ダンジョンにいたと思ったら日本にいた件

三十一~四十階層。


「ここは?」

「マスター,どうしましたか。ここ,ビルが立ち並ぶマップのようですね」

「ああ。そうだ,ここはダンジョンの中だ。思い出せ,俺」


 ここは三十一階層。そこはまさに東京。弘樹は東京に住んでいたわけじゃない。だが,ここが東京だということは分かる。すぐそこに見えるスクランブル交差点や,立ち並ぶビルがここが東京だ,と物語っている。ただ一つ違うのはそこには誰も人がいないとこであろうか。


 だが弘樹の疑問はここが東京であることよりなぜここに東京があるのか,ということだった。


「なぜ,このダンジョンは東京の存在を知っているんだ。こことは世界が違うはず。なのになぜ」

「マスター,大丈夫ですか。かなりの精神的ダメージを受けているように見えますが」

「ああ,ありがとう。ただ,ここは本来この世界にはありえない町なんだ。なぜ,この世界に」


 その時だった。

「グゥウウウ」

そんな音とともに弘樹の前に人が現れた。

「人? そんなわけ」

「マスター,それは人ではありません。それは魔物です」

人に見えたのは弘樹だけであった。それは元人とでも言っておこうか。目は落ちそうになっており肌は緑色。俗にいうゾンビであった。

「ヒッ」

「マスター,戦闘準備を」

「ああ,わかった。だがこれは,この階層はいったい何なんだ?」

「マスター,そんなこと言っている場合ですか。目の前に集中してください」


 幸い,そのゾンビはあまり強くなく,弘樹が一発尻尾をぶつければ消えてドロップとなった。

「マスター,ここはマスターがもともといた世界なのですね」

「ああ。というかお前は俺が異世界からの転生者であることに気づいていたのか」

「ええ,もちろんです。私を誰だと思っているんですか。解析鑑定でありながら,マスターが行動してからほぼずっと一緒にいる相棒ですよ」

「そうだったな」


 弘樹が落ち着いたところで解析さんが口を開いた。

「で,この階層がマスターが見たことがある町だ,という原因ですね」

「ああ。ここは俺が来たことのある町だ。なぜなんだ」

「落ち着いてください。それについては二つの仮説が考えられます。一つはここがマスターのいた世界と全く関係がなくて,マスターがこの街をここと似た町に勘違いしてしまっている可能性です」

「そんなことはない。あのスクランブル交差点も,あのビルも見たことがある」

弘樹は完全に落ち着きを失っていた。だが,それを救ったのは解析であった。

「落ち着いてください。それではもう一つの可能性を言います」

「ああ,頼む」

「それは,この階層がマスターの記憶に干渉して作られている可能性です」

「記憶に干渉?」

「はい」


 鑑定さんの話はこうだ。この階層には誰かの記憶をのぞける存在がいて,その存在が弘樹の記憶を見て記憶にあったこの街を再現した,というものだ。


 弘樹はこの仮説に信憑性があると思った。なぜならこの階層にはよくよく見ればそこには本来東京にはない物もある。例えば,秋葉原と浅草が一緒になった町などだ。これは元となった弘樹の記憶が混ざっていたためにこうなったのだろう。


「じゃあ,ここから抜けるにはどうすればいいんだ」

「それは他の階層と変わらないと思います。どこかにある通路を見つけて下の階層に行く。それだけです」

「分かった。絶対にここから速く出てやる」


「ここの魔物は弱いんだが殺しきるのが大変だな」

ここに出る魔物はゾンビ系が多かった。もちろん倒せないことはないのだが,奴らは回復能力が高いのだ。一度体を真っ二つにしたくらいではすぐに回復してしまった。完全に焼き尽くせば回復はしないのだが,かなり厄介な敵だった。


「あ,あった」

「ええ,やりましたね」

そう,ついに弘樹は下の階層へ続く通路を見つけたのだ。それは大きなビルの地下にあった。


「もしかしてさ,次も東京なのかな」

「その可能性は十分ありますが,どうなるかは言ってみないとわかりませんね」

「だな。行ってみよう」

ここにきて,弘樹の精神力は強くなってきていた。それもそうだ。自分が転生する前の街を見させられて,その上気色悪いゾンビと戦わせられているのだ。最初のうちはかなりの負担だったが慣れてきた今となっては精神耐性がついてきた。


