十四 業

「あのレーザーの雨の中を生き抜いたか。何をしに来た? 戦うつもりなら、これが相手をする。誰にも手出しはさせない」

 第六ドーム都市PS対策本部内の地下一階にある、地下都市に降りる為の大型エレベーターの前で、連れて来た人々をハルとともに地下都市に送っていた絵美は、地上階に続く階段から不意に一人で下りて来たキ三号型を身に纏った者を見て言った。

「ここだったか。探したぞ。絵美」

「啓介にやられて相当な深手を負ったと聞いていた」

 相手の胸の辺りから発せられる言葉を聞いて、相手が士魂だと気付いた絵美は言った。

「ああ。その通りだ。体が使い物にならなくなった。だが、どうしてもお前達と戦いたくてな。無理を言って脳髄だけをこいつに載せさせた。こいつは、試験中の機体で、見た目こそキ三号型だが、すべてがキ三号型とは違う。中には機械が詰まっていて、そこにいるハルと同じように、機械仕掛けで動くようになっている」

 士魂が言う。

「ハル。済まないが後は頼む。これは上に行く」

「絵美。待つのです。核ミサイルの事もあるのです。地上に行くのは危険なのです」

 絵美が言うとハルが言った。

「これは大丈夫。心配はいらない」

「ミサイルなら問題はない。核ミサイル発射施設は機械もどきに破壊された。ハル。これ以上余計な事を言って絵美を引き留めるな。俺の気が変わらないうちに引き下がっておけ。邪魔をするなら、そいつらを殺す」

 絵美の言葉を聞いた士魂が言う。

「皆。怖がらなくて良い。ハル。行って来る」

 絵美は、まだエレベーター前に残っている人々と、ハルの顔を見ながら言い、階段に向かった。

「絵美。あの機械もどきとお前達が仲間だという事は分かっている。防衛軍を殲滅するとは、お前達も思い切った事をやったな」

「正しいと思った事をしただけ」

 階段を上がりつつ、士魂と絵美は言葉を交わす。

「正しいと思った事か。お前達にとってはそうかも知れないが、お前達が殺した奴らにも家族や仲間がいた」

「どう思われても何を言われても構わない。防衛軍は守るべき人々を殺していた。それは止めなければならない」

 士魂の言葉を聞いた絵美は足を止めると、後ろにいる士魂の方に顔を向けて言う。

「お前が軍を裏切ったのは、軍のやった事が許せなかったからだったな。お前達のやった事はその軍のやった事と変わらない」

 士魂の言葉を聞き終えた絵美は、何も言わずに前を向き、再び階段を上がり始める。

「あの時のレーザーによる攻撃で俺も殺しておくべきだった。病院のベッドを焼かなかったのは間違いだったな」

 階段を上がり終え、無人の建物内を抜けて、周囲をコンクリート製の塀に囲まれた建物前にある駐車場に出ると、士魂が言いながら、絵美の正面に回り込む。

「一つ教えといてやる。お前達はあいつらと地下都市で暮らすつもりでいるみたいだが、そんな夢は見ない方が良い。お前達には平穏な日々など訪れない。俺は俺の仲間達を殺したお前達に絶対にそんな日々は与えない」

