九 セーフハウス
どこかで嗅いだ事のある食べ物の良い匂いが鼻腔をくすぐる。啓介は、無意識のうちに唾をごくりと飲み込む。
「熱いから、良く冷ますのです。ふーふーとするのです」
ハルの声が聞こえ、啓介の頭の中に、士魂との戦闘の記憶が蘇る。啓介は、閉じていた目を開けながら、勢い良く上半身を起こした。
「ハル。あいつはどうした? 絵美は? 絵美は無事なのか?」
啓介は叫ぶ。
「啓介。目が覚めたのです?」
ハルが言う。
「そんな事より、ここは?」
啓介は、そんな事よりという言葉の次に、あいつはどこにいる? 絵美はどうなったんだ? という言葉を続けようとしていたが、周囲の景色が校庭とは違っている事に気が付き、ここは? という言葉を漏らすように言った。
「もう大丈夫なのです。ここはセーフハウスの中なのです。防衛軍のあの男は啓介が倒したのです。啓介のお陰で逃げる事ができたのです」
ハルが言いながら啓介の傍に来る。
「俺が、倒した? あいつは、死んだのか?」
啓介は言ってから、士魂が死んでいれば良い。と思っている自分に、不安と恐怖を感じた。
「かなりの重症なのですが、生きてはいるのです。絵美の方は破片の除去は終わっているのです。けれど、あの後失った意識が、まだ、戻らないのです。原因は不明なのです。今は、別の部屋で寝ているのです」
ハルの言葉の途中から、啓介の頭の中は絵美の事でいっぱいになった。
「俺の所為だ」
啓介は顔を俯けながら言う。
「啓介。啓介の所為ではないのです。そんなふうに自分を責めてはいけないのです。啓介も戦闘で消耗しているのです。今は何も考えずにゆっくり休むのです。ハルが定期的に絵美の様子を見て来るのです。何かあったらすぐに知らせるのです」
ハルが言う。
「あの時、俺なんかを庇ったから」
啓介は手で拳を作り、痛いほどに握り締めながら言った。
「啓介。ハルの話をちゃんと聞いて欲しいのです。今は休むのです。そうなのです。今、美羽が食事中なのです。啓介も何かお腹の中に入れると良いのです」
ハルが背後を振り返りながら言う。
「美羽? 美羽が? 食事? 意識は? 意識ははっきりしてるのか?」
美羽の事を聞いて、そうだ。絵美の事もあるけど、美羽の事もある。美羽はどうなってるんだ? と思った啓介は、顔を上げて声を上げる。
「もう薬の効果は切れているのです。意識はしっかりとしているのです。美羽。啓介が起きたのです」
ハルが振り返ったまま言う。
「会いたくない」
布団が大きく動く音がし、美羽のくぐもった声が聞こえる。啓介は美羽の声がした方に顔を向ける。啓介のいるベッドの左側に、二メートルくらいの距離を空けてベッドがもう一つあり、掛布団が人の形に膨らんでいた。
「美羽。どうしたんだ? 大丈夫なのか?」
啓介は言いながら、自身が寝ていたベッドから出ようとする。
「啓介。動かない方が良いのです」
ハルが啓介の方を向いて言う。
「ハル。ありがとう。でも、大丈夫だ」
啓介の言葉を聞いたハルが啓介の体に腕を回す。
「ハル? 何を? ていうか、腕が直ってる?」
言葉を出している途中で、ハルに両腕がある事に気付いた啓介は、驚きながら言葉を付け足す。
「ボディをセーフハウスに隠してあったスペアボディに換装したのです。このスペアボディは戦闘もこなせるモデルなのです。次に戦闘になったらハルも一緒に戦うのです」
ハルが言い、啓介をお姫様抱っこの要領で持ち上げる。
「ハル。ちょっと待って」
啓介は、お姫様抱っこをされる事に困惑し、ハルのフェイスガードを見上げながら声を上げる。
「美羽。今、今啓介を連れて行くのです」
ハルが啓介の言葉を無視して、歩き出しながら言う。
「駄目。こっちに来ないで」
美羽がくぐもった声で言う。
「美羽。何かあるのか?」
美羽の頑なな態度に、啓介はお姫様抱っこの事などすっかり忘れ、美羽のいるベッドの方に顔を向けて言う。
