自力で魔窟を攻略しないといけなかった件

四十一~五十階層

 目の前が光る。そして目を開けると,そこには壁があった。

「え? 俺どうして? って,そうか。あの落とし穴にはまったのか」

弘樹はあたりを見回す。

「どうやらここは洞窟のようだな。それにしても通路の幅,狭すぎないか」

ここでは通路が弘樹の横幅より少し大きいくらいしかなかった。


「はー。疲れたな。いくら魔物が無尽蔵に動けるからって,精神的には疲れるんだよ」

弘樹は独り言をつぶやく。

「早速,攻略,始めていきますか。ここはどんなコンセプトなのかな」

魔窟を攻略し始めてからだいぶたつので,弘樹はもう魔窟に慣れ始めていた。

「まったく,あの砂漠からこのダンジョンの難易度が莫上がりしたよ。もしかしてこれが中層と深層の違いかな。あの時までは普通に森とか草原とか楽だったのに」


「さて,いつまでも休憩してたらだめだな。ね,鑑定さん。あ,そうか。心の中じゃないとだめなのか」

弘樹はここにきて,鑑定としゃべれないという恐怖から新しい説を生み出した。

(攻略始めようか,鑑定ちゃん)

(え? 応答なし? もしかして俺なんか悪いことしちゃった?)

(ちょっとさ,話してよ。もし俺が悪かったなら謝るから)

だが,応答はなかった。

(え? どういうこと? もしかしてまた何か魔法をかけられたのか?)


「す,ステータスオープン。あ,今はスキルのところだけでいいや」


スキル 使用不可

    表示不可


「へ?」




「もしかして,これがこの階層のコンセプトなのか? スキルを使用せずに戦えと」

弘樹は考える。

「だけど,それってどういうことだ。いや,落ち着け。とりあえず今は情報が少ない。先に進んでみよう」



 弘樹はもう何度目かに分からない道を進む。

「ここはどこなんだよ。一回来たことあるような。いや,新しい道か?」

弘樹,絶賛迷路迷い中である。


 そもそも,ここの階層のコンセプトは迷宮だ。つまり超大掛かりな迷路ということになる。そしてそれに輪をかけて難しくしているのがスキル使用禁止である。これはマッピングなどのスキルを禁止し,難易度を上げる目的なのだろうが,今の弘樹にとってはそれ以上の効果があった。


「ああ,鑑定ちゃん。いや,鑑定さんじゃなくてもいいから誰かと話したい」

そう,孤独である。今まで弘樹はずっと鑑定と一緒にいた。だからずっと話し相手がいた。だが,今は違いう。スキルが封印されればスキルである鑑定はもちろん使えなくなるので会話もできなくなる。それが弘樹にとってはかなりの重荷になっていた。


 そしてさまようこと三日。この間攻略できた階層はゼロ。当たり前だが,元の高校生が東京ドーム難十個分の迷路に入って出てこれるはずがない。だが弘樹の精神状態は極限に来ていた。


「ああ,この道はダメだ。きた気がする。この道は? だめだ。じゃあこの道はどうだ。だめだ行き止まりだ」

そのようなことをさっきからずっと呟いている。もはやくるってしまったのかも知れない。そんな弘樹の頭に常に浮かんでいるのは鑑定のことだ。

(ああ,もしこの場に鑑定さんがいてくれたらどんな感じだろう。そもそも鑑定さんが人だったらどんな感じだろう)

弘樹は鑑定さん中毒になりかけていた。メンヘラ男子など誰得であろうか。そして弘樹はある結論に達する。


(この場に鑑定さんがいないのはスキル使用が禁止されているから。つまり鑑定さんをスキルじゃなくすれば万事うまく行くのではなか)

それは弘樹にとって希望の光だった。もちろんスキルをスキル出なくするなど出来たためしがないし,弘樹自身,こんな精神状態でなければ思いもつかなかっただろう。だが,いまは言うならば恐れを知らないバーサーカーである。


「いける。この方法なら。前に鑑定さんがスキルは進化すると言っていた。おそらくだが進化したスキルは所持者の思い描く形になるはずだ。つまり,鑑定さんを進化させればいい」