 沈黙を続けている絵美に向かって士魂が言うと、士魂の両方の手の甲の上から、ダガーナイフが生えるようにして出る。

「これは夢など見てはいない」

 絵美は持っていた刀の鞘を払い、言う。

「行くぞ」

 士魂が言い、地を蹴る。士魂と絵美の体が交差し、絵美の両腕の前腕部が切断され、両手で握っている刀ごと地面の上に落ちた。

「この体の性能を活かす為に近接戦を選んだが、正解だったようだ。この体の速さにはついて来られないか?」

 士魂が言った。

「確かに速い。だが、まだ、一度しか斬り合ってはいない」

 絵美は言って、傷口を一瞬だけ視界の端に入れる。切断された両腕の前腕部は既に再生を始めている。

「再生しても、ウデを出しても良いが、お前の攻撃は効かない。俺のこの体はキボウを超えた硬度を持つ、改良型キボウでできている」

 士魂が言う。

「絵美さん」

 絵美と士魂が出て来た建物の出入り口の方から、田中の声がした。

「何をしている?」

「刀。ハルが用意してくれて。俺がハルの代わりに持って来たんだ」

 絵美が顔を向けて言うと、田中が言って、抱えるようにして持っていた、四本の刀を絵美に見えるように前に出す。

「キボウでできている刀か。小僧。その刀を絵美に渡してさっさと消えろ」

「良いのかよ?」

「そんな物がいくつあっても意味はないからな」

 士魂と田中が言葉を交わす。

「そこから動かないで欲しい。これが取りに行く」

 絵美は言うと、再生し終えた手で地面の上に落ちている刀を拾い、士魂から目を離さないようにしながら田中の傍まで行った。

「絵美さん」

 田中が言い、刀を絵美に向かって差し出す。

「ありがとう。ハルにもありがとうと言っておいて欲しい。ここはとても危険。すぐに下に戻って」

 絵美は頭を下げながら言い、刀を受け取る。

「絵美さん。戻って来るのをハルと美羽ちゃんと待ってる」

 田中が言って、踵を返す。

「それをどうする?」

 士魂が言う。

「こう使う」

 絵美は言い、ウデを背中から四本生やすと、すべてのウデの先端部分を人の手の形に変え、刀を一本ずつ持つ。

「面白い。阿修羅のようだ。だが、手数が増えても、キボウ製の刀を使っても、この体の硬度と速度には対抗できないと思うがな」

「やってみなければ分からない」

 士魂の言葉に応じるように絵美は言って、五本の刀を横に並べるようにして正眼の構えを取る。

「日本最後の剣豪と言われた、お前の父、藤柳朴衛が見たら酷く喜びそうだ」

 士魂が言うと、絵美に向かって突進する。再び二人の体が交差する。

「俺の攻撃を受け止め、同時に反撃をして来るか。だが、残念だったな。装甲の表面には傷一つ付いてはいない。これでは、俺を倒す事はできない」

 自身の体に目をやりながら士魂が言う。

「参る」 

 絵美は言うと、今度は自分の方から斬り込んで行く。

「ん? そこにいるのか?」

 五本の刀の一斉攻撃を、さばき、いなし、かわしつつ、攻撃を繰り出していた士魂が言い、絵美から離れるように大きく後ろに跳ぶ。士魂の体が背後にあったコンクリート製の塀を突き破り、士魂の姿が塀の向こう側に消える。絵美は士魂の後を追い、塀に開いた穴に入る。四方を高さが、十メートルくらいある、コンクリート製の塀に囲まれた四角形の小さな公園、防火公園の中に、穴から出て入った絵美を、士魂の不意打ちが襲う。二本の刀を盾にして、なんとかその一撃を凌ぐと、すぐさま別の二本の刀で突きと斬撃を繰り出す。士魂が人を超越した素早い動きで、その突きと斬撃を、さばき、かわしつつ、絵美に向けて斬撃を繰り出す。

「あの不意打ちは入ると思ったが」

 絵美が残っていた一本の刀で士魂の斬撃を受け止めると、士魂がダガーナイフを引きながら言った。

「打ち合っていれば、相手の動きが読めるようになる」

「先読みか」

 絵美の言葉を聞いた士魂が言い、背後に向かって大きく高く跳び、塀を蹴って、更に高く跳ぶ。絵美も大きく高く跳ぶと、塀を蹴って上を目指す。

「どうしてここに来たかは読めないだろう? 今の俺にはハルと同じような能力もあってな。この都市のあらゆる機能と繋がっている。それを使って探していた奴がいる」

 塀の上端部分に下り立った士魂が言う。士魂の立っている塀の正面の塀の上端に下り立ち、絵美は何も言わずに周囲を見回す。

「目標を視認した」

 士魂が言った。

「啓介」 

 絵美は、眼下に見える公園の隣を通っている道路上にいた、啓介の姿を視界に捉えて言葉を漏らすと、塀の上から飛び下りた。 

「啓介。敵がいる。気を付けて」

 地上に下りた絵美は、啓介のいる方へ走って行きながら、声を上げる。

「絵美? どうしてここに?」

「啓介。敵がいる。かなり手強い。動きの速さと体の硬さが今までの者達とは全然違う」

 絵美に気付いた啓介が言い、啓介の傍に行き、足を止めた絵美も言う。

「こんな時に」

 啓介が、士魂のいる方を見て言う。

「おい。小僧。お前だけか? 機械もどきはどこに行った?」

 啓介や絵美から三メートルほど離れた位置まで来て、足を止めた士魂が言った。不意に閃光が、絵美の視界の端を過る。

「今のは?」

 言いながら、閃光が発せられた方に目を向けた絵美は、細長い幾何学的な形状の物体の連なりとしか表現のしようのないような、啓介の背丈の二倍くらいの大きさの物体が、空に向かって地面から生えるようにして、立って伸びているのを見た。絵美の見ている前で、その物体の空に向いている方の部分の先端から、また閃光が発せられる。