「何も、何もない。でも、こっちには来ないで」
掛布団の中から聞こえる美羽の声が大きくなる。
「美羽。本当にどうしたんだ?」
啓介の言葉に、どうもしない。放っておいて。という美羽のくぐもった声が返って来る。美羽の寝ているべッドの傍まで行ったハルが、食事の載っているサイドテーブルの横で足を止める。
「美羽。啓介が来たのです。啓介。見るのです。ハルもウデを模して、腕をいくつかボディに仕込んでみたのです」
ハルが言い、ハルの背中から第三の腕が伸びて来て、人の形に膨らんでいる掛布団をゆっくりと捲って行く。
「駄目」
美羽が掛布団を捲られまいと抵抗しながら言った。
「美羽」
啓介は言葉を漏らす。
「美羽。啓介が心配しているのです。顔だけでも見せるのです」
ハルが言う。
「美羽。俺が、PS結合体だからか? 人を、たくさん殺したからか? だから、俺に、会いたくないのか?」
啓介は、顔を俯けながら言った。
「違う。そんな事じゃないもん」
美羽のくぐもった声が返って来る。
「美羽。今の姿を見られるのが嫌なのです? それならハルがどういう状況か啓介に説明するのです。それは、良いです?」
「駄目。何も言っちゃ駄目」
ハルの言葉を聞いた美羽がくぐもった声で言う。
「ハル。どういう事なんだ?」
啓介はハルの方に顔を向けながら言った。
「うーん、なのです。難しい問題なのです。美羽の気持ちを尊重するとハルは啓介に何も言えなくなるのです」
ハルが言う。
「何があるんだ? 美羽。大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないけど、大丈夫なの。とにかくにーには傍に来ないで」
啓介の言葉を聞いた美羽が言う。
「なあ。美羽。何かは分からないけど、何があってもにーには美羽の味方だ。にーには美羽の為ならなんでもする。今、にーに何かして欲しい事はないか?」
啓介は美羽の被っている掛布団を見つめて言う。
「じゃあ、絶対に美羽の方を見ないで。美羽の傍にも来ないで、もう美羽に話しかけないで」
美羽が言った。啓介は、美羽。と小さな声で呟く。
「啓介」
ハルが言う。
「ハル。別の部屋に行くから、降ろしてくれ」
啓介は小さな声で言った。
「ベッドに戻るのです。寝ていた方が良いのです」
「同じ部屋にいると、きっと美羽が気にする」
ハルの言葉に啓介はそう応じる。
「分かったのです。では、ベッドを隣の部屋に持って行くのです。まずは啓介をベッドに戻して、それから一緒に運んで行くのです」
「ハル。俺が自分でやる」
ハルの言葉を聞いて啓介は言った。ハルが、今は休んでいて欲しいのです。啓介は、何もしなくて良いのです。と言って歩き出す。啓介をベッドの上に寝かせ、背中に生えている腕と元々ある左右の腕を使って、ハルがベッドを持ち上げる。
「ハル。ありがとう。それにしても、何本腕があるんだ?」
啓介はハルの腕に順々に目を向けながら言う。
「それは乙女の秘密なのです」
ハルが背中から第四の腕を出すと、それを使い、自身のフェイスガードの前で人差し指をしーっとするように立てながら言った。啓介を乗せたベッドが運ばれ始める。
「嫌だ。行っちゃ、嫌だ」
部屋のドアを出た所で、美羽の小さな声がした。
「美羽」
啓介は言葉を漏らす。
「では、ベッドを元の位置に戻すのです。美羽。ハルは啓介に顔を見せてちゃんと話をした方が良いと思うのです。このままだと、美羽はずっと布団の中に潜っていなければならないのです。美羽はそのままで良いのです?」
ハルが部屋の中を戻り、啓介の乗るベッドを元の位置に戻しながら言った。
「にーに」
美羽が言ったと思うと、掛布団の端から、顔を少しだけ出す。
「美羽」
啓介は美羽の顔をじっと見つめて言う。
「そんなに見ないで」
美羽が言って掛布団の中に顔を引っ込める。