だが,だれがこのスキルが使えないところでスキルを進化させる等できると思うだろうか。そう思えるのは弘樹くらいであろう。


「つまり,スキルは使うほど経験値がたまる。だがこれは普通のスキルの話。そして鑑定さんは間違いなく普通のスキルではない。つまり,進化条件が違うのか」

弘樹は久しぶりに頭をフル回転する。そして,今まで鑑定に任せてきたことの大変さを実感するのであった。


「分かったぞ。これで解決するはずだ。あとは解析さん次第であるが,どうだろうか」

弘樹が考えた理論はかなりひどい物だった。その名も鑑定さんが何とかしてくれるだろう大作戦。簡単に説明すると,鑑定さんは普通のスキルと違うから俺がこうしている間にも頑張って打開策を考えてくれているだろう。だから,俺は解析鑑定のスキルを進化させたいと願っていればいい。というものだった。


 もしこれが弘樹以外が言ったのであれば,なんだそれ,と一笑に付していただろう。だが,今回の発案者は弘樹だ。


 それから,弘樹は迷路を攻略しながらも解析鑑定進化しろとずっと願っていた。そして,願い始めてから二日たったころ,異変は起こった。



 その時,弘樹は迷路の中を行ったり来たりしていた。だが,急に体が光り出したのだ。進化とはまた違う,不思議な温かい緑の光だった。

「うわぁ。もしかして,スキル進化?」

そして光が視界を覆う。そして,光が収まったときには,そこには一匹の妖精がいた。


「マスター,遅れてすいません。元解析鑑定,ただいま帰還しました」

そう,元解析鑑定である。それを見た弘樹の反応は,言うまでもなく,

「うわぁぁぁん。解析ちゃん,会いたかったよーー」

泣きじゃくっていた。

「全く,マスターは私はいないとだめですね。ですがもう安心してください。私はもう,消えたりしませんよ」

その表情は母親が息子を見るようであった。


「さて,気を取り直して,攻略を始めましょうか。幸い,私がいればこの手の迷路はすぐに攻略できますし,ちゃっちゃと行きますよ」

「分かったぜ」

すっかり元気を取り戻した弘樹である。ちなみにこの状態になるまで三十分くらい泣きじゃくっていたのは内緒にしておこう。


「さて,まずはマスター,この階層にMPを充満させてください」

「分かった」

そして,MPを放出させながら言う。

「弘樹でいいよ」

「へ?」

「だから,マスターじゃなくて弘樹でいいよ」

「そう,ですか。分かりました,弘樹」

「あ,じゃあさ,俺は何て呼べばいい?」

弘樹は思い切って聞いてみる。さながら学生時代の好きな子を下の名前で呼びたいときの男子である。

「なんて,呼びたいですか。実は私には今,名前がない状態なんですよ」

「そうなのか」

そして弘樹は考える。元解析鑑定さんは今は十五センチくらいで緑色の妖精である。当たり前のように美しく,耳はエルフのようにとんがっている。髪型はショートのようだ。

(うーん,どうしよう。この場の安直な考えで名前を付けちゃうのも後から後悔しそうだし,かといって,名前なしも悲しいしな)


「よし,とりあえず保留で」

そういうと妖精さんはにっこりとほほ笑んで

「はい,わかりました,弘樹」

というのであった。ちなみに弘樹が見とれてしまったことは内緒だ。



 それから十分後。弘樹たちは四十階層の階段の前にいた。

「す,すげぇ」

それが弘樹の感想だ。

(俺が五日かけても一層もクリアできなかった階層を立った十分で十階層か。つまり一分で一階層ということになる。はは。笑えてくるぜ)

「さて,弘樹,次の階層に行きましょうか。おや,何やら悩んでいますか?」

「いや,なんでもない」

「まさか,私がこんなにも早くクリアしたことがショックですか?」

図星である。

「それとも私を呼び出したところが実は最初にいたところで一歩も進んでいないことがショックでしたか?」

初耳である。

「それとも妖精である私に発情でもしましたか?」

心外である。

「ちょ,一個目と二個目はいいとしても三個目はないでしょ」

「そうですか。やはり悩んでいたんですね。ですが,人には向き不向きがあります。もちろん私にもできないことはあります。そんなお互いのできないところをお互いが補い合っていけばいいのではないでしょうか」

「あ,そうか。うん,そうだよね。俺,頑張るわ」

「はい。弘樹は笑っていた方がかっこいいですよ」

「ありがとう」

ちなみに,弘樹がトカゲにかっこいいとかあるのだろうかとか思ったことも秘密である。

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