燃え荒ぶ隠れ里

第321話 出来ない、じゃない

 中央政府機関に潜入するために首都へと向かったリンたち五人と別れ、ジェイスはユキと唯文、アルシナと共に森の中を歩いていた。先程とは打って変わって、静まり返った森の中には場違いに爽やかな風が吹き抜けている。

 煙の気配すら消えて、自分たちが今何処にいるのかもよくわからない。

 前を歩くアルシナに、ジェイスは話しかけた。

「アルシナさん、隠れ里はこっちなんですか?」

「ええ。里の者にしかわからない目印をたどっているから、間違いないわ」

 答えると、アルシナは傍にある木の幹を叩いた。よく見ると、幹に熊か何かが爪を立てたような痕がついている。それが里へと至る最短ルートを示しているというのだろう。

「こんな小さい痕跡のみを残し、昔から隔絶された里を守って来たのに。あいつら、どうやって里にたどり着いたのかしら」

 ぶつぶつと呟くアルシナが小川を越えて草むらを抜ける。更に倒木を乗り越えようとした時、唯文が彼女の腕を引いた。

「なに……っ」

「しっ」

 抗議の声を上げかけたアルシナに、声を出さないよう仕草で注意したのは唯文だった。アルシナを制して先頭に出た彼は、身を隠しながら前方を見る。

 唯文について草むらに隠れたユキが、唯文を見上げた。

にい、どうしたの?」

「あれを見てみろ」

 唯文があごで示した先には、数人の兵士らしき人物がいた。どの人も腕や足、頭に怪我を負い、包帯を巻いている。疲労困憊であろう彼らを覗き見て、唯文は呟いた。

「隠れ里を攻めたやつらだ。間違いない」

 しかし、唯文もユキも武器を持って飛び出しはしない。それどころか、いち早く飛び出そうとしたアルシナを止めた。

 アルシナは思わぬ妨害に会い、小さな声で口調を荒げた。

「どうして止めるの!?」

「あいつらは敵でしょう。だけど、向こうには既に、戦う意志も気力もありませんよ」

「ぼくらは一方的な暴力で敵を倒すことを良しとはしない。それはただの苛めだと、兄さんなら言うだろうね」

「……た、確かに」

「それに、彼らはどう見たって下っ端です。彼らをどうにかしたところで、根本的な解決にはならないです」

 至極真っ当な意見を言う唯文とユキに、アルシナは反論も出来ない。

 ぐうの音も出ないアルシナの肩を叩き、ジェイスは「少し待ってて」と一人で兵士たちに近付いていく。

「危な……」

「大丈夫だから」

 思わず手を伸ばしかけたアルシナに頷いて、ジェイスは「すみません」と疲れた顔の男たちに話しかけた。

 向こうもまさかこんな森の中に人がいるとは思わなかったらしく、初動が遅れる。

「お、お前何処から来た!?」

「し、白い髪に黄色い目なんて見たことないぞ!? さては怪しいやつだな」

「この目はコンタクトですよ。そんなことより、皆さんお疲れのようですが何かあったんですか?」

「あ、ああ。実はな……」

 動揺する三人の兵士に会話の主導権を渡さずに話を進めるジェイスに感心しつつ、唯文は思わず小声で突っ込みを入れた。

「……怪しいやつが自分から『怪しいやつです』なんて言うはずないだろうがよ」

「はは……。まあ、少し待っていようよ」

 苦笑いで応じたユキは、何やら話して薬を手渡したジェイスが一人になるのを見計らい、草むらから顔を出した。兵士たちはジェイスと話した後、先にその場を離れて行ったのだ。

「何かわかりましたか、ジェイスさん」

「ユキ。ああ、少しだけだけどね」

 ジェイスは不安げな顔をしてこちらを見ているアルシナを呼び、兵士たちが去った方向を指差した。

「しばらく、次回の派遣までは時間があるらしい。次は今夜だと言っていたから。……それまでに、ヴェルドさんを止めなくてはね」

 彼ら兵士たちの上官が現場から行方をくらませたらしい、とジェイスは言った。現場は過酷で、体が傷つくだけではなく精神もおかしくなるのだと兵士の一人が言ったことを明かす。

「軍の下方では、既にたくさんの死傷者が出ているそうです。使い捨ての駒のようだと、嘆いていましたよ」

「それは、隠れ里にそれだけの大人数を派遣し続けているということですよね」

「そうだね、唯文。早く止めなければ、里の復興のみならず、人命も全て失われかねない」

 ジェイスは腕を組み、眉をひそめた。

 今はまだ、隠れ里と政府軍の対決だけで事が済んでいる。しかしヴェルドの攻撃範囲がこれ以上広まった場合、民間人も巻き添えを喰らわないとは言い切れないのだ。

「アルシナさんには辛いことを言うけれど」

 そう前置きして、ジェイスは話し出す。アルシナも真剣な表情で頷いてくれた。

「里の惨状は、直視することもおぞましいほどだと聞きました。そこかしこに腐敗しかけた死体が転がり、生きているの兵士は、攻撃を躱して反撃するので精一杯。いつ突き刺さるとも知れない炎の矢に怯え続けるのだと。……これを教えてくれた兵士は、立ち眩みを起こしました。幸い仲間が支えてくれましたが、この証言は嘘ではない」

「……義父さんでしょうね。やはりもう、あの人を元の優しく頼りがいのある義父さんに戻すことなんて、出来ないのかしら」

 諦めのにじむ声色が、アルシナの心情を如実に示す。そんな彼女に、ユキが言う。励ますように、努めて明るく。

「出来ないかも、じゃないよ。、元のヴェルドさんを取り戻すんだよ」

「ユキくん……」

「おれもそう思いますよ、アルシナさん」

 柄じゃないですけど。そう言ってから、唯文も不器用に笑った。

「やろうともしないのに、出来ないって決めつけたら、本当に何も出来なくなる。足が止まってしゃがみ込んで、前にも後ろにも進めなくなるんです。……おれは、銀の華でリン団長たちと共に動くようになって、それを知りました」

「唯文くん」

 翡翠色の瞳が揺れ顔を歪めたアルシナの頭を、ジェイスがわしゃわしゃと撫で回した。

「ちょっと……!」

 乱れるからやめて欲しいと苦情を言おうとして顔を上げると、ジェイスがアルシナを見て微笑んでいる。その笑顔に、アルシナの思考が止まった。

「よし、文句を言おうと思うくらいには元気になりましたね」

「あ、はい」

 自分よりも頭一つ分以上背の高いジェイスが、ぽんぽんとアルシナの肩を叩いた。

「行きましょう。何があろうと、わたしたちはアルシナさんの味方ですから」

「ありがとう、ございます……」

 ジェイスが歩き出すと、ユキと唯文も彼を追って行く。ジェイスはもう秘密の目印を覚え、アルシナが先に行かなくても正確な道筋をたどっている。

(何か、胸のあたりが五月蠅い? それに、顔も熱いような)

 騒ぐ胸に手をあてて、アルシナは首を傾げた。頬が熱を持っているが、それほど興奮しただろうか。

 しかし、今はそんなことどうでもいいのだ。アルシナは改めてヴェルドを救い出すことを誓い、ジェイスたちの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る