「美羽。ごめん。もうじっと見ないから、顔を出してくれ」
啓介が言うと、美羽がまた顔を少しだけ出した。啓介は美羽の顔を一瞬だけ見てからすぐに横を向く。
「美羽。美羽の顔が見られて良かった」
「うん。美羽もにーにの顔見られて良かった。でも」
啓介の言葉を聞いた美羽がそこまで言って言葉を切る。
「でも、なんだ?」
啓介は思わず美羽の方を見てしまい、慌てて美羽の方を見ないようにと、顔の向きを戻しながら言った。
「でも、手と足が」
美羽が小さい声で言う。啓介の頭の中に手足が切断されている美羽の姿が浮かび上がる。
「美羽。大丈夫だ。何も心配いらない。にーにがなんとかする」
啓介はそう言うと、静かに唇を噛み締める。
「違うの。にーにが美羽の事見たら、ずっと思い出すでしょ。あの時の事とか、怪我の事とか。だから、見せたくない」
美羽の声が返って来る。
「美羽。そっちに行って良いか?」
美羽の言葉を聞いた啓介は、美羽の方に顔を向けて言う。
「うん」
美羽が返事をし、啓介はベッドから下りる。ハルがそっと、啓介の手を取った。
「気を付けて行くのです。体力の消耗の所為で、転んだりするかも知れないのです」
ハルが言う。
「ありがとう」
啓介は言い、ハルと一緒に美羽のベッドの傍に行く。啓介は、美羽。ちょっと座るな。と言ってから美羽の寝ているベッドの端に腰を下ろす。
「美羽。美羽の気持ち、にーにの事を思ってくれてるそういう気遣いみたいなの、とっても嬉しい。けどさ、美羽の事見られないなんて、俺は嫌だ。俺な、PS結合体になった時、死のうって思ったんだ。でも、美羽が生きてるのを知って、美羽の為に生きて行こうって思えた。美羽が生きててくれてるから、俺も生きていようって思ったんだ。だから、美羽。美羽が生きてれば俺はそれで良い。美羽の事を見てて、嫌な事を思い出す事なんて、絶対にないから。なあ、美羽。だから、前みたいに一緒に過ごそう」
啓介は言いながら、美羽の体の形に膨らんでいる掛布団の美羽の肩の位置の辺りに、そっと優しく片手を置いた。
「にーに」
美羽が泣きそうな声で言う。
「そうだ。美羽。御飯の途中だろ? 一緒に御飯食べよう。別れ別れになってから、一人で御飯食べてたんだろ? 寂しかったろ? もう大丈夫だからな」
啓介は、美羽の声につられて自身も泣きそうになったので、それをごまかす為に慌ててそう言った。
「にーに」
もう一度美羽が言うと、掛布団の中からハルの手のような機械製の手が出て来る。
「美羽?」
啓介は掛布団の中から出て来た、機械製の手を見つめて言う。
「ハルが作ってくれたの。義手っていうんだって。足も、義足っていうのを付けてもらってる。これの事も見せるの気にしてたの。変かな?」
美羽が言い、啓介の目を見つめる。美羽の目から涙が溢れ出る。啓介も知らず知らずのうちに泣き出していた。
「変じゃない」
「にーに。会いたかった」
啓介の言葉を聞いた美羽が言って、布団の中から飛び出し、啓介に抱き付く。
「美羽。守ってやれなくてごめんな。辛い思いたくさんさせてごめんな」
啓介は言いながら美羽を抱き締め返す。
「啓介。美羽。ハルも、ハルも混ぜるのです」
ハルが言いながら両手をいっぱいに広げて、啓介と美羽の体を抱き締めた。
「ハル。この手と足、ありがとう。こんなふうに、にーにの事また触れて嬉しい」
美羽が啓介とハルに抱かれたまま言う。
「次はちゃんとした手と足を付けるのです。そうしたらもう元通りなのです」
ハルが言う。
「ハル。ありがとう。俺がなんとかしてやるなんてさっきは言ったけど、こんな事は俺にはできない。ハルがいてくれて良かった」
啓介はハルのフェイスガードを見て言った。
「本当。ハルがいて良かった。病院にいる時もハルは良くお見舞いに来てくれてた。絵美さんも一回来てくれたけど、にーには一回も来なかった」
美羽が言葉の途中から唇を尖らせて言う。
