第166話 報告会

 学祭初日の夕方。リンは内心の焦燥を顔に出さないように気を付けながら、片付けをしていた。黙々とパソコンの配線などを片付けているリンに、同じ研究室の学生が声をかける。

「氷山、朝から大変そうだったけど戻って来て大丈夫だったのか? 今更だけど」

「大丈夫。心配させて済まなかったな」

「いや。けど人待たせるのも何だし、それ研究室に持って行ったら帰っていいぞ」

「は?」

 笑いを含んだ言葉の意味をはかりかねてリンが顔を上げると、その男子学生はニヤついた顔で講義室の外を指した。何のことかと首を傾げつつ、自分の荷物とノート、パソコン、ケーブル類を抱えたリンは廊下に出た。

「じゃあ、お先に」

「おー」

 残った学生たちに挨拶をして一歩踏み出した時、リンは目の前に女子学生がいることに気付いた。

「あ……三咲」

「リ……氷山、先輩」

 それぞれが名前を呼びそうになり、慌てて言い改める。

 晶穂がいたのは講義室近くの空間にある休憩所のようなスペースで、四人掛けの机といすがいくつも並んでいる。

 そのまま研究室へ向かうリンの隣に並んだ晶穂が、パソコンの上からずり落ちかけたケーブルの束を持って言う。

「今日の仕事は終わりですか?」

「ああ、これを片付けたら戻ろう。さっき見たら、ジェイスさんからメールが何件か来てた」

「了解です。……ねえ、リン」

「何だ?」

 帰宅する学生や学祭の客の波を外れ、人通りの少ない場所まで来た時、リンは足を止めて晶穂を振り返った。晶穂の声が揺れた気がした。

「晶穂?」

「……ううん。リン、店番姿も様になってたよ」

「嫌なことを思い出させないでくれ」

「ふふ、ごめんね?」

 研究室の発表会の後、リンはやはり屋台の売り子としてかり出されていた。

 リンの人気ぶりをあてにしていた同ゼミ生の読みは的中し、女性客を中心にたくさんの客を集めたのだ。明日明後日もよろしくと言われたが、リンは喜んで拒否するつもりだ。

 昼間の人だかりを思い出して眉間にしわを寄せるリンに対し、晶穂は笑いながら謝った。

「別に、いい。そんなことより、これ置いたらさっさと帰るぞ」

「うん」

 研究棟が見えた。その玄関で晶穂の手からケーブルの束を受け取り、リンは建物へと入って行く。ここで待っててくれ。そう言って去ったリンを見送り、晶穂は呟いた。

「……一緒に回ろうって、言えなくなっちゃったな」

 きっとリンは、明日も明後日も学祭での役割を終えたらすぐにリドアスに戻るのだろう。一緒に学祭を見て回れたら嬉しいなどと学祭が始まる前には思っていたが、今回はそんなことを言ってはいられない。

 晶穂も『空が落ちてくる』という怪現象と眠りの病をどうにかしなければならないということは、充分に理解していた。しかしそれとは別に、我儘な自分が顔を出す。

 実は晶穂の鞄の中には、手芸部の体験教室で作ったレジンのチャームが幾つか入っている。ソディールでの事柄が何事もなく解決されるよう思いを込め、リンやジェイスを始めとした今回動いているメンバー用に、お守りになればと三時間ほどかけて作った力作だ。花をモチーフにして、男性でも恥ずかしくないデザインにしたつもりだ。

 真希と別れる際、体験教室のチラシを見せられ、作ってみてはどうかとアドバイスされた。このお守りも、何処かで手渡せればいいと思う。

 玄関から出てくる足音が聞こえ、晶穂が顔を上げると自分の鞄を肩にかけたリンの姿が見えた。ふっと表情が柔らかくなった。

「待たせたな、戻ろう」

「うん」

 二人は大学の正門を出て、いつもの路地から扉をくぐった。


 ソディールも夕暮れを迎え、人々が慌ただしく行きかっている。そんな中、リンと晶穂はリドアスの一室でジェイスや克臣、エルハたちと連絡を取っていた。テレビ電話のように水鏡を使い、全員と会話をする。

