第4話妹の苦言
「うわー。ふかふかね~」
大きな部屋の中央にはどーんと天蓋付きの大きな寝台が鎮座している。寝間着はすべすべした絹でティアナは年甲斐もなく寝台の上ではしゃいだ。
「お姉ちゃん!」
一方のオルタはご立腹だ。寝台のふかふか具合に感激もせずに眉を持ち上げている。
「どうしたのよ」
「どうしたのじゃない。なに、お貴族様の囲われ愛人契約みたいことをしているのっ!」
「なるほど。言われてみればそれっぽいわね」
ティアナはうーんと考え込む。
「でも、ほら。身体の関係は無しってことだし。問題ナシナシ」
ティアナはからりと笑った。オルタと同じ部屋で寝起きを共にするのだから艶っぽい事態にも発展しないだろう。
「はぁぁぁ」
一方のオルタは長い息を吐いた。まだ八歳なのにどうしてこうも心配性なのだろうか。
「そんなため息ばっかり吐いているとはげるよ」
「誰のせいよ、誰の」
「オルタ。せっかく仕事が見つかったんだよ。
ティアナは本日雇い主でもあるクリスと取り交わした契約内容を復唱した。
とにかく破格の内容である。お飾りの妻を三年演じれば報奨金が貰えるのだ。必要経費と食費と住居費はクリス持ちである。報酬を受け取れば王都エニスで部屋を借りることもできるしオルタを学校に入れることもできる。学校に通うことができればオルタだって将来は下っ端の役人くらいにはなれるかもしれないし、どこぞの商会で帳簿付けの仕事に就けるかもしれない。可能性が開けるのだ。素晴らしい。
「そんないい条件っていうのがおかしいんだよ。なにか裏があるとしか」
「とにかくやるしかないわよ」
ティアナはまだ険しい顔をしている妹を横目に宿屋に置いてあった荷物をがさごそと漁った。スウィングラー家の召使がひとっ走りとりにいってくれたのだ。荷物の中から大事なへそくりを取り出して、どこに隠そうか部屋の中をきょろきょろと見渡す。お金の管理は大事だ。
「お姉ちゃん、自分の顔を自覚してほしいよ。なんのために男装していたんだか」
はぁぁ、とオルタは肩をすくめた。今日のオルタの小言は長い。
ティアナは自分の短くなった銀髪を摘まんだ。男の格好をしていたのは、女二人の旅路だといろいろと物騒だったからだ。なにしろ取るものも取らずに故郷の町を後にした。
「お姉ちゃんはとってもきれいなんだから。もっと用心しないと駄目だよ」
「はいはい」
ティアナはおざなりに聞き流した。確かにティアナは母に似た顔をしているが、それでも母の方がきれいだったなと思っている。ティアナは自分の髪と瞳の色が嫌いだ。どっちも母の色ではないから。ということは顔も知らない父の色ということ。月の光を紡いだような銀色の髪に藍色に薄紫色混じりの虹彩の瞳は生まれた町クロフトでは珍しく小さい頃はよく父無し子とからかわれた。幼馴染みたちからは容姿でさんざんいじめられたため、いまいちオルタの言葉は響かない。
「それなのに、よりによって魔法使いの奥さんとか。契約妻ってなに、それ。お金持ちの間ではそんな変態プレイが流行っているわけ?」
「んもう。男装していたせいで男のくせに細い、弱そうとか言われて仕事見つからなかったんじゃない」
日々かつかつの生活をしていたためティアナもオルタも同年代の娘に比べると細い。それなのにオルタはティアナを心配するあまりエニスでも男装をしたまま生活をしようと提案をしてきた。若い女と子供の組み合わせは舐められる云々といって。本当にしっかりとした妹である。
「ううう……それは……ごめん」
「まあいいじゃない。オルタ、早く寝よ。なんだかいろいろあって疲れちゃった」
「いろいろの半分はお姉ちゃんの行き当たりばったりの行動のせいもあるけどね」
ティアナは寝台の中に潜り込む。
大きな寝台はオルタと二人で並んでもまだ余るくらいの横幅で、掛け布も分厚く上等なもの。屋根裏の隙間風だらけの部屋とは大違い。そういえばエニスに到着するまでにいろいろとあったな。ティアナはいつものようにオルタを抱きしめて眠りについた。
あの日もこうして姉妹二人で眠りについたんだっけと思いながら。
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