十二 ハルツー

 二両の戦車の砲塔が二つとも回転し、啓介達の方に主砲の砲口を向ける。

「ハル。絵美。美羽を頼む」

 啓介は言うと、新たにウデを十本出し、既に出しているウデと合わせて体の正面に移動させ、対戦車用ロケットランチャーを二つ作る。

「啓介。撃っては駄目なのです。戦車の周りに集まっている人達が巻き込まれるのです」

 ハルが声を上げた。

「これが斬る」

 絵美が言って、手に持っていた刀の鞘を払う。

「PS結合体特異種二体に告ぐ。動くな。おかしな動きをみせたら、即刻撃つ」

 戦車の拡声器から発せられる声が言った。

「ハル。俺は、俺達の為なら、周りに被害が出ても構わない」

 啓介は言い、ロケットランチャーの狙いを定める。

「啓介。やっぱり、啓介だ」

 聞いた事のある声が啓介の耳に入って来た。啓介は、声のした方に顔を向ける。

「田中?」

 啓介は顔を向けた先にいた者の姿を見て、言葉を漏らした。

「たくさんのPS結合体が都市内で暴れ出して、家族と逃げてたら、お前らしき奴がPS結合体を倒してるのを見て、それでここまでついて来たんだ。お前がいなかったら、俺達家族は皆もう死んでたと思う。啓介。お前は命の恩人だ。ありがとうな」

 田中が言いながら啓介の方に向かって歩き出す。

「田中。こっちに来るな。俺はもう、前の俺じゃない。PS結合体だ」

 啓介は声を上げた。

「啓介」 

 田中が言って足を止める。

「俺達や戦車からできるだけ離れてろ。あの戦車は俺達もお前達も殺すつもりだ。俺も、お前らなんかには構わずに、あの戦車と戦うつもりだ」

 啓介は言って戦車の方に顔を向ける。

「啓介。あの時も、学校に来てた時も、PS結合体を倒してくれたんだろ? お前がどんなふうになったって、俺はお前の事、友達だって思ってる。俺、ここに来るまでに何度も見てるんだ。お前がPS結合体に襲われそうになってる人達を助けてる所」 

 田中が言って走り出し、啓介達と戦車の砲口との間に立った。

「撃たないでくれ。啓介は、敵じゃない。俺達の為に戦ってくれてるんだ」

 田中が戦車に向かって言った。

「田中。逃げろ。殺されるぞ」

「啓介。お前もお前の仲間も何か勘違いしてるんだ。相手は防衛軍なんだぞ。俺達都市の住民を撃つなんてありえない」 

 啓介の言葉に田中がそう応じる。田中の周りに人々が集まり始め、集まった人々が戦車に向かって、啓介達を擁護する言葉を投げかけ始める。

「皆。そこから離れるのです。あの戦車は本当に撃つつもりなのです」

 ハルが声を上げる。

「応援が来るまで、特異種との戦闘は避けたかったのだが、止むを得ない。これ以上面倒な事になっては困る。まとめて殺せ。主砲発射用意」

 戦車の拡声器から声が発せられる。

「田中」

 啓介は叫びながら走り出し、田中達の前に出る。空から二条の赤色の光線が戦車に降り注ぎ、二両の戦車の砲塔の装甲が融解して、大きな穴が開いた。砲塔の装甲に大穴の開いた二両の戦車の主砲は、火を噴く事はなく、拡声器も沈黙したままとなり、二両の戦車はただの鉄塊と化したかのようだった。

「今の、攻撃、どうだった? なのだ。良いタイミングだったと思うのだ。こういう登場の仕方が格好良いと、ネットで見たのだ」

 空から声が降って来る。

「接近にまったく気が付かなかったのです。ハルツーなのです。ハルツーが来たのです」

 ハルが言いながら顔を斜め上に向けた。

「あの、飛んで奴が、ハルツーなのか」

 ハルの見ている方向に顔を向けた啓介は、背中から翼のような物を生やしたハルにそっくりな者が、自分達の方に向かって飛んで来ているのを見てそう言った。

「啓介。絵美も、ハルツーに手出しはしないで欲しいのです。さっきの攻撃があるのです。あれの事が詳しく分かるまでは何もしない方が良いのです」

 ハルが言う。啓介は、ハル達の傍に走って行く。ハルに抱かれている美羽が、にーに。と、小さな声を出す。啓介は美羽の顔を見つめると、美羽。大丈夫だ。何も心配ない。と言った。

