第2話 オーバーテクノロジーの代償
時の流れを感じさせない、静寂だけが漂う空間。しかしここは女神シルヴィアの部屋ではない。
「うーん。技術の発達はちょっと速かったけど、数値的には悪くない、か?」
髪を逆立て、左耳には金属の装飾品を付けた存在。一見、不真面目そうに見える存在だが、彼もシルヴィアと同様、世界を創っている創造主の一柱だ。
「食品の物性も悪くないし、前回問題になった『衛生レベル』もクリア――」
そう言って、彼は人間界から持ち出してきた果実を
「あとはこの調子で、また『あれ』を創ってくれれば……」
ぴこっ。モニターの端に光る小窓が現れる。
「ん、誰だ?」
≪シルヴィア:きゃあああああああああああああああああああああ≫
女神シルヴィアからの通信だ。
「あいつ、また失敗したのか。まあいいや」
≪シルヴィア:助けて! ほんとうにお願いしまうs! アインさま!≫
「うわ、これは隕石のタイミング間違えた時以来だな……少し相手してやるか」
シルヴィアの誤字の具合から失敗の度合いを察した彼は、装置を操作しながら、そっと彼女を哀れんだ。
<アイオン:今度は何をしでかしたんだ?>
≪シルヴィア:アイオン様! 世界の過去の状態を復元することってできる? 今すぐお願い! 騎士様が!≫
「ああ、ロールバックか。世界を構成してたデータにアクセスして、それを複製すればなんとか……でも、分岐点以外の瞬間を複製するのはほぼ無理だし、そもそも複製は劣化のもとになるから、ってイデアに禁止されてるしな」
<アイオン:どうせまた隕石のタイミングを間違えたんだろ>
≪シルヴィア:そうなんです! 10000年後だったのに100年後にしちゃったんです!≫
「どう頑張ったら2桁も間違えるんだよ……というか、最初の分岐点は大隕石の衝突だし、これは諦めるしかないな」
かたかた。アイオンは装置を操作する。
<アイオン:無理>
シルヴィアからの通信は途絶えた。
「あいつ、そろそろ死ぬんじゃないかな。いろんな意味で……さて」
アイオンはモニターに映る各種情報を見る。
「うんうん、だいぶ以前の技術レベルに戻ってるな。そろそろ降りてみるか」
彼は静かに、席を立った。
* * *
「よし、着地!」
強い下降気流とともに人間の世界へ降りたアイオン。しかし彼を待っていたのは、彼が思い描いていたものではなかった――
「ん? ……まあいいや、とりあえず『あれ』を探そう」
小さな違和感を覚えつつも、街と思われる場所を歩きまわる。空は快晴。雲一つない、澄んだ青色に染まっている。太陽の光は落ち着いていて、風は一切ない。
「おお、この立体ホログラム、触れるのか! この道も圧電素子を使った発電床になってるし、いいペースで成長してるな」
標準と比較すると極めて進んでいるテクノロジーに、彼は半ば興奮気味であった。しかし。
「でも、おかしいな。なんで何の交通手段も無いんだ? それに……」
アイオンは立ち止まる。
「なんでこんな訳分からないところにビルを建てるんだよ!」
目の前には高層ビル。入り口と思われるものの付近には得体の知れない装置が整列し、彼を睨みつけている。
「ここ、道のど真ん中だよな……? ほかの建物も、いや、人間も何かおかしいし!」
確かに、世界は高度な技術で溢れている。しかし、統一や秩序といった概念がなく、この場所も『街』と呼んでよいのか分からない状態だ。
「あいつは下着の使いかた間違えてるし、こっちの奴は気色悪い柄の布を体に巻いてるだけだし……知能レベルは高いはずなのに、なんでだ?」
アイオンは頭をひねってみるが、既に創り出された後のこと。原因が分かったとしても、この世界に留まる
「うーん。駄目だな、もう帰ろ」
今回は失敗。そう結論付けて、彼は強い上昇気流とともに帰還した。
* * *
「はあ、何が悪かったんだ?」
アイオンはぐったりと椅子の背もたれに寄り掛かった。
「駄目だったようね」
ふわっ。小さな風とともに、イデアが入室してくる。
「イデア! いいところに来たな」
「今回はどんな調節をしたの?」
「それがおかしいんだよ。確かにちょっと技術の発達は早かったけど、数値的には以前の世界と対して変わってないのに……」
アイオンは世界の各種数値を表示して言った。
「そうね。これが一番の原因じゃない?」
イデアがモニターに映る数値のひとつを指差す。
「『信仰レベル』か。これがそんなに重要なのか?」
「ええ。神への――いえ、信仰する対象は何であってもいいわ。とにかく信仰レベルが低すぎると、思想のばらつきが大きくなりすぎて秩序が創れない。それに……」
彼女はもうひとつの数値を指差す。
「見て、人口が右肩下がりになっているでしょう? 今回は各個体の能力レベルが異常に高かったのもあって、自分一人だけで生きる個体が多かったようね。やはり、人口の管理には宗教が必要だわ」
「あの堅苦しいやつか。俺、ああいうの苦手なんだよな」
思わず目を細めるアイオン。
「全能たるあなたには不要なものだけど、人間にとっては重要なのよ。宗教は人間に独特の情緒を与えるの。それだけじゃないわ。宗教から生じる思想や儀式は、それ自体がビジネスにもなる。しかもその構造は常に文明の上流に位置する。その意味が分かるわね?」
「そうか! 全員を信者にする必要はないんだな。信者じゃなくても、生きてるだけで……これはいけるぞ!」
その言葉に、アイオンは何かひらめいたらしい。
「繁栄を創り出す人間が消えてしまったら、世界は終わり。やはり、人間にはある程度の『枠』が必要ね」
イデアは今回の結果とモニターに映る数字を見て、そう結論付けた。
「でも、なんでだ? 枠を用意しても、人類は必ず滅びるんだろ?」
「そこが問題よ。どれだけ完璧なバランスで世界を運営しても、必ず決まった時点で人類は滅亡してしまう。でも、私たちの力では『繁栄』を直接的に創ることはできない。これは人類でないとできないことよ」
腰に手を当て、窓の外を眺めるイデア。
「うーん。そのあたりは、話し合う必要がありそうだな」
アイオンは世界を構成する要素を組み替えながら言う。
「そうね。近いうちにまた会議を開きましょう。このままでは駄目だわ」
「分かった。俺はいつでも行けるから、その時が来たら教えてくれ」
「ええ。……そろそろ、他の創造主の様子を見てくるわ。その調子で続けてちょうだい」
イデアは窓から離れ、部屋の出入り口へと歩いてゆく。
「それと――」
ふわっ。
「うわっ!」
「別宇宙との接触点はすぐに消しなさい」
イデアがアイオンの目の前に瞬間移動して言った。
「わ、分かりました……」
「ではまた、その時まで」
ふわっ。今度こそイデアは消えた。妖しげな笑みを浮かべながら。
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