ファイブセカンドアフターに

美玖(みぐ)

第1話 未来を見る力

私は高橋理紗、十七歳の女子高生。海の見える街に住んでいる。


私は特殊な能力が持っていた。未来を見る力だ。

ただし、未来と言ってもほんの五秒先の事だけど、不意に五秒後の事が頭の中に浮かんで来て、それが必ず現実となるんだ。


私には幼馴染の男の子が居る。恋人? うーん、友達以上恋人未満という関係かな。

特にこの幼馴染、小山内倫太郎の未来がよく見える。例えば……。


英語授業中、前の席の倫太郎の背中を叩く。こいつまた寝ている。

倫太郎がハッと身体を起こした。直ぐに英語の川内先生が声をかける。

「それでは小山内君。十七ページの最初から五行目まで読み上げて!」 


ほら思った通り、先生に当てられた……。


「はい、I have a dream that one day this nation will rise up ……」


倫太郎は小学校時代アメリカに住んでいて、英語の発音はネィティブ並だ……。

彼は読み上げると着席し、後ろを振り返ると

「サンキュー」と私に言った。

私は意地悪そうな顔をして睨んでやった。


この五秒後を予知する力が、どうして与えられたのか? 私にも分からない。ただ、ほんの五秒先を知る事によるメリットは、大した事なくて。例えば……、

・廊下の曲がり角の先で倫太郎が女子とぶつかる。彼を横に押す!

・野球部のファールボールが倫太郎に当たる。彼を前に押す!

なんて感じ。

でも倫太郎は私が助けているのに全く気づいていない。それどころか、

「理紗、お前よくぶつかって来るよな。そんなに俺を触りたいの……?」

私は、溜息を吐くと、顔を押さえて大きく首を振る。

(こいつ私が助けているの分かってないし)

(それに、あんただって、よく私の手や服を掴んで引っ張ったりするじゃない。あれ結構気に入らないんだからね……)


二〇二〇年の春休みはコロナウィルスの所為で全くお出かけ出来ず、私たちは夏休みを待ち望んでいた。そして二〇二〇年の夏休みが始まる。

八月の初め、私は倫太郎と横浜山下公園の花火大会を見に行く事になった。


(デート? うーん、まあ私はそのつもりだけど、あいつはそう思ってないよね)

とは言え、私は一生懸命オシャレして、母に浴衣を着付けしてもらった。


リビングのインターフォンが鳴る。母が玄関に迎えに出た。

「理紗、倫太郎君が来たわよ」


玄関のドアを開ける時、倫太郎の五秒後のイメージが見えた。

それは……、驚いた顔で私を見てるイメージ。

(これは私の期待以上かな……)


「倫太郎、お待たせ」


私がドアを開けると、予想通り倫太郎は目を見開いて私を見ている。そして……、

「浴衣……。可愛いいじゃん……」と彼は呟いた。

私は耳まで真っ赤になって言った。

「バカ、恥ずかしい事言わないで!」


私の五秒後のイメージでは、倫太郎の言葉までは予想できなかった。

でも、それは予想できなくても良かったかな。

さっきの言葉は突然言われたから、本当にドキドキした……。

だって、初めて言われたんだ……、『可愛いい』 って……。


倫太郎と一緒に、最寄りの駅まで歩いた。私は倫太郎と手を繋ぎたかったけど、手を近づけると触る前に倫太郎の手が逃げる。

(うーん、何でよ? 気が利かないわね……)


私達は駅前の信号のある交差点の横断歩道を渡った。

その時、突然、倫太郎が私を突き飛ばした……!


「えっ?」私は道の先に倒れ込んだ。

「何を?」と言って彼を振り返った瞬間、倫太郎が車に跳ねられた……! 


その瞬間は私にとってスローモーションの様に見えた。倫太郎は車のボンネットに跳ね上げられ、そのまま地面に叩きつけられた。跳ねた車はそのまま走り去ってしまった。


(えっ? どうして5秒後を予知出来なかったの? 私の能力はこんな時こそ役に立つべきじゃない!)