「どうもなのだ。初めましてなのだ。ハルツーなのだ」

 啓介達の前に降下したハルツーが言う。

「ハルや啓介は何か知っているようだが、これは知らない。お前は、何者?」

 絵美が言う。

「ハル。ハルツーの事、皆に話してないのだ? ハルツーは皆の事は知っているのだ。絵美に、美羽に。そして、お前が、啓介なのだ」 

 背中に生えているウデで作った翼状の物をしまいながら、ハルツーが啓介達の顔を順々に見つつ言った。

「ハルツー。戦車に何をしたのです?」

「船のマルチロックオン式ホーミングレーザーで撃ったのだ。中にいた者達はどろどろのぐちゃぐちゃなのだ」

 ハルの言葉を聞いたハルツーが言う。

「俺に会いたがってたってハルから聞いてる。俺に何か用があるのか?」

 啓介はハルツーのフェイスガードを睨むように見ながら言う。

「そうなのだ。啓介。ハルツーはお前に会いたかったのだ」

 ハルツーが言って啓介の傍に来る。

「い、いきなり、なんだ。近い」

 不意にハルツーが啓介の体に触れんばかりの距離まで来たので、啓介は言いながらハルツーから離れようと後ろに下がろうとする。

「駄目なのだ」

 ハルツーが言って、啓介を抱き締める。

「お、おい」

 啓介は声を上げる。

「何をしている。啓介から離れろ」

 絵美が言って正眼の構えを取る。

「これが、愛? なのだ? 愛情? なのだ?」

 ハルツーが言い、啓介を抱く手に力を込めたり、啓介の顔にフェイスガードを頬擦りをするように擦り付けたりする。

「ハルツーやめるのです」

 ハルが言って、ハルツーの傍に行く。

「おい。おい。啓介。なんだ? お前、なんか、ハーレム状態なのか?」 

 いつの間にか傍に来ていた田中が言う。

「田中。お前、こんな時に、何言ってんだよ。というか、なんでこんな傍まで来てるんだ」

「はあ? なんでこんな傍まで来てるんだって。お前、そういう態度はないだろ。俺はさっき、身を挺してお前を守ろうとしたんだぞ」

 田中が、一瞬ぽかんとした顔をしてから、酷く驚いた顔になり、大きな声を出す。啓介は自分の言葉に対する田中の反応を見て、張り詰めていた気が一瞬ふっと緩むのを感じる。そんな啓介の様子を見て田中が笑い声を上げる。

「なんだよ、お前。俺はもう前の俺じゃないとかって言ってた癖に。全然変わってないじゃんか。お前は、前のお前と一緒だ」

 田中が笑いながら言う。

「田中」

 啓介は、何やらむず痒いような、ほんのりと暖かいような気持ちになりながら、言葉を漏らす。

「何をイチャついているのだ? なんなのだ? おい。田中。お前、ハルツーから啓介を奪うつもりなのか? なのだ? ハルツーは負けないのだ。啓介は渡さないのだ」

 ハルツーが田中の方にフェイスガードを向けながら言う。

「俺は、啓介の事なんてなんとも思ってないっての」 

 田中が言い、啓介に向かってあっちに行けというふうに手を振ってみせる。

「防衛軍の応援が到着したのです。啓介。絵美。今はハルツーの事よりもそっちを優先にして急いでここから離れた方が良いのです。いや、駄目なのです。ここにいる人達をここに置いていく事はできないのです。ここにいる人達も地下都市に連れて行くのです。もう、ドーム都市内に安全な場所はないのです」 

