復讐

 私の匂いがしないベット。

 頭の形が違うのだろう、ふわふわと柔らかいのに居心地の悪い枕。

 天井を見る。白い壁紙が広がっている。

 今の私にはこの白さが鬱陶うっとうしい。


 カチッとソーサーにカップがあたる音がする。

 音を発生させた主はつやのある唇をゆっくりと開き、綺麗なエメラルドグリーンの瞳の輝きを私に向ける。


「どうだったかしら。今の話が天使のわたしが知る一番の愛よ」


 正直意味が分からない。魔物がどうとか、短剣で刺すとか空想の話を真面目に話している目の前の女の人。

 普通に考えれば頭のおかしい人だろう。

 でも今は少し信じられる。


 この女性の名前は『トリス・イゾルデ』ブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳を持ち、美しい女性に必要なものを全て揃えたかのような美貌を持っている。


 出会った日、裸の私に対し捨て犬に向ける哀れみと愛おしさの合わさったような目で見ると担ぎ上げ彼女の住むアパートまで運ばれた。

 そのまま湯船に浸けられ洗われるとベットに寝かせられて今に至る。

 抵抗はしたがその細い腕の何処に力があるのかと言いたくなる程強くてビクともしない。


 寝かせられた後、彼女は頭上に天使の輪を出現させるとその輪は寝ている私をスッポリ覆う大きさに変化する。

 輪の中にいれば傷は治ると言う彼女の言う通り私の傷は治っていった。

 ただ風邪は治らないらしく雨に打たれた私は盛大に風邪を引きベットに寝ている。


 なぜ助けたのか? そんな質問に対して


「貴女の目がわたしの目の奥にあるものを映したからよ」


 答えになって無いような返答が返ってくる。

 天使を名乗る彼女に神様の使いなら私がこの世に未練を持てる様な何か「愛」でも語ってくれと言ったら


「神なんていないわよ──」


 と言って語りだした内容がお母様が魔物を殺したみたいな話だ。

 この話がどうだった? って言われて何を答えれば良いのだ。

 別に彼女の御機嫌を伺う必要なんて無いわけだし、思ったままを口に出す。


「貴女おかしい。何て言うか『愛』が曲がってる。それも芯があって曲がってる」


 私の返答に可笑しそうに笑い出す。その笑っている姿も美しく一枚の絵画の様だ。

 ただ私はその姿に狂気を感じてしまう。体の芯が震えるのは風邪のせいではないはずだ。


「貴女を拾って正解だわ。『芯のある曲がった愛』いい表現ね。気に入ったわ」


 エメラルドグリーンの瞳がキラキラと光をまたたかせる。

 本当に楽しそうだ。


「ねえ、そろそろ名前教えてもらえないかしら? 嫌ならわたしが勝手に名前付けるわよ」


 助けてくれとも言ってないのに勝手に連れてこられた。そんな思いからの反抗心で名乗っていなかったが、「勝手に名前を付ける」そんな事をするなんて思いつきもしなかった私は観念する。


華渉はなわたり 橘花きっか


 私の名前を聞いて嬉しそうに微笑む。


「橘花、いい響きね。

 橘花って呼ぶから、わたしの事はトリスと呼んで。良いかしら?」


 私は無言で頷く。ここまでのやり取りで少し心の落ち着きを取り戻した私はトリスの言葉で現実に戻される。


「橘花、貴女の身に起きたこと大体予測はつくわ。

 貴女はこれからどうしたいのかしら?」


 思い出してしまう、あの日の夜の事。3人の男に無理矢理連れ去られ──

 ──あのヘラヘラした顔、体に触れる肌の感触…………思い出す。

 胃の中に吐くものも無いのに吐いてしまう。


「あら、気分悪くなったかしら?」

「ご、ごめんなさい……」


 人のベットに吐いてしまった申し訳なさから謝るが吐き気は止まらず、心では止めたいのに体は吐き続ける矛盾した行為に意識がもうろうとしてくる。


 そんな私を優しく抱きしめ天使がささやく。


「復讐してはどうかしら?」


 復讐……その天使の囁きに私の吐き気は止まり、目の前に光が射した気がした。

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