第164話 テッカの合流

 テッカはコノミをハルの傍に座らせ、愛娘の状態を確認した。すやすやと規則正しい寝息をたてる少女には、不審な点はないように思える。しかし、状況がおかしい。

 眉間にしわを寄せ、武骨な手で娘も額を撫でてやる。それから、テッカはジェイスたちのいるソファーの後ろに立った。傍に立つ克臣に向かって口を開く。

「克臣、団長は?」

「今日から大学の学祭なんですよ。そっちに行かせました。役割を与えられてもいますし、突然理由もなく学友に消えられちゃ、驚かれますしね」

「まあな……。こっちも情報収集が先だ。それに、克臣やジェイスがいるのなら、問題の起こりようもねえな」

 腕を組み、納得顔で頷いたテッカは、自分を緊張の面持ちで見つめる息子に目をやった。妹と母の身を案じ過ぎて、身動きを取りづらくなっているように思われた。

「ユーギ、お前はこいつらと共に動け。村には、問題が解決するまでオレがいる」

「……わかった」

 了承したユーギに頷き返し、「それで」とテッカは言葉を続ける。

「ジーランド長老、オレにも一部始終を教えてもらえませんか? 彼らは聞いているでしょうから、簡潔にでも構いません」

 ソファーの背に上半身を預けて前傾姿勢になるテッカ。彼の言葉を受け、ジーランドの話を簡潔にコルダが話した。

「……大体の内容はわかりました。つまり、空が欠けた頃から謎の眠り病が蔓延し始めた、ということですね」

「ああ。理解が早くて助かるよ」

 ジーランドに軽く頭を下げ、テッカは上半身を起こして指をあごにあてた。

「ジェイス、克臣。外の暗さは異常だ。これが空の割れを原因とすることなのかはわからんが、お前らはどう動く? オレは必要ならお前たちの指示に従おう。それ以外は、この村の用心棒としていることにする」

「わかりました。正直、まだ現実を見ても信じられないんですよね」

 苦笑して、自分の腕時計を見たジェイスがため息をつく。

「まだ、午後三時半です。夜中のように真っ暗になる時間帯ではない」

「そうだな。それに、このホライを囲む森の外は昼間だ」

 窓の傍に立ち、外を眺めていた克臣がジェイスに言う。「更に」と付け加えた。

「この付近に俺たち以外の動ける生き物はいない。そうだろ、唯文?」

「え……あ、はい」

 今まで会話を聞くだけだった唯文は、急に話を振られて我に返った。

「克臣さんの言う通り、この一帯に生き物の気配を感じません。獣も鳥も、何日も前から姿を見せなくなったんじゃないですか?」

 唯文の問いに、ジーランドは顎を撫でた。

「四六時中暗いせいか、気にしたことはなかったな。確かに、鳥の声もここ最近は耳にしていない」

 ジーランドがコルダやコノミに同意を求めると、そこにいる誰もが肯定を示した。つまり野生動物は異変を察し、別の場所へと避難したという推測が立つ。

 ジーランドは白くなっている後頭部をかいた。

「獣の血が混じっているとはいえ、そういう危機察知能力は何処かに置いて来てしまったらしいな」

 苦く笑い、今日のところは泊っていけ、とジェイスたちに提案した。

 夜まで調査をして帰ろうかと考えていたジェイスは、克臣とも話し合ってその厚意を受けた。リドアスにはリンと晶穂、その他数名がいることにはるだろうが、大丈夫だろう。

 部屋を用意しようというジーランドに礼を言い、克臣はジェイスの傍に立った。

「ジェイス、あの欠片が落ちたって場所を見に行こうと思うけど、どうだ?」

「わたしはエルハとリンと連絡を取るよ。ユキと唯文、ユーギを連れて、ついでに周辺の情報収集も頼む」

「頼まれた。おい、三人共行くぞ」

「うん」

「あ、はい」

「行きます」

 克臣は欠片を見つけたというコルダに案内を依頼し、彼と共に邸を出た。

 彼らを見送り、ジェイスは手元のスマートフォンに似た機器に目を落とした。震えるそれのボタンを押し、耳にあてる。あてる直前、画面に現れた名は「エルハ」だった。




 村に入ると、急に空が暗くなったと感じた。薄暗く、明瞭な視界はない。

 旧オオバ村へ足を踏み入れたエルハと春直は、まず村長宅へと向かった。

 村へ続く道を進む中、エルハは春直の顔色があまり良くないことに気が付いた。古来種によって村も人も破壊され、両親も故郷も喪った春直にとって、村に再び戻ることは大きなストレスとなりかねない。彼を選ばず連れて来ないという選択肢もエルハにはあったが、他の誰も村の構造、何処に何があるかを知らない。それでも悪いことをしたという意識は、エルハの中にあった。

「春直、大丈夫かい?」

「何がです?」

 春直の手には、ランプがある。その火が、わずかに揺れた。

「何がって……。顔色が優れないように見える。僕がきみを無理やり連れて来てしまったことが原因だとはわかって」

「ぼくの故郷はなくなりました」

 エルハの言葉を遮り、春直は凛とした声でそう言った。二の句が継げないエルハに、にこりと微笑んで見せる。

「今の故郷は、銀の華です。……その時のことを思い出して辛いのは間違いないですけど、今は銀の華の一員として、何が起こっているのかを知りたいです」

「全く、春直は強いね」

 参った、というように両手を軽く挙げ、エルハは微笑んだ。それから春直に従って村長宅内を歩く。

 村長の家は他の住民の者より一回り以上大きく、幾つもの部屋が廊下の左右に並んでいる。廊下の突き当たりで、春直は立ち止まった。戸を開けるか否かを迷っているらしい。「どうしたんだい?」とエルハが声をかけると、若干の困惑を秘めた表情が見えた。

「この先は、村長の部屋兼書斎です。大量の本があって、まだ整理できてないものも多いと聞いたことがあります」

「……もしかしたら、この村のことについて書かれたものもあるかも、か」

「はい」

 部屋の戸を開けると、ドアがギギと音をたてた。中は、村長が暮らしていた当時のままだ。少し埃を被っているところはあったが、血を被ったものはない。春直によれば、村長は村の住民たちのことを守ろうと、いの一番に古来種たちの前に躍り出たという。

 壁は全て本棚だ。ゆうに二、三百冊はありそうな規模である。

「二人で手分けして、オオバ村の以前の姿や役割について書かれた書物がないか確認しよう」

「わかりました。……あ、ここから隣にも行けるんですよ。そっちにも書物はたくさんあったはずですから、ぼくはそっちから見ていきますね」

 春直が指したのは、本棚と本棚の隙間にある細い通路。その奥にも本が眠っているらしい。

「わかった。この辺りは歴史書だな。何かわかったらすぐに来てくれ」

「了解です」

 春直を見送り、エルハは書棚から一冊取り出し、最初のページから繰っていく。随分と古い時代に書かれたものもあるらしく、虫食いの本も見える。壊すことのないように、注意して読み進めなければならない。幸い、初めに手に取った本は、百年くらい前に書かれたもののようだ。

 それは『オオバの成り立ち』を伝記に交えて記した書物のようだ。

「……オオバは外と内とをつなぐ場。とびらがつなぐ光の先には、外がある。――外って、何処だ?」

 もう少し先を読み進めようと指を動かした矢先。

「――うわあああぁぁぁあっ」

「春直?」

 尋常ではない悲鳴は、部屋の外から聞こえた。次いでバタバタと走る足音が近付いて来る。エルハは必要と思われる本数冊をリュックに詰め込み、急いで廊下へと出た。

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