 ハルが周囲に顔を向けながら言う。

「ハル。防衛軍はこれが引き受ける。その間に皆を地下都市に」

「絵美。俺も戦う。ハル。美羽と田中達を頼む」

 絵美の言葉を聞いた啓介は言った。

「啓介。啓介はハル達と一緒に行った方が良い」

 絵美が言う。

「二人でやれば防衛軍を早く倒せる。倒し終わったらすぐにハル達を一緒に追い掛けよう」

 啓介は絵美の顔を見て言った。

「地下都市へ行けるのか? 啓介。一緒に行って良いのか?」

 田中が大きな声を出す。

「田中。俺がいない間、美羽が寂しがらないように見てやってくれ」

 啓介は美羽の方に顔を向けて言った。

「啓介。なんなのだ? なんの話をしているのだ? ハルツーも混ぜるのだ」

 ハルツーが、啓介を抱く手に力をぎゅっと入れながら言う。

「大至急、ここにいる人達を乗せられる車両を探してこっちに持って来るのです。それが到着したらここにいる人達の移動を開始するのです。啓介。絵美。二人の気持ちに甘えてしまうのです。申し訳ないのですが、その間、防衛軍を頼むのです。ハルのスペアボディを呼びたいのですが、もう数がないのです。破壊されたり、他の所にいる人々の為に戦ったりしているのです」

 ハルが啓介と絵美の顔を交互に見ながら言った。

「ハル。了解した。啓介。背中は任せる」

「絵美。任せてくれ。ハル。俺達なら大丈夫だ」

 絵美の言葉に続くようにして啓介も言う。

「ハルツーを無視するのな、なのだ。これから何をするかハルツーにも分かるように話すのだ」

 ハルツーが大きな声を上げる。

「今、大切な話をしてるんだ。邪魔するな」

 啓介はハルツーのフェイスガードを睨みながら言う。

「ぽっ、なのだ。そんなに見つめられると困るのだ」

 ハルツーが顔を俯け、もじもじとし始める。

「ぽ、じゃない。もじもじもするな。お前はなんなんだ。俺の事が好きとか。そもそも初対面だぞ。俺はお前の事なんて全然知らない。これから俺達は戦いに行くんだ。それが終わるまで離れてろ。終わったら、お前の相手をしてやる」

 啓介は大きな声で言う。

「お前の相手をしてやる、なのだ? 何と戦うのだ? ハルツーに教えるのだ。ハルツーがちゃちゃっと片付けてあげるのだ。それで、早く相手をしてもらうのだ。相手をしてやるって何をしてもらえるのか凄く楽しみなのだー」

 ハルツーが顔を上げて言った。

「ハルツー。さっきのレーザーで防衛軍を攻撃してくれるのです?」

 ハルがハルツーの方を見て言う。

「ハルの頼みは聞かないのだ。啓介が、ハルツー、愛してるからやってくれ。と言ったら喜んでやるのだ」

 ハルツーが言ってから、きゃー、言っちゃったなのだー。と声を上げる。

「お前、いい加減にしろ。愛してるとかそんな事言ってる場合じゃないんだ。早く離れろ」

「いや。啓介。それは違うぞ。こんな状況だからこそ、愛は重要だ。誰もがいつ死ぬか分からないんだ。アンドロイドであるハルツーちゃんだってそれは例外じゃない。啓介。彼女の気持ちにしっかりと向き合ってやれ」

 啓介の言葉を聞いた田中が口を挟んで来る。

「お前、ハルツーがなんなのか知らない癖に、何言ってんだ。こいつが、都市を壊した元凶なんだぞ」

 啓介は田中を睨むように見ながら言う。田中が、へ? と言って、首をぎこちなく動かし、ハルツーの方を見る。

「田中。お前はなかなか見所があるのだ。ハルツーがこの星を乗っ取っても、お前は生かしておいてやるのだ」

 ハルツーが言う。

「ハルツーちゃんって一体何者? 防衛軍の戦車壊してたから、何かおかしいなとは思ってたけど、防衛軍の関係者じゃないの?」

 田中が、ぽかんとした顔をしながら言った。

「もうすぐ移動用の車両が到着するのです。皆、ハルについて来て欲しいのです」

 ハルが連れて行こうとしている人々の方を見て大きな声を上げてから、啓介の傍に来ると、啓介の耳元にフェイスガードを近付ける。

「啓介。お願いがあるのです。しばらくは、ハルツーの好きなようにさせておいて欲しいのです。この状況でハルツーの機嫌を損ねて暴れられたりしたらまずいのです。啓介と一緒ならハルツーは大人しくしていると思うのです」

