四 邂逅

関節部や各種センサー類の設置個所など以外が、優しい丸みのある白く塗装された金属外皮で覆われている、最先端技術で作られた、そのアンドロイドは、目の役割を果たしている二つのカメラを使用して、ベッドの上で寝息を立てている少年の姿を見つめていた。

「ハル」

 アンドロイドは、女性の声を内蔵されている集音装置で聞き取ると、自分の名が呼ばれた事を認識し、声を出した女性の方に、表面がミラー加工されている、強化プラスチック製の、人でいう所の顔の部分に当たる、フェイスカバーを向ける。

「絵美。目が覚めたのです?」 

 ハルは応答用に作成した言葉を、人間の女性が出すような音声で出力する。少年の寝ているベッドと、二メートルほどの間隔を空けて並んで設置されている、もう一つのベッドの上に寝ている、絵美と呼ばれた銀色の髪をした女性が、ハルの言葉に反応して頷く。

「あの子達は?」

 絵美が淡々とした声で言う。

「あの子達とは、絵美が救出した二人の事なのです?」

 ハルの出力した言葉を聞き、絵美がもう一度頷いた。

「二人とも命に別状はないのです。女の子の方は、PS対策本部附属病院に入院しているのです。男の子の方はここにいるのです」

 ハルの言葉を聞き終えると、絵美が体を起こそうとする。

「絵美。駄目なのです。まだ動かない方が良いのです」

 ハルはそう言葉を出力しながら、絵美の傍に行くと、絵美の両肩を人の手と同じ形状をし、同じ機能を持つ両手でそっと押さえる。

「あの時、あの男の子は、PS結合体になっても人としての意識を持っていた。今はどうなっている? ハル。教えて欲しい」

 絵美が、ハルのフェイスカバーを見つめて言う。

「絵美。そんな事よりも自分の体の事を心配して欲しいのです。いくらPS結合体の持つ再生能力があるとはいえ、そんなふうになるような戦い方はしないで欲しいのです」

 ハルは言葉を出力し終えると、片方の手を動かし、絵美の頬にそっと触れる。五本の指を、まるで人が動かしているかのように起用に使って、ハルは絵美の頬を優しく撫でた。絵美が片手を動かすと、自分の頬に触れているハルの手をそっと握る。

「ハル。これの事は良い。あの男の子の事を教えて欲しい」

 絵美がハルの手を握る手に力を込めて言う。ハルは頭部を動かすと、少年の方にフェイスカバーを向ける。

「ハルが良いと言うまで、絵美が大人しくしていると約束してくれるなら教えるのです」

「約束する」

 ハルの言葉を聞いた絵美が言った。

「分かったのです。教えるのです。絵美と同じなのです。この少年は、世界で二人目の絵美と同じPS結合体、PS結合体特異種になったのです」

 絵美の方にフェイスカバーを向けて、ハルは言葉を出力する。絵美が、ゆっくりと目を閉じる。

「これと同じ」

 絵美が言った。

「仲間ができて嬉しいのです?」

 ハルは絵美の表情の動きを観察するように、じっと絵美の顔を見つめながら言葉を出力する。

「そんな事は思ってない」 

 絵美が言い終えると、少年の寝ているベッドの方から小さな呻き声が聞こえた。

「目が覚めたのです?」

 ハルは少年の方にフェイスカバーを向け、少年の姿を見つめながら言葉を出力した。

「ここ、は?」

 少年が言う。

「鍵山啓介。あなたが今いるのは第六ドーム都市PS対策本部内にある、PS結合体研究施設内のPS結合体用実験室の中なのです。あなたは今現在確認されている、この世界に存在する人間としてのすべてを持つ、PS結合体特異種二体のうちの一体になったのです」

 ハルは啓介の寝ているベッドの傍に行き、言葉を出力した。

「PS結合体特異種?」

 啓介が言葉を漏らし、沈黙する。

「そうだ。あの時、PSが体の中に入って来て。どうしてだ? なんで俺は生きてるんだ?」

 しばらくの沈黙の後、啓介が大きな声を出した。

「落ち着くのです」 

 ハルの言葉を聞いた啓介が、ハルの方に顔を向ける。

「な、なんだお前? ロボット? 人間じゃないのか?」

 啓介がハルの姿をじっと見つめて言う。

「体が? なんで? 体が動かせない」

 啓介が、PS結合体用の拘束衣に包まれている体を動かそうとして言う。

「落ち着くのです。そうしないと鎮静剤を注射しないといけなくなるのです」

「なんなんだこれ? どうなってるんだ?」

 ハルの言葉など聞こえていない様子で啓介が言った。

「大丈夫。ハルが全部説明してくれる。とにかく落ち着いた方が良い」

 絵美が言うと、啓介の動きが一瞬止まった。

「その声、あの時の、母さんを殺した銀色の髪の女なのか? どこだ? どこにいる?」

 啓介が顔を動かし、絵美の姿を探しながら大きな声で言う。啓介の体の背中の部分からウデが二本生え、拘束衣を突き破って外に出る。

「なんだよこれ? 俺の体から、これ、PS結合体の奴じゃないか」

 啓介が慄きながら声を上げる。

「凄いのです。PS結合体用の拘束衣を突き破ってウデが出て来たのです」

 ハルは先端部分から数十センチくらいの所までが、コンバットナイフの刀身部分のような形になっている、啓介の体から生えているウデを見ながら言葉を出力した。

「ウデの出現を確認した。ハル。これもウデを出して対応する」

 絵美が言い、背中からウデを二本出す。絵美のウデが啓介のウデの方に向かって行きながら、その先端部分を人の手のような形に変える。啓介の体から生えたウデの、コンバットナイフの刀身のような形をしている部分の少し下を、絵美のウデが掴み、啓介のウデの動きを止めた。

