第22話オルタの逆襲

「けれども。兄上にはもっと相応しい女性がいるはずだ。あんな、程度の知れた町娘が兄上に相応しいとは思えない。兄上はすごいんだ。とにかくすごい。四つ星の魔法使いだ」


(このひと、お兄ちゃんのことが大好きなんだ。いい年して、キモ……)


 己のお姉ちゃん大好き感情を棚に上げるオルタである。

 カーティスはオルタの隣で好き勝手に自分の意見を述べていく。一応丁寧な言い方に変えたのは大人げないと思ってのことなのかもしれないが、発言自体が大分残念だ。


「きみは四つ星の魔法使いがどれほどのものか分かっていないのだろう」


 それからカーティスはクリスのすごさを語った。耳を素通りさせているうちにロイの通う学校へたどり着いた。他の家々よりも少し開けた空間に建っている。門のすぐ横にある小さな扉を叩いてここの生徒へ届け物を持ってきたことを伝えると係の男はオルタの格好を見て目を丸くした。いいところのお嬢さんという姿をしたオルタが使い走りのまねごとをしているのだから当然だ。男は「ちょっと待ってな」と言い学校の中へと姿を消した。


 オルタは興味を惹かれてほんの少しだけ門の中へ入った。建物を抜けるとすぐ目の前には中庭が広がっている。授業中なのだろう、誰もいない。


「ふん。学校が珍しいのか。町の子と言っても学校にすら通えない出自ということか」

「お姉ちゃんはきちんと読み書きができるし簡単な算術だって知っているんだから。学校に通えなくてもお姉ちゃんはわたしに読み書きを教えてくれた」


 オルタは反射的に言い返した。この男はいちいち癇に障る言い方をする。クリスと違って本当に腹立たしい男だ。こんなところでクリスのことを見直すとは思わなかった。オルタがキッとカーティスを睨みつけると、彼もまたオルタから視線を逸らすこともなく怖い顔をして見下ろす。互いに目を逸らした方が負けだと感じているのだ。


「えっと……何をしているんですか?」


 ビシバシと互いに火の粉を飛ばし合っていると控えめな声が割って入った。

 横を向くと少年が佇んでいる。薄い茶色の髪に黄緑がかった茶色の瞳をしたオルタよりも二つ年上の彼は、大人と子供がにらみ合っている状況を少し離れたところから眺めている。


「ロイにお届け物があって、来たの。はい、これ。マクレーン夫人特製のお昼ご飯」

 オルタはにらみ合いを終了させてロイの方へ駆け寄った。特製のお昼ご飯の入った丸い入れ物を渡す。鳥の煮込みが入っていると言っていた。

「……あり、がと」


 ロイは小さな声でお礼を言った。オルタはにかっと笑った。彼はいつも素っ気ないが、不親切ということではない。たぶんまだオルタとティアナに慣れていないだけなのだと思う。オルタは自分の無害をアピールするためにもロイの前ではことさら明るく振舞うようにしている。

 じゃあね、と手を振りオルタは学校から立ち去った。


「おい、私の話はまだ済んでいないぞ」

 後ろからカーティスが声をかけてきた。ものすごく不機嫌そうで、偉そうな声だった。

(あ、まだいたんだ。暇人だね)

 子供と大人とでは当然大人の方が歩幅は大きくて、カーティスはすぐにオルタに追いつき並んで歩く。


「金が必要なら私が面倒を見てやる。これは正当な取引だ。あんな女、兄上に合うはずもない」

「……」


 本当に失礼な男だ。オルタから言わせたらクリスの方こそティアナに不釣り合いだ。金持ちだろうがすごい魔法使いだろうが関係ない。クリスはティアナよりも十二歳も年上なのだから。オルタとしてはもうちょっと若くて気さくで明るい男の方がよい。お金持ちでなくてもそれなりに稼ぎがあって酒に溺れない男。フクロウ亭の旦那は、確かに宿屋の亭主だったが酒の量が多かった。女将さんとしょっちゅう喧嘩をしていた。とはいえ、体も大きな女将さんは旦那と対等にやりやっていたけれど。


 クリスは、まあ顔はいいかもしれないけれど、何を考えているか分からないところがある。そもそも契約妻ってなんだよ、とオルタは思うのである。


(このうるさい弟がいたんじゃお金で妻を雇おうって気持ちも分からなくもないけどさ~。でもさ、いつお姉ちゃんに手を出すかも分からないし。次の誕生日で三十だっていうし)


 八歳のオルタにしてみたら十分におっさん認定するお年だ。


「おい、聞いているのか?」

「わたしのお姉ちゃんを悪く言う人の話なんか聞くわけないじゃん」

 オルタは駆け出した。通りを歩いていると、警備隊の人間が馬に乗って巡回しているのを見つけたからだ。


「お兄さん!」


 オルタは大きな声を出した。警備隊の男がオルタの存在に気が付く。オルタは現在上等な子供用の衣服を身に纏っている。見るからに良いところの子供、という幼い少女が駆け寄ってきて、警備隊の男は馬から降りた。


「どうしたんだい。お嬢ちゃん」

「あ、あの人! あの人がさっきからずっと、ずっと私のあとを付けてきて!」


 オルタは大きな声を出して、少し離れたところにいるカーティスを指さした。嘘ではない。現に彼は突然走り出したオルタを追いかけてこちらに近づいてきているのだから。オルタの訴えを聞いた警備隊の男の視線が厳しいものになる。


「あの人、わたしの屋敷をずっと見張っていて。それで、わたしが一人になった途端に声をかけてきて!」

「なんだって」


 警備隊の男はカーティスの方へ顔をやり、「おい、少し話を聞かせてもらおうか」と目をすがめた。カーティスは二人よりも少し手前で止まり、「何の話だ」と睨みつける。


「貴殿がこの小さな女の子の屋敷の周囲をうろつき、この子をかどわかそうとしているという訴えを聞いたからだ」

「はぁぁっ⁉ なんだとっ! 私がそんなこと、おい、貴様! 嘘も大概にしろ!」

 男に向かって目を剥いたカーティスは最後オルタに向かって吠えた。

「屋敷の周りをうろついていたのはほんとじゃないっ! わたしのこと脅そうとしたわ。トレイシーに聞けば全部分かるんだから!」


 オルタはお屋敷で習った女の子っぽい喋り方をした。ついでに第三者の名前を出すことで信ぴょう性を出すことにする。どっちにしろトレイシーに連絡がいけばいいのだ。人を散々不愉快な思いにさせたのだからちょっとは苦労しろ。


「ちょっと、詰め所まで来てもらうか」

「なっ、私はスウィングラー家の者だぞ」


 警備隊の男に向かって身分をひけらかすカーティスだが結局は詰め所に連れていかれることになり、呼ばれたトレイシーに散々説教をされることになった。




 そのやりとりを少し離れた街路樹のふもとで目撃している男がいた。まだ、二十前後の青年はじっとオルタを凝視し、やがて警備隊たちと一緒に立ち去ったあともじっと見守っていた。

「まさか……オルタか?」

 青年は呆然とつぶやいた。

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