 ハルが小声で言う。

「好きなようにさせておくって、このままでいろって事か?」

 啓介はハルの顔を見て言った。

「内緒話はやめるのだ。ハル。啓介から離れるのだ」

 ハルツーが啓介を抱いたままハルから離れるように動く。

「啓介から離れろ」

 絵美が言って、解いていた構えを再び取る。

「絵美。今は良いのです。ハルツーは放っておくのです」 

 ハルが言う。

「ハル」

 絵美が言う。

「啓介。さっきの話に戻るのだ。ハルツーに愛してるからやってくれというのだ。やってくれが嫌なら愛してるだけでも良いのだ」

 ハルツーが啓介に頬擦りのような行為をしつつ言った。

「だから、それは、というか、外す言葉はそっちじゃないだろ。愛してるの方だけだと」

 啓介は、言っている途中で、ちょっと待てよ。こいつを利用できるなら利用した方が良いんじゃないか? どうせ後で倒すつもりなんだ。愛してるって嘘でもなんでも言って攻撃に使えるなら安い物かも知れない。と思うと言葉を切った。

「愛してるの方だけだと、なんなのだ?」

「その話はもうどうでも良い。ハルツー。攻撃してくれたら愛してるって言ってやる」

 ハルツーの言葉を聞いた啓介は言った。

「啓介?」

「にーに?」

「啓介。どうした?」

「ひゅー。ひゅー」

 ハル、美羽、絵美、田中がほぼ同時に声を上げた。

「田中。殺すぞ」

 啓介は田中に、汚物を見るような目を向けて言う。

「うわーん。俺だけぇー。啓介がいじめるぅー。で、でも、その目は癖になるかもー」

 田中が泣き真似をしつつ言った。

「啓介。田中は無視して良いのだ。それで、何をすれば良いのだ? なんでもやるのだ」

 ハルツーが大きな声で言った。

「マルチロックオン式って、さっき言ってたよな。この都市にいるすべての防衛軍と、都市内と都市付近にいる俺達を除くすべてのPS結合体を倒してくれと言ったらできるか?」

 啓介はハルツーのフェイスガードを見つめて言う。

「それは、できると思うのだ。都市の設備とリンクして防衛軍とPS結合体の居場所を全部調べて、すべてロックオンすれば良いのだ。けれど、なのだ。PS結合体は、ハルツーの民達でもあるのだ。啓介は、平気なのだ? 同じ人類でもあるのだ。防衛軍だって、そうなのだ。殺してしまって良いのだ?」

 ハルツーの言葉を聞いた啓介は、ハルツーは俺がPS結合体と戦おうって思った時と、同じような事を思ってる。と思うと、言葉をすぐに返す事ができなくなった。

「ハルツー。それは、啓介には関係のない事なのです。啓介にはなんの責任もないのです。それに関して責めを負わなければならないのは、ハルツーを生み出して、今のこの状況を作ってしまったハルなのです」 

 ハルが言う。

「襲われている人々を守る為。人々が襲われるような事がないようにする為。力のない者達が力のある者達に虐げられないようにする為。これは、それらの為ならば、どのような手段も厭わず、相手を殺す事も躊躇わない。これがすべての責めを負う。啓介に代わってこれがお願いする。人々に仇なす防衛軍とPS結合体を殲滅して欲しい」

 絵美がハルツーの方を向き、そう言って頭を下げる。

「ハル。絵美」

 啓介は、ハルのフェイスガードと、頭を上げた絵美の顔を順々に見つつ言う。

「ハルツー。防衛軍も、PS結合体も、殺してくれ。ただ、どうしても、お前が嫌だと思うなら、PS結合体は殺さなくても良い。俺が後で殺す」

 啓介は、ハルツーのフェイスガードを、じっと見つめてから言った。

「啓介。啓介は優しいのだ。ハルツーはそんなふうに言ってもらって凄く嬉しいのだ。ハルツーは決めたのだ。啓介の愛する人達を守る為に、PS結合体を殺すのだ。ハルツーは、どんな犠牲を払ってでも、啓介への愛に生きるのだ。では、始めるのだ」