「凄いとか言っている場合じゃなかったのです」

 ハルはそう言葉を出力し、啓介の寝ているベッドの横に置かれている、医療用ワゴンに向かって片方の手を伸ばす。ワゴンの上に置いてあった鎮静剤入りの注射器を手に取って、何も言葉をかけずに啓介の片腕をそっと空いているもう片方の手で押さえると、ハルは啓介の腕に注射器の針を刺し薬剤を注入した。放せ。やめろ。なんだこれ? 俺はどうしたんだ? などと、声を上げながら暴れていた啓介が、徐々に大人しくなって行き、啓介の体から生えていたウデが消えて行く。

「鎮静剤が効いて来たようなのです。感情に反応していた生えていたウデも消えて行っているのです。良かったのです」

 啓介の様子を見ていたハルは、言葉を出力すると、絵美の方にフェイスカバーを向ける。

「ハル。その子の傍に行きたい」

「絵美。安静にしていないと駄目なのです。さっきハルが良いと言うまでは、大人しくしていると約束したはずなのです」

 絵美の言葉にハルはそう言葉を出力して返す。

「ハル。お願いだ。その子と話がしたい。少しの間だけで良い」

 絵美が言い、自身の体から生えているウデを使って体を起こす。

「もう、なのです。絵美はハルの言う事を全然聞いてくれないのです。けれど、そんな体なのにウデを使わせてしまったのです。それに、絵美にお願いされると、ハルは絵美の世話係という立場上、拒否するのが難しいのです。しょうがないのです。少しだけなのです」

 ハルは言葉を出力すると、絵美の傍に行き、絵美の体を抱き抱えて持ち上げた。

「ハル。ありがとう」

 絵美が言う。ハルは、良いのです。と言葉を出力しながら、絵美を抱き抱えて啓介の寝ているベッドの傍まで行った。

「本当に、済まなかった。これにはああする他に手段がなかった」

 絵美が啓介の方に顔を向けて言う。

「俺はどうしたんだ? 何が起きてる? 俺は本当にPS結合体なのか? けど、それなら、なんで、俺は俺なんだ?」

 虚ろな目を宙に向け、誰に言うともなく呟いていた啓介が、虚ろな目を絵美に向ける。

「人殺し。黙ってろ、人殺し。俺は絶対に許さない」

 啓介が、小さな声で言う。

「許されるとは思っていない」

 絵美が言う。

「開き直るのか? 最低だな」

「これの事はどう思っても構わない。だが、これが今からする話を聞いて欲しい」

 啓介の言葉を聞いた絵美が、啓介の目を見つめて言った。

「お前の話なんて聞きたくない。早く俺の前からいなくなってくれ」

「鍵山啓介。いい加減にするのです。その目には、何が映っているのです? 絵美の姿がちゃんと見えているのです? あなたを助ける為に戦って、こんなふうになった絵美のこの姿がちゃんと見えているのです?」 

 啓介の言葉を聞いたハルは、啓介の顔をじっと見つめ、大きな声を出力した。

「見たくなくたって、その女の姿は目に入って来てる」

 啓介が言う。

「本当に見えているのです?」

 ハルは言葉を出力すると、絵美の姿を啓介に見やすくする為にと、自身の立っている位置を変え、絵美の体を自身の体の前にぐっと押し出した。

「ハル。やめて欲しい」

 絵美が言う。啓介が息を呑む。

「鍵山啓介。しっかりと見て、自分のやった事を知るのです。この絵美の怪我はあなたがやったのです。絵美は今、ぼろぼろなのです。体全体に二十三か所の銃創があるのです。左腕は上腕の途中から切断されているのです。右足も大腿部の途中から左腕と同じように切断されているのです」

 ハルは啓介の目を見つめながら言葉を出力した。

「何を、言ってるんだ?」

 啓介が目の中に怯えた色を滲ませながら言う。

「ハル。もう良い」

 絵美が言った。

「絵美。ごめんなさいなのです。けれど、我慢して欲しいのです。現在の鍵山啓介の態度には問題があるのです。しっかりと鍵山啓介が絵美に対して行った事を伝えて、反省させなければいけないのです」 

 ハルは言葉を出力する。

「俺は、俺は何もしてない。適当な事を言うな」

 啓介が目を伏せて言った。

「PS結合体となり、一度意識を失った後の事なので、覚えていないだけなのです。ちゃんと、あなたが絵美と戦っている映像が残っているのです。見せて欲しいのです? あなたが、あなたの体を気遣って、攻撃できずにいる絵美を、一方的に嬲っている姿を見せて欲しいのです?」