「これはなんだ?」

 士魂が閃光を発した物体を見て言う。

「それに近付くな」

 啓介が叫び、啓介の体から生えていた数本のウデの先端部分が、閃光を発していた物体と同じような形に変形をし始める。士魂がその動きに呼応するように、素早く動いた。絵美は咄嗟に啓介の前に出ようとしたが、士魂の動きの方が絵美の動きよりも早く、士魂の片腕のダガーナイフの切っ先が啓介の額に突き付けられた。

「なんの反応もできないか。絵美とは大違いだな」

 士魂が啓介の目を見て言う。

「啓介から離れろ」

 絵美は声を上げ、士魂に斬りかかる。

「人質を取られて焦っているのか? 先ほどまでとは動きがまるで違う」

 絵美の攻撃を空いている方の腕だけで、さばき、いなしていた士魂が言ったと思うと、士魂の空いている方のその腕が、絵美の攻撃の間隙を縫って伸びて来て、絵美の頭を手で掴んだ。絵美は、士魂の手から抜け出る為に、五本の刀を必死に振るい、士魂の体を斬りつけたが、士魂の硬い体には傷一つ付ける事ができなかった。

「絵美を放せ」

「二人とも動くな。少しでも動いたら、小僧の頭を突き刺して、絵美の頭を潰す」

 啓介の言葉に応じるように士魂が言って、啓介と刀の動きを止めた絵美の姿を交互に見る。

「お前が絵美の頭を潰す前に、俺がお前の頭を消滅させてやる」

 啓介が声を上げる。閃光を発していた物体から、また閃光が発せられる。

「こいつは、宇宙船を攻撃している? 宇宙船の形が、欠けて行っているのか? こいつはなんだ? おい。小僧。教えろ」

 空を見上げながら、士魂が言う。

「反物質粒子砲だ。どんな物でも一瞬で消し去る。お前を狙ってる俺のウデも大きさは小さいけど反物質粒子砲に変えてある。絵美を放せ。お前の体がどんなに硬くてもこの砲の前じゃ意味がない」

「反物質粒子砲だと? どうしてそんな物が? あの機械もどきか。お前のウデもそうなっているとは、信じ難いが、念の為だ。今すぐにそのウデをすべて消せ。さもないと絵美を殺す」

 啓介の言葉を聞いた士魂が言って、絵美の頭を掴んでいる指に力を入れる。

「啓介。これは大丈夫。ウデは消さなくて良い」

 なんとか啓介だけでも助けなければ。どうすれば良い? 何か良い方法は? と考えていた絵美は、士魂が指に力を入れた時の啓介の表情の変化を見て口を開くと、啓介の顔から、自身の手で持っている刀の刀身に視線を移す。動かなければ。考えているだけでは駄目。士魂の体に傷一つ付ける事ができない、そんな今の自分にできる事。この刀で、啓介を助ける為にできる何か。この刀? 絵美はそこで一旦思考を止めると、啓介の額に突き付けられているダガーナイフを見る。先ほどまでの戦いで自分の斬撃や突きを何度も受けて来たあのダガーナイフなら、少しは弱っているかも知れない。あれなら、腕よりも細い。斬れるかも知れない。絵美はそう思うと、ダガーナイフを斬る為に、意識を集中する。

「小僧。ウデを消せと言っているのが分からないのか?」

 士魂が言い、絵美の頭を掴んでいる士魂の指の力が更に強くなる。

「斬れろ」 

 絵美は声を上げ、ダガーナイフを切断する為に、自身の手とウデで持つすべての刀をダガーナイフの真ん中の一点に向けて振るう。ダガーナイフが、五本の刀の刃の当たった一点の部分から真っ二つに切断される。だが、五本の刀も、ダガーナイフに当たった部分からことごとく折れてしまった。

