第668話 八つ目の種
町の明かりは点々と見えるのみで、リンの手元を照らしてはくれない。他にも気が生えているため、月の光もうまく味方にはならなかった。リンは指を鳴らして小さな明かりを灯すと、更に手を伸ばすために前へと体を動かす。
「あと、もう少し……」
「リン、これ以上は危険だ。わたしと代われ」
「そういうわけには、いかないです。手を伸ばしてわかった。バングルの石が示す場所に、種が眠っている。あの大砲は、そもそもここに人を近付けさせないための見張りだったんです」
ジェイスに言われても、リンは首を縦には振らない。種に最初に触れるのは、種を求める本人でなければいけないから。
(飛べれば早かったんだが、な)
魔種であるリンは、本来背中にある漆黒の翼で空を飛ぶことが出来る。それは夜であろうと昼であろうと制約はなく、実際、今も出来るものならば飛んで種を取ってくれば良いだけの話なのだ。
しかし、リンは愚直にうつ伏せになって手を伸ばしている。その理由に、全員が気付いていたがあえて言わない。リンを見守る晶穂は、白くなるほど胸の前で手を握り締めていた。
(毒が、リンの翼を広げる魔力すらも奪っている? 違う。毒をこれ以上広げないために、翼を広げる魔力をあてているんだ)
晶穂に出来ることは、彼のバングルに神子の力を分け与えて手助けすることだけだ。歯がゆいが、今出来る最善を尽くしている。自分にそう言い聞かせ、リンをじっと見守った。
「――っ」
その間にも、リンは限界ギリギリの場所で手を伸ばす。足を支えてくれているのはジェイスと克臣、そしてユキだ。あまり人数がいても場所がない。
木の葉をかき分け、バングルの光が示す木の
「……やった」
「兄さん、引き上げるよ。動かないでね」
ユキが言い、ジェイスと克臣と協力してリンを上へ引き上げる。リンは手の中の種を落とさないよう、しっかりと握り締めた。
体の前面を土で酷く汚したものの、目当てのものを手に入れることが出来た。地面に胡座をかいたリンは、そっと手のひらを開く。
「……はぁ、よかった。間違いじゃなかったな」
「これで間違ってたとかだったら、兄さんのこと引っ叩いてるよ。……やらないけど」
「それは命拾いしたな」
ククッと笑い、リンは見付けた種をバングルに近付ける。石と種が共鳴し、種の姿が消える。ふわっとバングルが温かくなり、魔力がまた少し強まった。
(これで、少しまた延命したかな)
勿論死ぬ気など一切ない。それでも安堵するのは、種の魔力の温度にあるのかもしれない。
無事に八つ目の種を手に入れた。メンバーたちがほっと胸を撫で下ろした時、彼らの背後から険しい声が聞こえた。
「お前たちに聞きたいことがある」
「おや……どなた様かな?」
口を開きかけたリンを制し、ジェイスが前に立つ。克臣もいつでも動けるよう、右足を一歩分下げた。
ジェイスの問いに、相手は眉間のしわを深くする。しかしジェイスも物腰柔らかながら、一切引く気はないという態度だ。
一触即発かと思われたが、先に問い掛けた方が息をつく。
「私はベアリー。スカドゥラ王国の奥の側近だ。この町での怪異を調べ、鎮圧してくるよう命を受けている」
だが、とベアリーは軽く周囲を見渡した。
「私たちがどうにも出来ずにいたあの怪異を、お前たちが消してしまったようだ。……お蔭で、町の人々の平穏が戻る。王に代わり、礼を言わせてくれ」
そう言うと、ベアリーは深々と頭を下げた。上官に習い、彼女に追従していた男たちも同様だ。
まさか礼を言われるとは思っておらず、リンたちは顔を見合わせた。どうすべきか、と判断が出来ない。
しかし、そのまま放置するわけにもいかない。最初にベアリーと口を利いたジェイスが、苦笑いをにじませて声をかけた。
「顔を上げて下さい。わたしたちが勝手にやったことですから、丁寧に礼を言われるほどではありませんよ」
「それでも、脅威を退けたお前たちは称えられるべきだろう。必要ないと言うならばそれでも良いが、一つ尋ねたいことがある」
「……答えられることならば」
ジェイスが慎重に先を促すと、ベアリーは真っ直ぐに背中を伸ばして問い掛けた。
「この国の者ではないだろう。何処から、何の目的でこの国に入った?」
「もし答えなければ?」
「我らの主、女王陛下の御前にて、再び同じ質問をする。その上で答えなければ、こちらにも考えがあるとだけ言っておこう」
「脅してくるね」
ふふ、とジェイスは笑う。それからリンを振り返り、彼が頷くのを確かめてからベアリーの目を見た。
「わたしたちは、あるものを探してソディリスラからスカドゥラ王国に来た。無事に一つ目は手に入れることが出来たから、二つ目を探させて欲しい」
「あるもの?」
「そう、人の命にかかわるものです。ですから、一秒でも早く見つけ出さなくてはならない。……申し訳ないけれど、城まで行く時間はありません。もう一つを手に入れたら早々にスカドゥラ王国からは去りますから、見逃しては貰えませんかね?」
「……」
ベアリーの険しい視線が、ジェイスから他のメンバーたちへと移る。晶穂たちは彼女の視線を正面から受け止め、逸らさない。更にリンもベアリーと目を合わせ、無言で見つめ返した。
「……私たちがここで戦ったとしても、勝ちを得るのは難しそうだ」
息を吐き、ベアリーはリンたちに背を向けた。ゆっくりと歩み去りながら、気を付けておけと言い添える。
「私たちの目は、この国に張り巡らされている。一度でも住民を傷付けようものなら、女王陛下の御前へと引きずってやるから覚悟しておくことだ」
「……よく覚えておこう」
しばらくして、ベアリーが撤退を宣言する声が聞こえて来た。崖の上からも兵士の姿が消え、晶穂がほっとして微笑む。
「連れて行かれなくてよかったです」
「ああいうの、疑心暗鬼になっちゃうよね」
リンたちは朝までの時間を身を寄せ合いながら、崖の上で過ごした。翌日朝早く、人々が起き出す頃に町を出てスカドゥラ王国の南へと向かう。
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