 ハルはわざと棘があるような言い方を使用して言葉を出力する。

「嘘だ。俺は、そんな事」

 啓介がそこまで言って押し黙った。

「なんで黙るのです?」

 ハルはそう追及の言葉を出力する。

「俺は何もしてない。俺は何も覚えてない。でも、俺は、あの時、確かにPS結合体になったはずだ。俺が、そんな酷い事をしたなんて。俺はどうしたんだ? なんで、こんなふうになって、生きてるんだ?」

 啓介が目から涙を溢れさせながら言った。

「大丈夫。これの体は治る。君は悪くない。自分を責めなくて良い。これもそうだった。最初はウデの制御がうまくできない。だが、大丈夫。使いこなせるようになる」

 絵美が言った。

「優しくするな。お前は母さんを殺したから、憎いんだ。俺はお前を許さない。許したくない。でも、俺は、そんなふうに、お前を、お前を、酷く傷付けたんだろう? 俺は、こんなふうになってまで生きていたくない。殺せ。殺してくれ。今すぐに俺を殺してくれ」

 啓介が嗚咽しつつ、喉の奥から声を絞り出すようにして言う。絵美が不意にハルの腕の中から飛び出した。

「絵美。危ないのです」

 ハルは咄嗟に言葉を出力しながら腕を動かす。だが、絵美の体はハルの腕の中からこぼれ落ちて行ってしまう。啓介のベッドの上に乗り移った絵美が、啓介の体を包み込むようにして抱き締める。

「そんなふうに思ってはいけない。妹さんだって生きていて、君の事を待っている。大丈夫。君には、これも、ハルもいる。君は一人じゃない」

 絵美が啓介を抱く手に、優しく、だが、しっかりと力を入れながら言う。

「俺は、どうして、俺は、こんな」

 啓介の言葉は、途中から嗚咽だけに変わり聞こえなくなった。誰も何も言わなくなり、部屋の中には啓介の嗚咽だけが響き続ける。

「絵美。絵美は偉いのです」

 ハルは、絵美と絵美の腕の中で泣き疲れて、寝息を立て始めた啓介の姿を見つめながら言葉を出力した。

「急に何を言っている?」 

 絵美が言う。

「きっと、次に目が覚めた時には、鍵山啓介は今よりもずっと落ち着いているはずなのです。絵美のお陰なのです」

 ハルは絵美の顔に視線を移し、絵美の言葉に応答する。絵美の腕の中で寝ている啓介がもぞもぞと拘束衣に包まれている体を動かす。

「ハル。これを至急自分のベッドに移動させて欲しい」

 絵美が急に顔を赤らめながら言った。

「絵美? どうしたのです? 顔が不自然に赤くなっているのです。まさか、怪我が悪化したのです?」 

 ハルがそう言葉を出力すると、絵美が、違う。と大きな声を出す。

「珍しいのです。絵美が大きな声を出したのです。なんなのです? 何が起きているのです?」

「ハル。これは、これは、恥ずかしい。これは今何をしている? これは。男の子をこんなふうに抱き締めてしまうなんて。頼む。ハル。早くこれを向こうのベッドに運んで欲しい」

 絵美が潤む瞳をハルに向けながら言った。

「どういう事なのです?」

 ハルは言葉を出力してから、絵美の態度、症状などに関する項目を調べる為に、自身の中にある人間に関するデータベースを検索する。

「ハル。早くして欲しい」

 絵美が言う。

「分かったのです。絵美は今、恥ずかしいのです。鍵山啓介という雄と破廉恥な行為をしているという自覚があるのです。ははあ、なのです。なるほどなのです。確かにそうなのです。鍵山啓介は現在十六歳。絵美は現在十九歳。絵美は今までの壮絶な人生経験から老けているのです。けれど、老けているとはいえ、絵美も年頃の女の子なのです。絵美。ひょっとして発情もしてしまっているのです? それはあれなのです? やっぱり、同じ種族的な者の雄ができたからなのです? ハルはぜひその辺りのデータが欲しいのです」

 ハルはそう言葉を出力する。 

「ハ、ハル。これはさっきから恥ずかしいと言っている。それに、老けているなんて酷い。さすがにこれでも少しは傷付く。いや。今はそんな事より、とにかく、早くこれを向こうのベッドに移して欲しい」 

 絵美が大きな声を上げた。

「ふふーん、なのです。そう言いつつも絵美は啓介を抱く手を放してはいないのです。ああ、なのです。啓介の顔が絵美のそこそこの大きさの胸にぐいぐいと押し付けられているのです。絵美、どうなのです? 今、どんな気持ちなのです? 気持ち良いのです?」

 ハルは自身の中にプログラミングされている、男女の関係に関して、深く探求し学習せよ。という指示に従って言葉を出力する。

「ハル。いい加減にして欲しい。頼むから早く向こうのベッドへ」

 そんな絵美の大きな声が部屋の中に響き渡ったのだった。

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