第3話 創世のアルゴリズム

≪会議を行うわ。みんな、会議室に来て≫


 イデアは創造主たちに通信を送る。会議室と言っても、基本的な構造は他の部屋と変わらない。ただ光沢のある白い床と、外に無限の暗闇が広がる窓があるだけだ。


「まずはシルヴィア」


 ふわっ。小さな風と共に召喚対象が現れる。


「きゃああイデア様! 今回はまだ何もしてないから命だけは!」


 召喚に応じるなり、命乞いをする女神シルヴィア。


「次はテレジア」


 ふわっ。


「お待たせしました」


 しとやかな声と共に現れたのは、テレジアと呼ばれる存在。真っ白なドレスと、腰まで流れるブロンドの髪が特徴的だ。彼女もまた、彼らとともに世界を創る創造主の一柱である。


「あと一柱ね……アイオン? 早く召喚に応じなさい」


 ふわっ。


「おう、待たせたな」

「遅いじゃない。何をしていたの?」

「ああ、ちょっと調節に手間取ってたんだ」

「まあいいわ。席についてちょうだい。では早速、会議開始よ」


 イデアがひとつ手を叩くと、『会議室』と呼ばれた空間の中央に、創造主たちが管理している各世界の情報が映し出された。創造主たちは、それを囲むように椅子を創造し、座る。


「では――」


 イデアが口を開く。


「アイオン、今の状況は?」

「ああ、なかなか順調だな」


 そう言って、アイオンは自身の世界の情報を拡大表示する。


「ほら、前回は信仰レベルが低いって言ってたから、高めに調節してみたんだ。そうしたら割とテーマのある文明ができるようになった。これなら『あれ』も現れそうだな」


 アイオンは期待に満ちた目で言った。


「『あれ』って……あの移動手段のこと?」

「そう、『タキオン』だよ。エンジンっていう原動機が付いた、2輪の乗り物だ」

「確かに、よく出来ていたわね」

「ああ、あれこそ人類の最高傑作だ! 前回は進化を待ってたら、いつのまにか違う乗り物になっちゃったからな。今度現れたらすぐに持ち帰って――」

「輪廻に改造してもらうのでしょう?」


 アイオンは何も言わずに、笑みを浮かべた。


「全く、あなたという人は……大体、あなたの世界は技術の進歩が速すぎるのよ。その乗り物だって、基準値から推定すると5000年も早く現れているのよ? まあいいわ。その代わり、面白いデータを期待しているから」

「まかせろ!」

「それで、次は――」


 イデアが次の情報を拡大し、言う。


「女神シルヴィア」

「は、はい!」


 シルヴィアは背筋を伸ばした。


「あなた、前回は素晴らしい失敗をしたようだけど、今の様子は?」

「あ、あの、変な貝が生まれて……能力の数字がすごく高いの! いくつかの数字は人間以上かも……」


 イデアは映し出されている情報をシルヴィアの世界の映像に切り替え、対象を表示する。


「あら、タニシじゃない」

「タニシ?」


 そこに映っていたのは、黒い巻貝の群れ。


「こんなに早く発生するなんて珍しいわね。タニシは藻類そうるいなどを削り取って食べる『グレイザー』でもあり、水底の沈殿物を食べる『デトリタス食者』でもあり、さらには水中を漂う物をエラで集めて食べる『濾過摂食者ろかせっしょくしゃ』でもあるのよ」

「へ、へえ……」

「タニシか、辞典に追加しておこう」


 話を理解できていない様子のシルヴィアを尻目に、アイオンは自身の創った『デジタル百科事典』を開く。


≪タニシ:淡水に生息する巻貝の総称。数cmのやや黒く見える殻を持つものが多い。特筆すべきはその摂食法の幅の広さで……(中略)……このため、大きな状況変化がある中でも生き延びることができ、小規模な水域に大型種が生息することもある≫


「ん? 既に書いてあるな。誰が編集したんだ?」

「私よ。それより、それほど適応力のある生物が、この段階で発生するなんて、少し心配ね」

「そ、そうだな、いろいろ心配だな……」

「情報の漏えいとか、ね」


 イデアは無表情でアイオンを見て言った。


 このデジタル百科事典は、情報の漏えいを危惧し、宇宙に存在する『特定の領域』に情報を保存することを固く禁じているイデアの目を盗み、アイオンが極秘で創ったものだ。それをイデアが発見してしまったということは、もはや死刑宣告である。


「まあ、この程度なら人間の進化の方が早いでしょうし、もう少し様子を見てみるのも悪くはないわね」


 そしてさりげなく元の話題に戻すあたりも、イデアのやり方である。


「では、最後にテレジアのデータを見て、次の基準値を決めるわよ」

「はい」


 テレジアは落ち着いた動作で情報を拡大する。


「テレジアには、特定の数値だけを調節した場合における世界の変化について、比較をしてもらっていたの」

「ん? ということは、今回は特別に世界の複製を用意したっていうことか?」

「いいえ。例え式が違っていても、条件さえ揃えば同じ解は導き出せるのよ。複製による劣化がなくなる分、その方が確実だわ」

「そうなのか……」


 アイオンもまた、何事もなかったかのように振る舞う。――本当に何も起きずに終わることを願いながら。


「データをまとめると、まず、星ができてから9億後あたりで預言者を創るのが、今のところベストね」


 イデアはテレジアの収集したデータからグラフを創り出し、前面に表示する。


「隕石は今までと同じタイミング。どこかの女神のように、桁を間違えなければ問題ないわ」

「うっ」


 一瞬、シルヴィアの呼吸が止まる。


「オゾンホールはどうしますか? パターンによっては、世界の気候と生態系、人類の情緒の数値がバラバラに変動してしまいますが」


 テレジアが問う。


「現状ではパターンC-57aで動かすのが良さそうね。けれど、分岐点以降の微妙な操作は私が行うから、あまり気にしないで」

「はい、分かりました」

「それと、アイオンには話したけど――どれだけ完璧なバランスを創り出しても、人類は世界の誕生から146億年の辺りで滅亡してしまう。これについて、意見が欲しいの」


 イデアは次々と画面を切り替え、今までに創造した世界のデータを見せる。


「革命を起こす者や、倫理の壁を破る者が居て、初めて文明は前進する。それに、人類が消えてしまったら、神や奇跡という類のものが無価値になる。そうなれば、繁栄は終わりよ」


 創造主たちの会議はまだまだ終わりそうにない。

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