「そんな事もしてくれてたのか?」
啓介は驚きながら言った。
「啓介の意識がなかった時の事なので、啓介が行けなかったのはしょうがないのです。絵美も一度だけではなく、何度も行きたがっていたのです。けれど、絵美はPS結合体なので一度しか行く事が許されなかったのです。それで、ハルだけで何度か行っていたのです」
ハルが言って、啓介と美羽の顔を見る。
「ハル。美羽がにーにの面倒見てるから、絵美さんの事、見て来てあげて。きっと一人で寂しいと思う」
美羽がハルのフェイスガードを見つめて言った。
「そうだったのです。そろそろ絵美の様子を見に行った方が良いのです。それでは、美羽の言葉に甘えてしまうのです。その前に、啓介の食事を用意していくのです。啓介。冷凍食品になるのですけど、何か食べたい物はあるです?」
「自分でやる。冷蔵庫にあるんだよな?」
ハルの言葉を聞いた啓介は言う。
「もう。にーにはこの家の中の事何も知らないでしょ。美羽がやる。ハル。にーにの事は大丈夫だから行って来て」
美羽が言うと、ハルが啓介と美羽を抱いていた手を放す。
「では。お願いしてしまうのです。けれど、二人ともあまりはしゃいだりしては駄目なのです。美羽も啓介もちゃんと休まないと駄目なのです」
ハルが言って、体の向きを変えようとする。
「ハル。にーに。あれ見て」
美羽が突然大きな声を上げた。
「ウデなのです。絵美? 起きているのです? 絵美?」
ハルもすぐに声を上げる。
「絵美。目が覚めたのか?」
一つのウデが床の上から一・五メートルくらいの高さを維持した状態で、啓介達のいる部屋の中に入って来ているのを見て、啓介も声を上げた。
「絵美の返事がないのです。啓介。何もないとは思うのですが、何が起きても対応できるように、ウデを出しておいて欲しいのです」
ハルがウデを見つめながら言う。
「ハル。ウデを出しておいて欲しいって、どうして?」
啓介はハルのフェイスガードを見て言った。
「にーに」
美羽が啓介を抱いている手に力を込めつつ言う。
「啓介。最悪の事態、絵美との戦闘の事も考えておいて欲しいのです。ハルは絵美を見て来るのです」
ハルが言い、走り出す。
「ハル。絵美との戦闘って、そんな事できるはずないだろ」
啓介はハルの背中に向かって言ったが、ハルの言葉は返っては来なかった。
「にーに」
「美羽。大丈夫だ。きっと絵美の目が覚めたんだ。それで、俺達の事を探してるだけだ」
美羽が小さな声で言った言葉を聞き、啓介はそう言ったが、心の中では、きっと大丈夫だ。戦闘になんて絶対にならない。と自分に向かって言い聞かせていた。
「にーに。にーにの方に近付いてる。にーに。ウデは出さないの?」
美羽が言い、啓介を抱いている手に更に力がこもる。
「美羽。何も心配ない。ハルはああ言ったけど、ウデを出す必要なんてないはずだ」
啓介はウデの動きを目で追いながら言った。ウデがいよいよ啓介に近付いて来る。
「にーに」
美羽が言って目を閉じる。ウデが啓介の額に触れる。
眩暈のような感覚に襲われ、啓介は思わず目を閉じる。しばらくして眩暈のような感覚が消えたので、目を開くと、なぜか、啓介は暗い空間の中にいた。ここはどこだ? 何が起きてる? 美羽は? と思いながら顔を動かすと、巨大な青い美しい惑星が目の前に現れる。これは? 地球? 写真なんかで見た事がある地球にそっくりだ。とその惑星の姿を見て啓介は思う。啓介の耳に何かが鳴っている音が入って来る。一定の間隔を空けて聞こえるその音は、聞いていると不安になって来る嫌な音だった。啓介は音源を突き止めようと思い、再び顔を動かす。先ほどは気が付かなかったが、啓介の周囲に見た事のないような真っ黒い、真の黒というような表現が似つかわしいような黒色をした、長方形の物体が無数に浮かんでいた。なんだこれ? いつからあったんだ? これって、もしかして、宇宙船? そう思った途端に、宇宙船らしき物も、地球のような惑星も、視界の中から消え、嫌な音も聞こえなくなる。啓介。絵美の呼ぶ声がする。絵美? どこにいる? 目が覚めたのか? そう啓介は言葉を出そうとしたが声にならない。絵美。どこにいるんだ? なんなんだこれ? 何がどうなってるんだ? と声にならない声で叫んでいると、再び眩暈のような感覚に襲われる。
