2人目
傷はかなり深いようで血が溢れてくる。ベルトで縛ってみたが上手く止血出来ていないのだろう。
こんなことなら応急処置の授業を真面目に受けておけば良かったと後悔しながら歩く。
曲がり角に差し掛かり角に隠れて薄暗い先を確認する。
人影は無さそうだ。早く玄関から外へ出ないと。額に垂れる汗を拭い一歩足を前に出す。
「夕凪さん、つかまえたっ!」
***
「憲治が帰ってこない?」
友達から『苅山 憲治』が塾の帰り行方が分からなくなり、両親が警察に捜索願いを出したらしいと聞かされた。
ふと
女の子が襲われたなどの報道もないし、自殺がどうとかも聞かない。
まさか……女の子が復讐に来て憲治を……いやあり得ないと自分の考えを直ぐに否定する。
非現実的だ。そんな映画みたいな話しがあるわけない。
***
夕凪は高校を中退し職を転々としながら生きてきた。
友達も世間一般から見れば柄の悪い連中なのだろうが自分にとっては最高の友人、いや仲間だった。
その日も廃墟のビルに仲間と集まっていた。
廃墟と言っても中は割りと綺麗で、昔肝試しに入ってみてあまりの綺麗さに違う意味で驚いたものだ。
夕凪達は4階建のビルの4階を主な溜まり場にしている。
「なあ、正章遅くねぇ?」
仲間の一人が夕凪にそう言ってくる。
晩飯の買い出しに行って1時間以上かかっている。近くのコンビニの往復時間を考えても確かに遅い。
「お前がわらび餅食いてえーー、とか言うから遠くのコンビニ行ってんだって! お前のせいで俺がメシ食えねえじゃん」
他の仲間が笑いながらそんなことを話しかけてきた仲間に言う。
確かに正章は変に律儀なところあるから探しに行ったのかもしれない。
そう言い聞かせ心の奥にある不安に気付かないふりをする。
その時フロアのドアが、悲しい音をあげながらゆっくりと開く。
「なんだよ! おせーって! 腹へって──」
仲間の1人がドアに向かい体を半分だけ廊下側に出すとペタンと力なく座り込む。
みんなが注目する中、座り込んだ仲間がゆっくりと振り向く。
腕に抱えているものとそいつの顔合わせて上下縦に顔が2つある。
仲間はガチガチと震えながら目は開きっぱなしで、涙やら涎やらで顔がぐちゃぐちゃになっている。
そんな顔のまま突如、頭が転がり落ちていく。
ドアが完全に開き女の子と金髪の女性がゆっくりと入ってくる。
女の子が部屋を見渡し俺を見ると笑顔で手を振ってくる。
「夕凪さん! 会いたかったです!」
女の子に名前を呼ばれ俺はみんなの注目を浴びる。
汗が止まらない……忘れもしない目の前の女の子。
少し前に知り合った
事前に写真で見たからハッキリ覚えている。
女の子をもう一度見ると、久しぶりに会った友人でもあるかの様に可愛らしい笑顔を向けてくる。
その笑顔の裏にあるものが見える気がして声が出ない。
刹那、2人仲間が周囲を赤く染めながら倒れる。
金髪の女性がいつの間にか長い剣を持って歩いてくる。
「わざわざ女が会いに来たのに返事も出来ないのかしら?」
目の前にその女性は立っていた。
気が付けば駆け出していた。女性の横を走り抜けドアの方へ。
ドアには女の子が立っていた。
その子を避けドアを通過しようとすると右肩に鋭い激痛が走る。
それでも構わず走り抜ける。
「逃がしませんよ」
そうはっきりと聞こえた声を振り払う様に全力で走る。
階段を転がる様に降り3階のフロアを走り抜け2階まで一気に駆け抜けた。
少し余裕が出来たのか思考を巡らせる。上に置いてきた仲間は恐らくもういないだろう。
とりあえず外へ逃げて警察、又は近くのコンビニに逃げ助けを求める。
今出来るのはこれしかない。
1階への階段に向かう為に廊下の角を曲がろうした時、出会い頭に女の子が剣を大きく振りかぶり斬りかかってくる。
とっさに避けるが、反射的に出た左手が剣を受けるような格好になりザックリと深く切れる。
そのまま走り抜け階段を転げ落ち頭を打つがすぐに立ち上がりなりふり構わず走る。
なぜあの子は先回り出来たのかとか色々考えるが分からない。とりあえず走る。
血の止まらない左腕に記憶の片隅にあった知識で、止血するためにベルトで腕を縛る。
頭痛がする、血が足りないのだろうか視界もはっきりしない。
ここの曲がり角を曲がればホールに出て玄関だ。後はそのままどこかへ駆け込めばとりあえず助かるはずだ。
先程の事を警戒し人がいないのを確認して足を前に出す。
その時、背中に人がのってきて、同時に右肩に鋭い痛みが深く食い込んでくる。その痛みと飛び乗られた勢いで倒れてしまう。
「夕凪さん つかまえたっ!」
背中から聞こえる女の子の声。振り払おうとするが、その前に背中の左側に食い込むような鋭い痛みを感じ思わず叫ぶ。
「だめですよ、逃がしませんよ」
遊んでるかのような軽い口調で言われる。
背中に乗られたまま右肩から手に向けてゆっくりと女の子の手が滑る様になぞられ手の甲をぎゅっと握られる。
「私ね、夕凪さんの手が大嫌いなんですよ」
そう言いながら右手を優しく撫でられる。
その言葉と行動のチグハグさに混乱していると突然右手の甲を鋭い物が突き抜ける。
床がビニール製のものだったのだろうか、右手を地面に縫い付けられる格好になる。
痛みで分からないが、そんな手を相変わらず優しく撫でているようだ。
「だってこの手、私に優しくないんだもの。この手に私がどれだけ嫌なことされたか分かります?」
再び振り下ろされた刃は手から指の感覚を奪う。
5回も来るその痛みに叫び続け、次に左手を愛おしく撫でられたとき意識が一度飛んでしまう。
…………
………
……
…
目が覚めると目の前に女の子が座って見つめている。目が合うとニッコリ笑ってくる。
「起きました? じゃあ続きやりましょう。あっ寝てる間に手当てしましたから大丈夫です心配しないでくださいね」
さっき自分が出来なかった止血をしっかりやってくれている。
それから永遠に地獄が続く。
女の子の質問にも答えた。謝った。泣いた。後悔した。もうしないと誓った。償うと言った。もう終わらせてくれと願った。
全て却下された。絶望したがそんなもの何も役にたたない。
ゆっくり、ゆっくりと体が消えていく……
***
橘花はゆっくりと立ち上がる。床に散らばる物を憎しみのこもった目で睨み付ける。
トリスが満足した表情で歩み寄る。
「橘花、良いもの見せてもらったわ。わたしの天使の輪の使い方、その発想に至るなんてセンス良いわ」
「トリスのお陰。私一人じゃ何も出来なかったよ。感謝してる」
橘花は赤く染まった服を
「後1人」
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