「まじかよ」

「また,変わりましたね。ここは弘樹にとって何なのですか」

「ここはな,電車の中だ」


 三十二階層目は電車の中であった。一本道だ,という点であれば少し前のエリアボスしか出てこなかった階層に似ているであろう。ただここが前と違うのが普通の魔物がかなりの数出てくることだった。

「それに動いているぞ」

「はい。周りの景色がどんどん変わっていきます」


「これやばいな」

「はい。どこからでも魔物が出てきます。それに弘樹の話ではこの電車はこんなに長くないのではないですか」

「ああ。俺の知っている電車はこんなにも長くないよ。そこはダンジョンってわけか」


 話は変わるが電車はなぜ走るのだろうか。そう,それは客を駅まで運ぶためであり,それはこのダンジョンであっても変わらない。


「マスター,電車の駅が見えました」

「本当か。じゃあ,この電車はあの駅で止まるのか」

「おそらく。あと,マスター,あのホームの階段,通路に見えませんか」


 鑑定の言うことはもっともであった。なぜなら,弘樹たちから見えるホームには下り階段とのぼり階段があったのだから。


「つまり,あの階段が下の階への通路ってわけか。なんだ,簡単じゃん」

「そういうわけにもいきません。ホームには大量の魔物がいます。ホームにいるってことは,つまり」

「この電車に乗るってことか。全くいい趣味してるぜ」


 ドアが開いた空いた瞬間,大量の魔物が電車に入り込んでくる。さながら満員電車である。だが,今回の客は人ではない。つまり,殺してもいいっていうことだ。


「オラオラオラ」

弘樹が次々と魔物を屠っていく。そして,もうすぐホームにつきそうだ,というところでアナウンスが流れる。


「ピンポンパンポーン。一番線のドアが閉まります。ご注意ください」


「まずい。このままドアが閉まったらもう二度とここには来れない気がする」

「マスター,急ぎましょう」

「ああ」


「はぁ,はぁ。何とか降りれたな」

「ですね。危なかったです」

「さて,次の階層に行こうか」

「はい」



 次の階層は駅のホーム,その次は弘樹の地元の駅であった。つまり,少しずつ弘樹の家に近づいているのである。そして,弘樹は三十九階層の近所を攻略した。そして,残るものは,家だけだった。


「弘樹,戻っておいで」

「ここにいればもう怖いことはないぞ」

そう,両親が語り掛けている。

俺は今にも泣きそうになる。


「マスター,心を強く持ってください。この人たちは魔物です」

そんな声がしたような気がするが,気のせいだったような気もする。意識があやふやだ。何が正しいのかわからない。


(俺は,どうすればいいんだ。もしこれが本当の親なら,ここにいたい。だが,それは違うと心のどこかで分かっている。一体何が正解なんだ)


 そんな時,弘樹の頭の中に映像が流れてきた。それは今まで弘樹が生きてきた人生。転生する前のこと,そしてした後のこと。そして,強く思う。こんなところで負けてたまるか,と。その瞬間,一気に視界が晴れた。


「マスター,マスター。大丈夫ですか」

鑑定が話しかけてくる。

「ああ,大丈夫だ。それより俺はいったい」

「おそらく幻術です。幻術によって魔物が人に見えたり,両親に見えたりしたのです」

「そうか。つまり,幻術を破壊すればいいんだな」

「はい,そうですが」

「それなら俺の十八番だ。行くぞ,|次元燃焼(ディメンジョン・バース)」


 弘樹が魔法を使った瞬間,一気に幻術が,幻術によって作られた世界が燃えていく。


「おいおい,嘘だろ」


 そして,そこに残ったのはただの石が一つ,あった。それは大きさにして高さ一メートル,横三メートルの大きな石だった。

「まさかこれが俺に幻術をかけていたのか」

「マスター,それはおそらく魔物です。石系の魔物で幻術を使う物は珍しいですが,これはそれに該当するようです。そしてそれを倒さないと次の階にはいけません」

「ああ,わかった。行くぞ,炎神」

弘樹が炎の化身となる。


「はーー」

そんな声と同時に極大の炎が発生し,石を飲み込む。炎と石のぶつかっている部分が溶けだす。


「溶岩にしてやるよ」

弘樹の魔法が,炎が強くなる。


 そしてついに,石は完全に溶けてしまった。

「やりましたね」

「ああ。でも下の階へ続く通路なんてどこにもないぞ」

「マスター,下見てください」

「ん?」

弘樹が下を見ると,そこには何もなかった。

「もしかして,通路ってこの落とし穴なのかー」

「だと思います」

「ギャーーー」

そして弘樹は新たなる地獄へと足を踏み入れる。


 

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