 ハルツーが言って、沈黙する。数秒の間があってから、赤色のレーザー光線が、雨のように地上に向かって降り注ぎ始める。

「凄い」

「あれが、全部、レーザーの光」

 美羽と田中が言葉を漏らす。啓介は何も言わずに、空と空を埋め尽くしているかのように見える赤色のレーザー光線を見つめる。

「啓介。これで状況が変わったのです。絵美に頼んで皆を地下都市に連れて行ってもらうのです。ハルと啓介は、ここに残ってハルツーをなんとかするのです」

 ハルが啓介の耳元にフェイスガードを近付け、小さな声で言う。啓介は、空から視線を転じてハルの方を見る。

「ハル」

 啓介は言って、ハルの側頭部、人でいう所の耳のある位置に顔を近付けると、小声で、俺が一人で残る。と告げた。

「啓介。一人で残るのは危険なのです」

「ハルツーの様子を見てると、俺が一人でやった方が良いと思う。説得して俺達と敵対しないようにできるかも知れない。俺への気持ちを利用すればなんとかなると思う。それに。ハルは皆と一緒に行った方が良い。絵美一人で美羽や田中達の面倒を見るのは大変だ」

 ハルの言葉を聞いた啓介は、未だに沈黙を続けているハルツーの方を、横目で見ながら言った。

「啓介。けれど、なのです。良いのです? 今の攻撃の事もそうなのですけど、啓介は、ハルツーの気持ちを利用する事で辛い思いをしていると思うのです。説得をする事で、その思いがもっと強くなって、重く啓介に圧し掛かって来るかも知れないのです」

 ハルが言い、啓介の耳元からフェイスガードを離す。

「ハル。ありがとう。俺なら大丈夫だ。なんとも思ってない。それに、前にも似たような事を言ったかも知れないけど、俺は、ハルや絵美や美羽や田中の為ならなんでもしようって思ってる。俺は、もう、大切な物を、失いたくないんだ」

 啓介は、ハルの側頭部から顔を離すと、傍にいる、ハル、絵美、美羽、田中の姿を見るように顔を動かしながら言った。

「啓介」

 ハルが言って、啓介の頬に手をそっと当てる。

「ハル。何をしているのだ」

 ハルツーが声を上げた。

「これは、なんでも」

 ハルがそこまで言って不自然に言葉を途切れさせ、啓介の頬に当てていた手を下ろす。

「ハル?」

 啓介は言葉を漏らす。

「啓介。皆。これは、なんというか、もう、本当に、最悪なのです。とんでもない情報を防衛軍の通信から得たのです。防衛軍は、ハルツーの宇宙船に向けて核ミサイルを発射する準備を始めたのです。地上にいたら危険なのです。急いで地下都市に行くのです」

 ハルが大きな声で言う。その場の空気が一瞬にして凍り付く。誰も何も言わず、微動だにしない。

「啓介。キスしてくれたら、ハルツーがなんとかしてあげるのだ」

 なんとも表現のしようのない、深く重々しい沈黙を破ったのはハルツーだった。

「なんとかするって、どうするんだ?」

「核ミサイルと発射施設を破壊するのだ。場所さえ分かれば核ミサイルも発射施設も壊すのは簡単なのだ」

 啓介の言葉にハルツーが応じる。

「ハル。核ミサイルの発射施設の場所は分かるか?」

 啓介は言った。

「場所は分かるのです。けれど、レーザー光線で破壊するのは難しいかも知れないのです。核ミサイルも発射施設も地下深くにあるのです。地形や岩盤などを利用して施設外殻部の強度をかなり上げているのです」

