第33話後始末1

 カーティスの所業はスウィングラー家中に知られることになった。魔法使いとしての自覚が足りないと両親からこっぴどく叱られた彼は現在クリスたちと一緒にクロフトへ向う道中の中。大事にはならなかったと、事件は内密に処理されることになった。世間がティアナに好奇な目を向けることをクリスが厭い、ティアナとしてもあまり目立ちたくなかったからだ。


 とはいえ落とし前は必要だし、関係各所にはゲイルとカーティスの所業を伝えなければならない。事件の事後処理と魔法局の仕事で忙しいのに、クリスは時間を捻出してクロフトへ向かうことにしたのだ。弟の後始末も大変なのである。ティアナはクリスに同情してしまう。エニスからクロフトまでは順調に行って馬車で十日ほど。最初、クリスはティアナとオルタを連れていくことに難色を示したが、ティアナは一度故郷へ帰りたかった。


 クリスは馬車を二台仕立てて、クロフトへ向かうことにした。

 道中、ティアナがゲイルとカーティスと顔を合わすことはなかった。クリスの言い分として、こんな奴ら宿を使わすことがもったいないとのこと。毎日車中泊だが、野宿よりはましだから罰としてはどうだろう、と貧乏旅をしてきたティアナは考えた。


 ゲイルはともかく、いままで貴族の子息として育ってきたカーティスはこの強行日程でずいぶんとやつれたようで、クロフトの町に着いた彼の顔には疲れとやつれが見て取れた。


「ゲイル、あんたしっかり反省してまっとうに生きるのよ」

 ティアナは町長の屋敷でゲイルと対面をした。クリスはティアナとゲイルが顔を合わすことを渋ったが、やはり文句の一つは言っておきたい。

「……」

 ゲイルはちらりとこちらを眺めて視線を下にやった。口をまっすぐ引き結び、謝罪の一言も無い。


「わたしはきっともう、この町には戻ってくることは無いわ。あんたとももう会わないと思うけど……、女を馬鹿にしているようじゃ、嫁の来てだってないんだから」


 ちょっとは反応を示せよ、と思うが彼は黙ってティアナの言葉を受けるだけ。ティアナはこれ以上言っても無駄だな、と諦めることにした。

 ゲイルには今後数年間見張りが付くことになっている。何をどう根回ししたのか、クリスが王都から警備隊を派遣させたのだ。このあたりを治める行政長官と連携し、定期的に報告をさせる手筈を整えたのだという。小さい町でよそ者、それも王都の警備隊の人間はとても目立つ。それはそれで結構な嫌がらせである。


 ティアナは部屋から出ようと足を動かした。

 気配を察したのか、ゲイルが顔を上げた。


「おまえは! おまえは、こいつのこと、結局どう思っているんだよ」

 なんだ、その言葉は。最後に言う言葉かそれか、とティアナは呆れた。ゲイルはティアナの横にぴたりと寄り添うクリスを睨みつけた。

「わたしはクリスのこと、好きよ。だって、とってもいい人だし」


 最初はあまりよく考えずに雇われ妻になったけれど、一緒に過ごしてみて感じた。クリスはいい人だし、いい雇用主だ。だから人として好感を持っている。

 そういう思いを込めて話したら、ゲイルがぴしりと固まった。


「わたし、これからもクリスの側にいたい。(だってお仕事の最中だし)クリスもわたしを必要としてくれているから、だから彼の元がいまのわたしの居場所よ」


 あくまで雇用関係を前提として話をするが、契約云々の話は二人だけの秘密のためティアナは色々と削ってゲイルに説明をした。素直な心情を伝えると、これからもクリスの元で一生懸命プロの妻をする所存です、なのだが、正直に言えないので心の中だけにとどめておく。にこりと笑うとゲイルが顔を歪めた。少しは反省をする気になったらしい。じゃあ、もう一つ、とティアナは付け加えることにする。


「ゲイルもクリスを見習った方がいいわ。少しの間、彼と接していたんだから、盗めるところは盗みなさいよね。彼、とっても優秀だし思いやりもあるし、優しいし、気前もいいんだから」


 無自覚にゲイルにとどめを刺したティアナは言いたいことを言ってすっきりして部屋を後にした。自分が事件を責めても、彼はその前にクリスや彼以外からもこってり絞られているし、このくらいにしておいてあげようとずいぶんと控えめにした。それもこれもクリスがティアナのこと助けに来てくれたからだ。


 とはいえ、もう一人落とし前を付けなければならない相手がいる。

 クリスの弟カーティスである。彼の方とは今後ともそれなりに付き合っていかなければならない。これで縁の切れるゲイルと町長一家とは違い、ティアナは現在クリスの正式な妻なのだ。夫の弟には、やっぱり嫁として認めてもらいたい。雇われ妻だけれど、それでもクリスが妻を雇うきっかけを作ったのはカーティスの、兄への理想の押し付けが問題なのだ。彼はもう少し兄離れをしたほうがいい。


 ティアナとカーティスは別室へとやってきた。彼は町長の屋敷に連れてこられて、クリスに促されすべては己の心の弱さ故の未熟さに由来した、と謝罪をしたのだ。


「まったく。おまえは魔法使いとして何を学んできたんだ」


 一室に厳重な結界魔法で閉じ込められているカーティスに、クリスがくどくどと説教をする。ティアナは知らないのだが、会うたびに同じことを繰り返され、カーティスは敬愛する兄に嫌われたと深い谷底に落ちた気分で過ごしている。


「人を操る魔法薬を手に入れるなどと。人を魔法の力で操ってはいけないと、最初に習わなかったのか。おまえがゲイルに魔法薬を渡したおかげでティアナは最悪の事態を迎える可能性だってあった。おまえは人の人生を何だと思っている。正直、一生謹慎しても足りないくらいだ」


 クリスはまだ言い足りないのか、くどくどとカーティスに説教を繰り返す。大好きな兄に心底軽蔑されて、なんだか可哀そうになってきたが、途中何度かティアナに対して恨みの視線を飛ばしてきて、こいつ本気で反省してる? とティアナは疑ってしまった。


「聞いているのか。今はティアナの方を見るな。というか、おまえは金輪際ティアナに近づくな。私の屋敷の敷居を跨ぐな。私の側にもよるな」

「……っ」

 実の弟に絶縁を叩きつける勢いのクリスに、さすがにティアナもカーティスのことが可哀そうになってきた。


「まあまあ。絶縁は一方的よ。クリス、落ち着いて」

「これが落ち着いていられるか。こいつはまだティアナのことを認めない。この数週間、ずっとだ」

「根深いわね~」


 いっそすがすがしいほどである。


「当たり前だろうっ! 兄上をこんな風に変えやがって。今まで、兄上は魔法に一直線だった。己の突き進む道をひたすらに駆ける、そんなかっこいい兄上だったんだ。こんなメス猫に騙されて。兄上が変わったのは全部お前のせいだっ!」


 椅子にぐるぐる巻きに拘束されているカーティスは唾を飛ばしながら叫んだ。光り輝く魔法のロープのようなもので胴体と腕が椅子の背もたれに巻かれているから動くこともできない。それでも、ティアナに対して激しい怒りをぶつけてくる。

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