「にーに。にーに」
「啓介。どうしたのです? 起きるのです? 大丈夫なのです?」
美羽とハルの声が聞こえて来る。
「大丈夫。大丈夫、だから」
啓介は言葉を返す。すると、自分の声が自分の耳に入って来る。
「啓介。本当に大丈夫なのです? 何があったのです?」
ハルの言葉を聞いた啓介は、自分が目を閉じている事に気が付く。目を開けようと思うと、ゆっくりと目が開き、ハルと美羽の姿が視界の中に入って来た。
「ウデが触れて、眩暈がして、それから、地球みたいな星と、何か、黒い何かがたくさん見えた」
啓介は自分の中に残っている、記憶の残滓を確かめるように言葉を作る。
「地球のような星と、黒い何か、なのです?」
ハルが言う。
「長方形の、あれは、ええっと、宇宙船。宇宙船だって思った」
「啓介。それは、ウデと関係のある物なのかも知れないのです」
啓介の言葉を聞いたハルが言った。
「ウデと関係がある? そうだ。あのウデは?」
啓介は言いながら周囲を見る。
「啓介は、五分間くらい意識を失っていたのです。その間にあのウデは絵美の元に戻って行ったのです」
ハルが絵美のいる部屋の方に顔を向けて言う。
「ここは? ハル? 啓介? どこにいる?」
絵美の声が聞こえて来る。
「絵美。意識が戻ったのです?」
「絵美さん?」
「絵美。大丈夫なのか?」
ハルと美羽と啓介は同時に声を上げる。ハルが、今行くのです。と言って走り出す。
「俺も行く」
「美羽も」
啓介と美羽も言い、ハルの後に続こうとする。
「ストップなのです。まずはハルだけで行くのです。二人は待っていて欲しいのです」
ハルが足を止め、振り向いて言った。
「どうして? 美羽も行きたい」
美羽が言う。
「ちょっとした問題があるのです。来るのは、ハルが先に行ってその問題がどうなっているのかを確認してからにして欲しいのです」
「ハル。どういう事なんだ?」
ハルの言葉を聞いた啓介は、ハルのフェイスガードを見つめながら言った。
「できれば、教えたくないのです」
ハルの声が小さくなる。
「ハル。啓介。それに、妹さん」
絵美の声が聞こえ、啓介達は一斉に声のした方に顔を向ける。いつの間にか絵美が寝ていた部屋から出て来ていて、啓介達のいる部屋のドアの縁の所に、寄り掛かるようにして立っていた。
「絵美」
ハルが言って、絵美の傍に行く。
「絵美。意識が戻って良かった。あの時、俺を庇ってくれて、ありがとう」
啓介は、絵美の目をじっと見つめて言った。
「絵美さん。良かった。目が覚めたんだ。あれ? 絵美さん、なんか雰囲気変わった? 分かった。前に会った時より、髪の毛が凄い短くなってる」
美羽が言う。
「そうだったのです。絵美。早く部屋に戻るのです。絵美は今髪の毛が大変な事になっているのです」
ハルが言うと、啓介達から絵美の姿を隠すように、絵美の前に立った。
「髪の毛が大変?」
「とにかく向こうの部屋に戻るのです」
絵美とハルが言葉を交わす。
「美羽は似合ってると思う」
美羽が言うと、ハルが、似合っているのです? と呟く。
「ハル。さっき、問題があるって言ってたけど、そっちの方は大丈夫なのか?」
啓介はハルの背中を見つめながら言った。
「それは、ちょっと待つのです。絵美。ここに映っている自分の姿を見るのです」
ハルが言ってから、片腕を絵美の顔の前に出しつつ、絵美の耳にフェイスガードを近付けると、何事かを耳打ちし始める。