 ハルがハルツーを見ながら言う。

「それなら直接ハルツーが中に行って破壊するのだ。あ、なのだ。啓介も一緒に行くのだ。デートなのだ」

 ハルツーが啓介を抱く手にぎゅっと力を込めて言う。

「ハルツー。啓介と一緒には行かない方が良いのです。放射能の影響が、啓介にどう出るか分からないのです」

「放射能? なのだ? 核ミサイルを調べた時に、そんな項目もあったのだ。そこは見てはいなかったのだ」

 ハルの言葉を聞いたハルツーが言う。

「ハル。俺の事より、早く皆を連れて地下都市に行ってくれ。俺はハルツーと一緒に行く」 

 啓介は言ってから美羽の目をじっと見つめる。

「にーに」

 美羽が啓介の目を見つめ返すと、小さな声を出す。

「美羽。皆の言う事を良く聞いて、俺が戻るのを待っててくれ」

 啓介は微笑みながら言う。

「啓介。放射能について調べたのだ。啓介は行かない方が良いのだ」

 ハルツーが言って、啓介から離れる。

「ハルツー。核ミサイルの発射は絶対に止めないと駄目だ。二人で行った方が良い」 

 啓介はハルツーの方に顔を向けて言う。

「啓介。それならハルが行くのです」

「いや。これが行こう」

 ハルと絵美が言った。

「激しい戦闘になるかも知れない。俺とハルツーがこの中で一番戦闘能力が高いはずだ」

 啓介はハルと絵美の顔を交互に見ながら言った。

「啓介。ハルツーだけで良いのだ。ハルツーを信じるのだ」

「ハルツー。お前は俺達の為にPS結合体を殺してくれた。だから、俺はもうお前の事を疑ったりはしてない。核ミサイルを撃つほどに人類は必死になってるんだ。何が起こるか分からない。さっきも言ったけど、二人で行った方が良い。それなら一人に何かあっても、もう一人がなんとかできる」

 ハルツーの言葉に啓介はそう応じる。

「啓介。お前、そんなとこ行って戻って来られるのかよ?」

 田中が言う。

「必ず戻る。ええーっと、戻ったら、あれだ。あのゲームやろうな。俺は実戦経験を積んだから、かなり強くなってると思うぜ」

「啓介。お前。お前って、たまに本当に馬鹿な事言うよな。美羽ちゃんの事はちゃんと見るから。絶対に必ず帰って来いよ」

 啓介の言葉を聞いた田中が、ぎこちない笑顔を見せながら言う。

「啓介。行っては駄目なのです」

「啓介。これが行く」

「にーに。行っちゃ嫌だ」

 ハル、絵美、美羽が、声を上げる。

「皆、ありがとう。けど、俺は行く。ハルも絵美も本当は分かってるはずだ。俺が行くのが一番良いって」

 啓介は、目に焼き付けるように、かけがえのない者達すべての顔を見てから言った。

「ハルツー。お前がまだ一人で行くっていうなら、ここからは別行動だ。俺は一人でも行く」

「しょうがないのだ。分かったのだ。啓介。一緒に行くのだ。啓介の事は、何があってもハルツーが必ず守るのだ」

 啓介がハルツーの方を向いて言うと、ハルツーが言って背中からウデを数十本生やした。

「ハルツー。何をするのです?」

「このウデの中に啓介を入れて連れて行くのだ」

 ハルが言い、ハルツーが言って、啓介の体をハルツーの数十本のウデが包み込もうとする。

「ハルツー。こんな事しなくて良い」

 啓介はハルツーのウデから離れながら言った。

「啓介。ハルツーは飛べるのだ。これは、移動時間を短縮する為でもあるのだ。早く入るのだ」

 ハルツーが言う。

「俺は、自分で飛べないのか?」

 啓介は言って、色々と試そうと、ウデを生やそうとする。

「啓介。啓介はウデを使うと、体力を消耗するというデータがあるのだ。啓介は、体力を温存しておくのだ。肝心な時に戦えなくなったら困るのだ」

 ハルツーの言葉を聞いた啓介は、そういえば、確かに、今も、さっきウデを使ってた所為で疲れてる。前の時のように急に意識を失うみたいな事にはなってないけど、休めるなら休んでおいた方が良いのかも知れない。と思った。

「着いたら必ずここから出してくれ」

「了解したのだ。啓介。入るのだ」

 啓介の言葉にそうハルツーが応じる。

「啓介。気を付けてな。必ず帰って来いよ」

「にーに」

 ハルツーのウデに包み込まれると、田中と美羽の声が、ハルツーのウデ越しに聞こえる。啓介は、その声を聞き、必ず生きて帰る。と声を上げた。

「啓介。帰りを待っているのです」

「ハルツー。啓介の事を頼む」

 ハルと絵美が言う。

「ハル。絵美。田中達と美羽の事を頼む」

 啓介はハルと絵美の顔を頭の中に思い浮かべながら言った。

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