第34話後始末2
「あのねえ。あなた、クリスのことが好きなんでしょう。だったら、クリスのことを信用してあげなさいよ」
「なんだとっ」
「あんたのお兄さんは、クリスはあんたの理想通りのお人形でもなんでもないわ。理想を押し付けられる身にもなってみなさいよ」
「私は……別にっ……」
「クリスは四つ星の魔法使いで、すごい人なんでしょう。だけどね、彼はこうあるべきだ、とかそういうのを押し付けると重荷になるだけよ。クリスだって一人の人間なんだし、ずっとあなたの理想のお兄ちゃんってわけにはいかないわ。あなたがそんなだから、クリスはわたしと結婚をしたのよ」
「私のせいだって言いたいのか?」
「大部分は。彼はね、いつまでもあんたの理想の兄であり続けることに疲れちゃったのよ」
だから自棄になってティアナに結婚話を持ちかけた。結婚相手くらい自分で見つけられるから放っておいてくれ、とクリスはカーティスにうんざりしていた。
「わたしもお姉ちゃんだから、なんとなく分かるよ、クリスの気持ち。オルタってばちょっとわたしに夢を持っているところがあるのよね」
それでも素直に慕ってくれるのは嬉しい。最初はぎこちなかった姉妹関係だけれど、一年、二年経つうちに互いに遠慮が無くなっていった。感情を表に出すことを躊躇っていたオルタが、ティアナに本音で話すようになったのは一緒に暮らしてどのくらい経った頃だろうか。仲良くなるにつれて、オルタはティアナに憧れの視線を注ぐようになった。いいなあ。お姉ちゃんはきれいだなあ。嬉しい反面、少しだけ重荷になるときもある。わたしはそんなにもきれいな人間じゃないし、心だってきれいじゃない。胸の奥にはオルタにも言えないうっくつを抱えている。
「おまえとあの娘の間には、血の繋がりなんてないだろう」
「ゲイルから聞いたの?」
「それでなくても顔かたち似ていないからな」
「ティアナとオルタは姉妹だ」
クリスが口を挟んだ。反論を認めないといった、頑とした声色だった。ティアナは嬉しくなる。
カーティスは黙り込んだ。部屋の中に重苦しい空気が立ち込める。
「クリスはあなたのこと、認めているのよ。この間わたしに話してくれた。自分にはできないことをカーティスはできる。それに、領地運営や家の雑事を引き受けてくれるから自分は仕事に集中できるって」
「……」
カーティスはクリスを見上げると、彼は弟の視線から目を逸らした。その頬が少しだけ赤くなっている。
「まあ、確かに性根が腐っていたのは本当だから、しばらく反省したらいいわ。あと、もっとクリス以外のところにも目を向けることね。わたし、クリスと別れるつもりないから、今後ともよろしく」
ティアナはにこりと笑った。
「わたしのこと、認めたくないのなら、次はもっと正々堂々正面からかかってきたらいいのよ。相手してあげるから」
喧嘩は一対一でやるもので、他人をけしかけるものではない。カーティスがティアナのことを気に食わないというのなら、直接文句を言えばいいのだ。言おうと思ってもクリスがカーティスのことを出入り禁止にしていたからああいう手段を講じたのかもしれない。謹慎が解けたら出入り禁止も解除してもらわないといけない。
「ティアナは甘すぎる。こいつは根性が歪んでいるから、また同じことを繰り返す」
「あら、仮に同じことを繰り返したら今度こそ本気で大好きなお兄ちゃんに軽蔑されるから、もうしないわよ。ね、カーティス」
「……俺は、兄上に嫌われたくはない……」
カーティスは苦しそうに呻いた。やはり、この男の一番の罰はクリスに嫌われる、だ。じゃあ、これからもよろしく、とティアナはクリスの横にぴたりと張り付いて爽やかな笑顔を作った。彼はだんまりを決め込んでいたが、ティアナとしては悔しそうなカーティスの顔を見ることができて留飲が下がった。カーティスには悪いのだが、これが彼に対する一番の嫌がらせであり薬だ。
部屋から出るとクリスはポケットから何かを取り出した。
「これを渡しておく」
「なあに?」
手を、と言われて手のひらをクリスの前に差し出すと、細い鎖が置かれた。光沢のある銀色のそれは、ティアナの髪と同じように白銀に輝いている。大きな薄紫色の石がついているが、凝った意匠でもなく、ごくシンプルなもの。
「魔力の結晶だ。魔法石ともいう」
「へえ?」
そんなもの、初めて見たし聞いた。魔力の流れの強い場所に生まれるという貴重な魔法石で、この中に魔法を閉じ込めることができるのだという。
「ティアナのように、魔力を持たない人間でも使うことができるよう、私が魔法を閉じ込めた。結界を張ることができる」
「すごーい。便利ねー」
ティアナは鎖を手でつまんだ。内心、売ったらどのくらいするのかしら、なんて考えてしまう。
「売るなよ」
「……売りません。旦那様からの贈り物だし」
さすがはクリスだ。突っ込みが的確過ぎてティアナは苦笑した。
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