「――それで、オオバには異世界へつながる扉があったけれど、最近消えてしまったということですか?」

「その通りだよ、リン」

 エルハの肯定を聞き、リンは改めて目を丸くした。

 地球とソディールをつなぐ扉は幾つも存在しているが、その扉が失われるなんていうことを聞いたことがない。晶穂も隣で驚きの声を上げる。

「消えちゃうなんてこと、あるんですか!?」

「僕も驚いたけど。魔力の効力が切れたのかとも思った」

「けど、扉を創ったのは人ではないです。大昔からそこに存在していたからこそ、畏怖の対象となりその扉を守ろうと考える人々が現れたんじゃないかって、ぼくとエルハさんは考えています」

 エルハに続いて意見を述べた春直に頷き、リンは仮説を口にした。

「……つまり、空が割れたことと扉の消滅には、何かの関係がある?」

「そう考えて決めつけるには早いだろうけれど、可能性はあるね」

 ジェイスは頷き、自分たちの報告に移った。

 克臣と唯文、ユキ、ユーギが水鏡に映り、ホライ村で見た空の割れ目について説明する。

「俺たちが村の兄ちゃんに連れて行かれたのは、村の外れだった」

 コルダは村の端にある自宅の前で立ち止まると、空を指差した。彼の指を辿り、真っ暗な空を見上げた克臣は、目を見開く。

「なっ……」

「本当だっ。割れ目が、できてる!」

「……あの、夜空よりも暗い空間が、欠片の落ちた場所ですね」

 ユーギとユキも、それぞれに目を見開いて感想や考えを口にする。ユキの指摘に、コルダは頷いた。

「あの場所に、きみたちに渡した破片がはまっていたんだろうね。修復されることもなければ、それ以上傷が広がることも今のところはない。けれど、眠りは広がって行く。……もう、どうすればいいのかわからないよ」

 肩を落として力なく微笑むコルダを村長宅へと返し、克臣は再び空を見上げた。呻って呟く。

「さあて、この現象が狭い範囲で終わるのか、そうでないのか……」

「きっと、ソディール全体に広がると思いますよ、克臣さん」

「唯文……。何故、そう思う?」

 いつの間にか自分の隣に立っていた唯文に向かって、克臣は問いかけた。少し考えるそぶりを見せた後、唯文は「だって」と呟いた。

「コルダさんは言ってましたよね、他の村で先に同じようなことが起こっていると。そこが先発だったとしても、次にこの村が暗闇に閉ざされました。広がっていることは間違いない。もし、ソディール全体に広がるようなことになれば……」

「滅亡だな」

 克臣は、自分の言葉に身震いした。あり得ないと言い張っても、可能性は大きい。どうしたらこの現象を止められるのか、起こった場所に共通点はないのか。

「……先発の場所は、わかるんですか?」

 報告を聞いていたリンは口を挟む。

「コラフト、という小さな町だそうだ。ソイ湖の南側に位置する、温暖な場所らしい。今夜はここに泊まって、明日の朝、俺とジェイス、唯文、ユキ、ユーギはそこに向かうよ」

「僕も春直とコラフトへ向かうよ。途中、そっちとは合流出来るはずだから」

 エルハも今夜はオオバで夜を明かすという。元春直の家に泊まるのだそうだ。

「ホライからコラフトまでの道のりは、おれが知ってます。リューフラの南方ですから、イズラおじさんからも何か話を聞けるかもしれません」

「わかった。唯文、頼むぞ」

「はい」

 力強く頷く唯文の頭をガシガシと乱暴に撫でる克臣に苦笑しつつ、リンは自分がどう動くべきかを考えていた。


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