「啓介。やめるのだ。行く事はできないのだ」
ハルツーは、大きな声を上げた。
「ハルツー?」
啓介が言って啓介のウデの動きが止まる。
「啓介。早く行くのだ」
ハルツーは小さな声で言う。
「どうしてだよ? ハルツーは俺達を助ける為にそんなふうにやられたんだ。公園にいた時は、俺達の頼みを聞いて、防衛軍とPS結合体だって倒してくれた。ハルツーには、凄く助けられてるんだ。だから、俺にも助けさせてくれ」
啓介が言う。
「啓介。ありがとうなのだ。そんなふうに言ってもらって凄く嬉しいのだ。しょうがないのだ。正直に言うのだ。ハルツーにはやる事があるのだ。それをやったら地下都市に行くのだ。だから、先に行っていて欲しいのだ」
言い終えたハルツーは、立ち上がろうとしたが、手足に力が入らず、立ち上がる事ができなかった。
「ハルツー。立てないのか?」
「そんな事はないのだ。大丈夫なのだ。啓介は早く行くのだ」
啓介の言葉を聞いたハルツーは言ってから、今度はウデを二本生やし、そのウデで体を支えて立ち上がったが、途中からウデにも力が入らなくなり、バランスを崩して前に向かって倒れて行ってしまう。
「危ない」
啓介が声を上げながら、ハルツーの体を抱き締めて受け止める。だが、ハルツーの体の重さに耐え切れずに倒れてしまい、啓介とハルツーは、重なるようにして地面の上に転がった。
「啓介。ごめんなさいなのだ。大丈夫? なのだ?」
ハルツーは言って、啓介の体の上に乗ってしまっている自分の体を動かそうとする。
「ハルツー」
啓介が言葉を漏らす。
「すぐに離れるのだ」
ハルツーは言い、啓介から離れようとする。
「そのままで良い」
啓介が急に小さな声になって言うと、生えたままになっていたウデを使って、自分の体と腕の中にいるハルツーの体を起こす。
「どうしたのだ?」
ハルツーは啓介の顔を見つめながら聞いた。
「ハルツー。体が動かせないのか? そんなに、酷い状態なのか? 俺に、それを気付かれたくないから、さっきから、早く行けって言ったり、やる事があるとかって言ったりしてたのか?」
啓介が言った。
「啓介」
ハルツーは言葉を漏らす。
「そんな事はないのだ。ちょっと待つのだ」
ハルツーは慌てそう言葉を足すと、啓介の腕の中から出ようとして手足を動かそうとする。
「ハルツー」
啓介が言い、ハルツーの体に回っている腕に力がこもる。
「平気なのだ」
ハルツーは言って、手足を必死に動かそうとする。
「ハルツー」
啓介が言うと、ハルツーの体に回っている腕に更に力がこもる。
「すぐに、動くのだ」
ハルツーは言いながら、更に必死に手足を動かそうとする。
「ハルツー」
啓介の声が大きくなる。
「動くのだ。動くのだ。ハルツーは大丈夫なのだ」
ハルツーは、何もできない自分に対して言い聞かせるように声を上げる。
「ハルツー。もう良い。もう良いから」
啓介の目から涙がこぼれ落ち、ハルツーのボディを濡らす。
「啓介。ごめんなさい、なのだ。もう隠せそうにないから言うのだ。ハルツーは、もう、駄目なのだ。何をしても手遅れなのだ。お別れなのだ」
ハルツーは自分の言葉を、一言一言噛み締めるようにして言った。
「死なせるもんか」
啓介が言って、ハルツーを抱いたまま立ち上がると、ウデと自分の足を使って歩き出す。
「啓介。駄目なのだ。まだ、ここに残ってやらなければいけない事があるのだ」
ハルツーは、涙を流しながら前を向く啓介の顔を見て言った。
「もう、そんな嘘は言わなくて良い」
啓介が言う。
「啓介。嘘ではないのだ。宇宙船を破壊するのだ。これは、女王であるハルツーがやらなければいけない事なのだ」
ハルツーは啓介の顔から目を離さずに言う。
「そんなの知るか。どうでも良い」
啓介の声が大きくなる。
「啓介。啓介はどうしてそんなに優しくしてくれるのだ?」
「敵だったはずなんだ。利用してやれって思ってた。けど、俺達の為にそんなふうになるまで戦ってくれて。今のハルツーの姿を見てたら、凄く、辛くて、悲しくなって。絶対に助けたいって、思って」
ハルツーの言葉を聞いた啓介が、そこまで言って押し黙る。
「啓介は、ハルや美羽や絵美や田中の事は好きなのだ?」
ハルツーはフェイスガードを少しだけ俯かせながら言った。
「なんだよ急に?」
啓介が涙を手で拭いながら言う。
「良いから答えるのだ」
「それは、皆大切だから、好きだ。ハルツーの事だって、今は、一緒だって思ってる」
ハルツーの言葉を聞いた啓介がそう言葉を返す。
「ハルツーも皆と一緒なのだ。それは凄く嬉しい事なのだ。啓介。皆を守る為なのだ。あの宇宙船達が、墜落を始めたら、この星はどうなるか分からないのだ。啓介はそれでも良いのだ?」
ハルツーはフェイスガードを上げ、啓介の顔を見て言う。啓介の足が止まる。
「だったら、ハルツーを地下に送った後で俺がやる」
啓介がハルツーの顔を見て言った。
「啓介にはやらせたくないのだ。これは大量虐殺なのだ。それに、なのだ。ハルツーにしかできないと思うのだ。反物質粒子砲に体を変形させて宇宙船を撃つのだ。ウデだけではいくら使っても出力が足りないのだ。ハルツー達は、元々、見た事さえあれば、どんな物にでも姿を変える事ができる能力を持っているのだ。啓介のウデにもその能力は受け継がれているようなのだ。けれど、啓介は人類側の意思を持っているのだ。体を変形させられるのは、ハルツー達側の意思を持っているハルツーだけだと思うのだ」
ハルツーは言って空を見上げてから、体中から無数のウデを生やし、その圧力で啓介の腕の中から抜け出る。
「ハルツー?」
啓介が声を上げる。
「ごめんなさいなのだ。もっとこうして啓介と話をしていたいのだ。けれど、ハルツーにはもう時間がないのだ。啓介。愛しているのだ。さようならなのだ」
ハルツーは言い、自身の体を変形させて行く。
「ハルツー。待ってくれ。大量虐殺だって構わない。俺だって変形できるかも知れないだろ。試してみなきゃ分からない」
啓介の声は聞こえてはいたが、反物質粒子砲となって行く、ハルツーにはもう返事をする事ができない。
啓介は優しいのだ。はうっ、なのだ。失敗したのだ。キスをしてもらって、愛していると言ってもらうのを、すっかり忘れてしまっていたのだ。けれど、なのだ。今なら分かるのだ。それは、無理にやってもらっても意味がないのだ。それに、なのだ。もう、良いのだ。ハルツーは皆と一緒なのだ。そんなふうに思ってもらえただけで満足なのだ。これだけ弱っていても、変形できて良かったのだ。後は、この体に残っているすべての力を振り絞って、民達のこの長かった旅路を終わらせるだけなのだ。ハルツーはそう思うと、砲口を宇宙船の一つに向けた。
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