1人目

 苅山かりやま 憲治けんじは20歳の浪人生だ。

 塾の帰り道、自転車で夜道を走行していた。


 走りながらつい一週間前のことを思い出す。

 悪友に誘われ紹介された人と3人で女子大生を襲った。

 罪悪感や警察への恐怖がないわけではないが、それよりもあのスリルと快感が忘れられずにいた。

 テレビや映像の作り物の世界だと思っていたものが現実になったあの興奮が忘れられない。


 もう一度味わいたい!


 彼が覚えていたのはそこまでだった。


 ***


 腕の痛みで意識が覚醒していく。

 意識がはっきりしていくのに合わせゆっくりと視界が広がる。


 薄暗い……寒い……手を動かそうとするとジャラジャラ金属音がして自由が利かない。

 自分の腕が鎖で縛られ天井から吊るされているようだ。

 足はギリギリ爪先立ちが出来る位で浮いている。


 暗闇に目が慣れてくる。服を着ていない。裸だ。


「お目覚め?」


 女性の声が聞こえる。薄暗いのにエメラルドグリーンの目だけが輝いて見える。


「一週間前の事覚えているでしょう? 残り2人の居場所を教えてもらえないかしら?」


 そういうや否や質問に答える間もなく、太ももに激痛が走る。

 その激痛をかき混ぜて広げるように足に刺さした物が丁寧に動かされる。

 激痛に泣き叫ぶ。それを嬉しそうに女性は見ている。


「ゆ、夕凪ゆうなぎ 公正こうせいもう1人は知らない! そいつの知り合いであの日紹介されたんだ!」


 必死で答えたご褒美と言わんばかりに女性が顔を近づけてくると、吐息が頬をくすぐる。

 良い匂いがする。

 吊るされている左腕を絡めるように手を這わせてくる。

 体は密着しており、こんな状況であっても色香で頭がおかしくなりそうになる。


 突然左腕に鋭い痛みを感じ再び叫ぶ。


 そんな姿を楽しむように微笑み、右腕を背中にまわすと胸を押し付けてその感触を存分に味合わせ、空いてる左手で唇に触れ這わせるようになぞってくる。

 そして恋人が我が身を委ね、甘えるよう寄りかかってくる。


 !!!???


 多分、生きてきて初めて体の底から叫んだ。

 左腕の傷がゆっくり裂けていく感覚。

 気が付く、この女性は体重をかけて吊るされている腕を上下に引っ張り傷を裂いているのだと。


 気付いたところで泣き叫ぶ事しか出来ない。

 泣き叫んで涙や涎でぐちゃぐちゃの顔を優しく撫でながら耳元に口を近付けると、まるで恋人がおねだりでもするかのように色のある声で囁く。


「そのひとのばしょ、どこ?」


 この状況から解放されたい一心で住所も何もかも知っていることは全て教える。

 聞き終えると優しく微笑みながら頬を撫でると後ろを向いて離れる。


 もしかしたら解放されるかもしれないそんな希望が心の奥に生まれる。


「メモ出来たかしら? 後は橘花の好きにして」


 慣れてきた目を凝らすと部屋の端の椅子に女の子が座ってメモを取っていた。

 おそらく夕凪の名前とその住所をメモしていたのだと思われる。


 女の子が静かに立ち上がると近付いてくる。


 大きい目の可愛い顔立ち。大人と子供の中間辺りの年齢なのだろう、美しさの中にあどけなさが残る。


「会うのは2回目ですね、苅山さん。私は華渉 橘花、こうしてお話しするのは初めてですけど」


 にっこりと愛らしい笑顔を向けてくる。

 会うのが2回目……?

 色々思考巡らすが全く思い出せない。

 突然胸から腹にかけて激痛が走る。

 女の子の持つ刃物が赤く染まっている。


「忘れました? 一夜限りの女とか覚えてませんか? ほら、一週間前、貴方が遊んでくれたじゃないですか」


 全身から汗が吹き出すような感覚。

正直、顔はあまり覚えていないがあの日の事は鮮明に覚えている。

 目の前にいる子があの日の子で、今自分が置かれている状況、どう考えても間違いなく殺される。

 そう思うと恐怖が頭の中を駆け巡り口から絞り出すような声が自然に出る。


「ごめんなさい、助けて……お願いします……」


 その瞬間、女の子の目の血管に急激に血が流れ始め目を赤く染めあげる。

 その血走った目で睨みながら何度も刃物が突き立てられる。


 もう痛いとかの感覚が遠くなっていくのが分かる。

 薄れ行く意識の中、女の子の悲痛な叫びだけが頭に響いてくる……


「ふざけないで! 何度私がそのセリフを言った! お前達はそれを笑って何をした!」


 部屋の端の椅子に座って事の始終をトリスは楽しそうに見ている。


 血糊で手が滑り刃物が床に転がる。

 力を込めすぎて震える手をトリスがそっと握りしめる。


「トリス。私、次に行くよ」

「えぇ」


 天使は優しく答える。

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