3人目
趣味はバトミントンと冬はスノボー。爽やかな見た目と家族思いな男で職場での信頼もある。
表向きはだが。
仕事の帰り道、本来乗る駅とは真逆の方向へ向かう。
本当の趣味の為の下調べだ。この地道な下調べがこの趣味の成功率を上げる秘策だ。
それにこの調べている間、色々想像するのがまた楽しい。
最後は1ヶ月前。あの大学生の子は良かった。
見た目も顔も好み、なにもかもが大好きだった。
それ故に次へいく敷居が高くなってしまったのも事実なのだが。
それにあのときは2人を誘っての実行。足がつく可能は高くなるがその分、スリルも興奮も増すというものだ。
今日も下調べの為にベンチに座り、コーヒーショップで買ったコーヒーを持ち周囲を観察する。
「さて、今日はここを通るのかな」
そう独り言を言ってコーヒーを口に含み、道行く人をさりげなく観察してお目当ての子を探す。
(来た!)
目の前を歩いていくお目当ての女の子。月曜日のこの時間に通るのはほぼルーティンで間違いなさそうだ。心に刻み込む。
「次はあの子ですか?」
真横から突然話し掛けられ心臓が飛び出しそうになる。そんな経験を初めてする。
おそるおそる声の主を見ると先程まで思い馳せた1ヶ月前の大学生がいるではないか。
左の太ももにチクリと痛みが走る。見れば女の子が刃物を周りから見えないように突き立てている。
「お久しぶりです、大柿さん。私のこと覚えていますか?」
心臓の鼓動が速くなる。なぜここに? なんで名前を知っている? 目的は復讐なのか……だがすぐに冷静になる。
復讐に来たと言うことは警察には言っていないと言うことだ。
所詮女の子1人、刃物があろうとどうにかなるはずだ。
「目的は復讐かな? あの時のことの謝罪も含めて色々話がしたいんだ。場所を変えないかい?」
冷静を装いこちらの有利になるよう策を模索する。
そんな思惑と裏腹に左肩に突然、刃物が突き立てられる。
激しい激痛と何が起きたか分からないパニック状態に陥る。
「別に話すことなんてありませんよ。謝って欲しい訳じゃないですし」
「じゃあ、何だって言うんだ! 人通りの多いところでこんなことしてお前の方が……」
痛む肩を押さえ怒鳴るが異変に気付く。周囲の
人、1人が刺されたのに静か過ぎる。いや誰もいないのだ。
目の前の女の子を見ると笑顔のまま刃物が握りしめられている。
西洋風の短剣の様にも見えるその刃物が真横に振られ反応出来ずに左肩を再び切りつけられる。
震える足をよろけさせながら女の子に背中を向けて走る。
人が全くいない町中を駆け抜ける。何度も後ろを確認するが追いかけては来てないようだ。
肩の傷からの血はもう止まっている。思ったより深くないみたいだ。
そのまま人のいない町を歩き、駅のコインロッカーまで行く。
下調べの際、身軽になる為にコインロッカーを利用すのだがこれが不幸中の幸いだった。
「!?」
突然耳が痛くなり喧騒が戻ってくる。目の前にいつも通りの人が
意味は分からないが肩に血がついて目立つ自分を隠すために慌ててロッカーを開け荷物を出すと、トイレに駆け込み変装用に持ってきてた薄手のジャンバーを着て傷を隠す。
そのまま電車に乗り家路に向かう。
***
「ただいま、お風呂沸いてる?」
アパートの玄関を開け靴を脱ぎながら出迎えに来た妻の
「おかえりなさい、今日は早いのね。何でジャンバー着てるの?」
「あぁ、いやさぁ、現場に行ったときに資材に引っ掛かってさ、肩切っちゃったんだよ。本当に最悪だって」
「えぇ、傷大丈夫? 病院に行ったの? それって労災とかじゃないの?」
「いやいや、ちょっと血が出ただけだって。問題ないよ」
本当はかなり痛むがとりあえずこの場を凌ごうと
リビングの戸が開いて娘の
「パパお帰り! ねえねえこっち来てよ。ねえってば」
「何をそんなに急ぐんだい。パパ手を洗ってから行くから」
「もーーいいから来てよーー」
紫帆に引っ張られリビングに入るといつものダイニングテーブルの椅子にその子は座っていた。
手からカバンが落ちる。
「さっ、あなたも座って橘花さんとお話があるんじゃない?」
暁美に背中を押される。自分の背中が汗でびっしょりになっている事に気が付く。
紫帆に引っ張られ女の子の正面に座る。自分の隣に暁美、女の子の隣に紫帆が座る。
暁美の注いでくれたお茶が置かれる。
「さあ、あなた。何かお話する事があるんじゃないの?」
暁美が自分に向かって言ってくる。清ましてはいるが、目に宿る光が全てを知っているのを物語っている。
