第14話魔法使いの妻らしいことがしたいです

 スウィングラー家の執事はとても優秀で親切でティアナとオルタに様々なことを教えてくれた。

 まずは魔法使いのこと。この国の王様も貴族もみんな魔法を使うことのできる人々で、魔力の大きさが跡取りに求められる資質とのこと。


 本日の授業が一通り終わり、ティアナはトレイシーを話し相手にお茶の時間を楽しんでいた。魔法使い社会のことはまだまだ知らないことだらけで、自分の知らない世界を知るのは存外に楽しい。トレイシーの話し方が優しく柔らかいというのも大きい。


「そういうわけでスウィングラー家の次期当主はクリス様なのですよ。ご主人様はこの国でも貴重な四つ星保持者ですから」

「へえ~。当主ってことは家長ってことなのよね」

「似たようなものですね。本家を継ぐ方は次世代に強い魔力を秘めた子を残すことを考えて婚姻相手を選ばれます」


 しかしクリスは一度目の結婚に懲りてその後独り身を貫き、挙句に魔力の欠片も無いティアナを正式な妻に選んだ。最初は条件に釣られて「やります!」と頷いたティアナだったがトレイシーから知識を授けられた今、あの人とんでもないことをやらかしたのでは、と考え始めている。


 魔法使いは魔法使い同士で結婚をするのが当たり前。より強い魔力を継承した子供を残すためでもある。年々強い魔力を宿す子供は生まれにくくなっているのだという。


「もちろん、傍流ともなれば魔力を持たない人と家庭を持つことも多いですけれどね。本家に生まれた人間は次代のことを考えて結婚をすることの方が多いです。本家を継ぐのは一族の中で魔力の強い者というのが伝統ですから。自分の子供に継がせたいのであれば、魔力の強い者同士結婚をするほうが理にかなっております」

「それなのに、魔法使いの嫁はもうこりごりだなんて、因果なものね」

 ティアナの感想に、トレイシーは何も言わず、ただ笑みを深めただけ。


(まあ、わたしとの契約は三年間だし。シェリーおばさんも男は生涯現役とか言っていたし。疑似結婚を通して、クリスがまたその気になるって可能性もあるしね)


 クリスが結婚も悪くないものだ、と思ってもらえるようにするのもティアナの役目なのかもしれない。ティアナはクロフトの町で聞いた夫婦のあれやこれを思い出して、あとで帳面に書き出してみようかと思った。


「あ、それと。わたし淑女修業しかしていないけれど、クリスは魔法使いでしょう。魔法使いの妻らしいことってないの?」

「魔法使いの妻らしい、でしょうか」

「そうそう。ほら、町の女将さんたちは毎日旦那の仕事の手伝いをしたり、繕いものをしたりしていたけれど。魔法使いの妻だったら……例えばどういうことをするのかしら?」


 ティアナの問いに、トレイシーはうーんと黙り込み、考え事をするように腕を組む。彼の話だと貴族の直系に生まれた魔法使いは魔力のある人間同士で結婚するのが通例だという。とすると魔力が無ければ魔法使いの妻らしいことはできないのかもしれない。


「そうですね……。奥方の中には薬草茶をつくって旦那様や子供に飲ませたり、などという方もいらっしゃいますね」

「薬草茶?」

「ええ。魔法を込めたお茶でございます。簡単なまじない作用のあるお茶で、飲むと気分が晴れるとか、関節痛が和らぐなど、効能は多岐にわたります」


「それ、すごいわね! ああでも、わたしは魔力を持っていないわ」

「薬草を混ぜてオリジナルのお茶を作ることはできますよ。薬草にも様々な効能がございますゆえ、ブレンドをする方の腕の見せ所でございます」

「それならわたしにもできる?」

「ええ。確か……書庫に本があったはず」


 トレイシーはそう言って部屋から出て行った。ティアナのカップのお茶が無くなった頃に、彼は皮張りの本を持って戻ってきた。


「これが薬草茶の基本が書かれている本でございます。ロイが帰ってきましたので一緒に基本を学びましょう」


 トレイシーは薬草茶の知識もあるらしい。彼はこれまでやや放置気味だったロイの世話もあれこれ焼いている。遠縁の子供を預かっているのはいいのだけれど、クリスときたらロイを学校に放り込んだところで、役目は終わったとばかりに放任していたのだ。それはもう弟子というか下宿人と同じではないだろうか。トレイシーは短い時間ではあるが、毎日ロイにも授業を施している。

 その日からティアナはロイと一緒に薬草茶について少しずつ授業を受けることになった。

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