私は泣きながら、倫太郎に駆け寄った。


「倫太郎、大丈夫?」

「うーん、理紗、無事だったか……? 良かった。俺の予知が初めて役に立った……」

倫太郎は苦しそうに言った。

「えっ? それはどういう意味……??」

倫太郎は私の質問には答えず、そのまま気を失ってしまった。遠くから救急車のサイレンの音が近づいて来るのが聞こえる。


倫太郎のケガは、左手と右足首の骨折だった。幸いの事に頭は打っていなくて、夏休み中には退院できるだろうという事だった。


私は毎日、お見舞いに行った。倫太郎は毎日見違える様に回復していった。


翌日が退院の日となり、私は倫太郎にあの時の疑問を聞いた。何故、彼の事故が私の五秒後の私の予知する未来に現れなかったのか? 逆に彼が言っていた予知って? 


「倫太郎。あなた事故の時、予知がどうとか言っていたよね。あれはどう言う意味?」


倫太郎は顔を右手で掻きながら言った。

「俺、変な能力持っているんだ。本当に使えない能力だけどね。十秒後の未来を見れるんだ。特に理紗の未来をね。今までもお前が、転んだり、ぶつかったりするのに気づいた時、手を引っ張ったりして防いでいた……」


私はハッとした。

(そうか、倫太郎が私の手や服を引っ張っていたのは私の災難を防いでいてくれていたの?でも十秒前って……? 私より先に……)


「俺が見る未来は自分の事は分からない。でも理紗の未来はよく見てた。ただ何を見て何が見えないかは分からない。例えばあの日、理紗の浴衣姿はドアを開けるまで、分からなかった。でも駅までの途中、理紗が手を繋いで来るのは予想できていた。だから避けていたんだ。」


(そう言う事……。でもハァ? 手を繋ぐの避けていた? それは何?)


「で、横断歩道を渡っている時、お前が車に跳ねられる予知を見たから、突き飛ばしたんだ。初めて俺の能力に感謝したよ」


(そうか、倫太郎が十秒後を予知して変えた未来だから、私の五秒後の未来には映らなかった)


私は大きく頷いた。二人が同じ能力を持っている事も嬉しかった。彼がいつも自分を守ってくれていることも……。でも……。


「ありがとう倫太郎。でもね手を繋ぐのを避けていたのは気に入らない。私の事、嫌いなの?」


倫太郎が俯き、溜息を吐きながら言った。

「うーん、俺たち、ただの幼馴染だろう。だからあの日、花火大会で告白して ”付き合って欲しい” と言うつもりだった。理紗にYESと言ってもらうまでは恋人じゃないから、手を繋げないって思った。本当は繋ぎたかったけど……」


私は頬が赤くなるのを感じた。胸が高鳴った。


その時、突然五秒後の未来が見えた。

(理紗、改めて告白させてくれ。俺と付き合ってくれ!)

私は叫んだ。

「えっ? 倫太郎、突然そんなこと言われても!」


倫太郎が一瞬ハッとした顔をした。そして首を振りながらもう一度溜息を吐いた。   


「理紗、俺、まだ何にも言っていないぞ。おかしいと思ったんだ。もしかして理紗も未来を見ているのか? そうだろ?」


私は目を見開いて倫太郎を見つめていた。そしてゆっくりと頷いた。


「分かった。それじゃ言ってないけど、理紗には俺の告白は届いたと言うことだな……。それじゃ答えは……?」


私は耳まで真っ赤になって俯いた。でも答えは決まっている。

「倫太郎、あのね……」


「分かった、ありがとう。嬉しいよ」


「えっ? 倫太郎、私はまだ……」


「十秒後の未来で見えた。だから言わなくてもいい。その後、何が起こると思う?」


「えっ?」不意に私もイメージした。

そうか、倫太郎は私の五秒前にこれを見ていたんだ。


これからは、いつも倫太郎が先に分かっちゃうんだ……。


倫太郎がベッドから立ち上がった。

そして私は、倫太郎をじっと見つめた。心臓が鼓動を高めるのが分かる。

初めてだから、少し躊躇があったけど、


(でもこれは避けられない未来だから……)


私は踵を上げて、そして自分から彼に唇を重ねた。



 FIN

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