「あぁ、その紫帆には、ほらさ、だから……」
「紫帆知ってるよ。パパ悪いことしたんでしょ。それでね、橘花お姉ちゃんを困らせたんでしょ! ちゃんと謝らないといけないんだよ!」
純粋な目で見てくる紫帆の視線が堪らなく痛い。
「あなたの口から聞きたいの。紫帆も家族よ。聞く権利はあるでしょう」
暁美に言われ、ポツリポツリとだが事実を話し始める。
時折、女の子を見るが顔色一つ変えずにじっと聞いている。
暁美も同じく静かに聞いている。
まだヒステリックに怒鳴り始めてくれた方が良かったとさえ思えてくる。
紫帆が時々分からない言葉を暁美に聞いている。
この時に話が中断されるが、その時間が安らぎにすら感じ始める。
全てを包み隠さず話しきったときに暁美が静かに口を開く。
「それであなたはこれからどうするの?」
「警察に自首して罪を償うよ」
「嫌よ!」
暁美に強く反対される。一瞬、自首する必要は無い、この子と示談で解決出来るのかも? など良いように解釈してしまう。
「あなたが犯罪者になったら私と紫帆は犯罪者の家族よ! そんなの嫌よ!」
暁美の口から出た思い掛けない言葉にショックを受けるが、更に追い討ちをかけられる。
「橘花さんはね、私と紫帆の事を考えてくれて被害届出さないんですって。
あなたは自首して罪償って自己満足を得られるでしょうけど私達はどうなるのよ!」
暁美に掴まれ揺さぶられる。もう何を言えば良いか分からない。
「暁美さん」
今まで黙っていた女の子が口を開き紫帆の頭を優しく撫でる。
「旦那さんは私が最後に責任をもって役に立たせます。
紫帆ちゃんは勿論ですけど暁美さんの人生も大切にして下さい」
その言葉に暁美が涙をボロボロ溢し出す。
女の子は席を立ち上がり紫帆の頭をもう一度撫でる。
「さあ、清さん行きましょう」
「行くって何処にだよ。お前みたいなイカれた奴に付いていく訳ないだろう!」
いきなり肩を刺すような奴に付いて行くバカはいない。
女の子の肩を強く押してよろけさせる。
「パパ! お姉ちゃんに酷いことしないで!」
紫帆が手を広げ睨んでくる。暁美も女の子を庇ってこっちを睨む。
ここに俺の居場所は無いことを悟る。
それなら全て壊してやる! そう決心し台所へ刃物を取りに行こうとすると突然首を掴まれる。
「往生際が悪いわねぇ。さあ行きましょう」
いつの間にか現れたブロンドヘアーの女性に首を掴まれていた。
物凄い力でビクともしない、抵抗も虚しく引きずられて行く中、娘の最後の言葉が聞こえる。
「バイバイ、パパ」
***
どれぐらい時間がたっただろうか、突然放り投げられ地面に体を強く打ち、衝撃で咳き込む。
「さて、清さん最後ぐらい、暁美さんと紫帆ちゃんの役に立ちましょう」
女の子が短剣を持って立っている。
「お前、イカれてるぞ! こんなことしてなんになる! 復讐か! そんなの意味ねえって! バカじゃねえの!!」
女の子は動揺する素振りも見せず指を唇に置きちょっと考えている。
これは押せばいけるかもしれないと少し冷静に言ってみる。
「俺がやったことは確かに悪かった。でも復讐は何も生まないし、ほら、紫帆が大きくなってあんたを恨むかもしれないだろ。
謝罪もするし、金も払うから、な?」
ふふふ……ふふふふははは、あははははははは!
女の子が笑い出す。
「なにそれ、ふふふ。なんで加害者が復讐やめてとか言ってんの? ヤバい可笑しすぎる、うふふふははは」
笑い過ぎで涙目の女の子は俺を心底馬鹿にした目で見る。
「復讐の連鎖ってやつですか? それなら断ち切る気なんて無いですよ。なんで私が我慢して連鎖の最後にならなきゃいけないんですか?
それに何も生まない? 今私凄く充実してます。少なくとも満足感は生んでくれてますよ」
「満足感」のフレーズが聞こえたときには胸に短剣が突き立てられていた。
体に力が入らず倒れる。痙攣しているのだけ分かる。
「まだ意識ありますかぁ? これで暁美さん達に保険金も入るでしょうから最後に役に立てますよ。後のことは心配しないで地獄へ落ちてくださいね」
そのまま段々意識が遠くなっていく……
***
「橘花お疲れさま。最後はあっさりだったけどあれで良かったのかしら?」
「うん、トリスありがとう。今回は遺体を残す必要があるし、あんまりやると
そう言いながら男のカバンをその辺に投げ帰宅途中の悲劇を演出する。
こうして私の復讐は終演を迎える。
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