「改良型キボウを斬るか。大したものだ。その代償は大きいようだがな」

 士魂が言う。

「黙って死ね」

 啓介が叫び、啓介のウデが形作っている反物質粒子砲の砲口が、一斉に煌めく。士魂の頭に閃光が殺到し、一瞬にして頭を消滅させる。

「絵美。ありがとう。絵美が攻撃してくれたから撃つチャンスができた」 

 啓介が言って、絵美の頭を掴んでいる方の士魂の腕を、ウデで形作っている反物質粒子砲の一つで撃ち、途中から消滅させる。

「やってくれたな」

 頭がなくなっている士魂が言い、残っている方の腕が動くと、啓介の額に折れているダガーナイフの残っている部分が深く突き刺さった。

「そんな」

 絵美は声を上げる。

「俺は、大丈夫」

 啓介が言ったと思うと、啓介のウデが形作っている反物質粒子砲の一つが向きを変え、閃光が発射される。啓介の額を刺している、折れているダガーナイフの残っている部分を装備している士魂の腕が、途中から消滅し、啓介の額に刺さっているダガーナイフの残っている部分が、支えを失って落下して行く腕の重さに引かれて抜け落ちる。

「啓介」

 不意にその場に崩れ落ちるようにして座り込んで行こうとする、啓介の姿を見た絵美は言い、啓介に駆け寄ると、啓介の体を抱き止めた。

「絵美。俺は、大丈夫」

 啓介が小さな声で、途切れ途切れに言う。

「まだだ。まだこれからだ」

 士魂が咆哮するように言った。

「なんなんだ、こいつ」

 啓介が苦しそうに深い息を漏らすように言うと、啓介のウデが形作っている反物質粒子砲の砲口が一斉に士魂の方を向き、すべての砲口が煌めく。士魂の体が、いくつもの閃光に穿たれ、穴だらけになって行く。不意に、啓介のウデが形作っている反物質粒子砲の砲口が沈黙する。

「もう、撃てない、みたいだ」

 啓介が消え入りそうなか細い声で言った。

「今の攻撃で俺が死んで、お前らは、下に行った奴らの所に戻って、無事を喜び合えると思ったか? そんなふうになったら、お前らは、さぞ、満足だろう。だが、そうはならない。残念だったな。俺の脳髄はまだ破壊されてはいない。これぐらいの損傷では、俺は死なない。俺はお前らには殺されない。このままでは終わらせない」

 士魂が言っている途中で、何かが起動したような、機械的な甲高い音が鳴り始めた。

「何をしている?」

 絵美は士魂を見て言う。

「自爆装置を起動した。これが、お前達が正しいと思っている戦いの末路だ。己の業を悔いながら死んで行け」 

 士魂が言い、士魂の穴だらけの体が、急激に膨れ上がって行き、体に開いている穴と体に走り始めた無数の亀裂から、閃光が迸り出す。

「啓介。少しでも良い。できるだけここから離れて」

 絵美は啓介を抱いている手を放して声を上げると、士魂と啓介の間に啓介を庇うようにして立ち、少しでも啓介に届く爆発の威力を弱めようと、自身の体の前に無数に生やしたウデで壁を作って行く。

「絵美。今度は、俺の、番だ。俺は、もう、あんな思いは、したくない」

 小さなかすれた声で言いながら、絵美が離れた事で座り込んでしまっていた啓介が、立ち上がりつつ、絵美の前に出る。

「啓介。いけない。逃げて」

 絵美は叫び、啓介の前に出ようとしたが、啓介の背中から生えた無数の腕が絵美の体を包み込み始め、身動きが取れなくなった。限界まで膨れ上がった士魂の体が弾ける。

「絵美。美羽の事を、頼む」

 士魂の爆発から生まれた凄まじい衝撃を受け、体が吹き飛ばされる感覚に襲われながら意識を失って行こうとする絵美の耳に、そんな啓介の言葉が聞こえて来る。啓介が死んでしまう。と思うと、絵美の心の中に、激しい感情のうねりが生まれた。一振りの剣として生きて行こうと決めた絵美には、こんな物は不要で、いつもなら抑え込んで消してしまう物だった。だが、今回はどう頑張ってもそれができない。必死に抑え込もうとしても、それを抑え込む事はできず、どんなに消そうしても、それを消す事ができなかった。絵美は、感情のうねりと戦っているうちに、嫌。啓介が死ぬなんて嫌。やっと、出会った、仲間なのに。これと、同じ存在なのに。こんな事、認められない。絶対に嫌。という思いが、自分の心の中に広がって行っている事に気が付いた。

「啓介。駄目。頼むから死なないで。もう、一人は嫌。これを、私を、また、一人にしないで。父さんみたいに、いなくならないで」

 絵美はいよいよ消えて行こうとする意識の中で、幼い子供のように泣きじゃくりながら、そう叫んだ。

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