「頭の破片を除去する時に、髪の毛を? ハル。そんな事まで気を使ってくれて、ありがとう。だが、大丈夫。元々気にする性質ではないが、これくらいの長さならば問題ない」
絵美の言葉を聞いたハルが、絵美の耳元からフェイスガードを離す。
「再生能力のお陰なのです。ハルがさっき見た時は今よりも全然髪の毛が短かったのです。僅かな間にここまで伸びたのです。啓介。問題はなくなったのです」
ハルが言って、絵美の前から絵美の横に移動する。
「ハル。どういう事なんだ?」
「美羽はなんとなく分かった気がする。にーには知らなくっても良いと思う」
啓介が言うと美羽が声を上げる。
「美羽? なんだよそれ?」
啓介は美羽の顔を見つめて言った。
「教えなーい」
美羽がぷいっと横を向いて言う。
「啓介も妹さんも元気そうで良かった。ハル。それで、ここは?」
「絵美さん。美羽って呼んで」
美羽が笑顔になりながら、言葉を差し挟む。
「妹さんが良ければ、これからはそうさせてもらう。これの事は絵美と呼んで欲しい」
「うん。じゃあこれから絵美って呼ぶ」
絵美と美羽のそんな会話が終わると、ハルが絵美に、絵美が気を失ってからの経緯を話して聞かせる。
「啓介。お礼を言うのを忘れていた。あの時、戦ってくれてありがとう。それと、さっき、部屋に来てくれて声をかけてくれて、ありがとう。あれで、目を覚ます事ができた」
絵美が啓介の目を見つめながら言う。
「こっちこそ、さっきも言ったけど、庇ってくれて、ありがとう。って、さっき? 俺、絵美の部屋になんて行ってない」
啓介は絵美の目を見つめ返しながら言った。
「確かに啓介の声が聞こえた。凄く近くに、啓介を感じていた」
絵美が言う。
「啓介。あの、ウデが、何かをしていたのではないのです?」
「ウデ?」
ハルの言葉を聞いた絵美が言う。
「ついさっきの事なのです。絵美の体から一つだけ生えたウデが啓介に接触したのです」
ハルが言う。
「絵美。大丈夫。何も心配ない。ウデは何もしなかった。きっと、絵美が目覚める前兆みたいな物だったんじゃないかな」
啓介は笑顔を作りながら言った。
「にーにと絵美さんって、なんか、良い感じ」
美羽が唐突にそんな事を言う。
「良い感じ? なのです?」
ハルが言うと美羽が大きく頷き、二人きりにしてあげようよ。と言った。
「美羽。何言ってんだ」
啓介は、思わず大きな声を上げる。ハルがすすっと啓介に近付いて来て、突然、啓介を抱き締めた。
「ハル?」
啓介は、驚き、戸惑いながら声を上げる。
「は? なのです。ハルは何をやっているのです。ごめんなさいなのです」
ハルが言い、慌てて啓介から離れる。
「ハル。大胆。ハルはにーにの事が好きなの?」
美羽が言う。
「ハル? 大丈夫?」
絵美がハルのフェイスガードを見つめて言う。
「ごめんなさいなのです。なんでもないのです。大丈夫なのです」
ハルが言って、絵美の前に行くと、フェイスガードを、絵美の頭の先から足の先までを見るように上下に動かす。
「絵美。今、スキャンしたのですが、体に異常はないようなのです。けれど、ハルが戻るまではくれぐれも安静にしていて欲しいのです」
ハルがフェイスガードを上下に動かすのをやめ、絵美の顔を見るような仕草をすると、そう言った。
「ハル。急にどうした? どこに行く?」
「ちょっとした急ぎの用事を思い付いたのです。できるだけすぐに戻るのです。中身だけで行くのでこのボディは置いて行くのです。啓介と美羽も、さっきも言ったのですけど、ちゃんと休んでいて欲しいのです。ではハルは行くのです。あっと、なのです。何かあったらこのボディに呼びかけて欲しいのです。ちゃんと聞こえるようにしておくのです」
絵美の言葉を聞いたハルがそう言うと、ハルの頭部が力の抜けたような動きを見せながら、下を向いた。
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