第141話 花畑

 背中が痛い。「うっ」と呻き声を上げ、ジェイスはうっすらと目を開けた。目の前に彼の見知った顔があり、その目が大きく開かれる。

「起きた! 団長、克臣さん、みんな。ジェイスさんが!」

 ユーギの叫び声を聞きつけ、離れた場所にいたリンたちがジェイスの周りに集まって来る。ジェイスは克臣の手を借り、ゆっくりと上半身を起こした。

「ここは……」

「鉱山の中だ。動けるか?」

「ああ、ありがとう」

 ジェイスは弱々しく微笑み、克臣がほっとした笑みを浮かべた。

「よかった」

「え?」

「もう、お前に戻ったな」

「……そうだな」

 あの後、祠が壊れてからの記憶がない。その間に何があったのか、ジェイスにはわからなかった。正直にそう言うと、傍で片膝をついていたリンが困り顔で笑った。

「……ジェイスさんは、あの祠に封印されていた地縛の魂に操られていたんです」

「操られて……?」

 どういうことかと問えば、リンを始め、克臣もユキも晶穂も、皆が少しずつ説明をくれた。

 何かに操られ、魔力を駆使して仲間を傷つけたことを。

 リンたちは全身傷だらけだ。血がにじんでいるところも少なくない。幸い折れることはなかったよ、と笑ったユーギの腕には、何かで擦り切った傷が生々しくあった。

「ごめん……」

 周りを見渡せば、それがどれほど激しい戦闘だったかは想像に難くない。幾つもの血の跡が散って、何かがぶつかった跡が壁にできている。

「操られて、傷つけて。それを知らずに……謝って済まないことだとはわかってるけど、ごめん」

「本当に、どうしようかと思いました」

 ジェイスが顔を上げると、リンが顔をしかめて彼を見つめていた。その隣に座る晶穂が、彼の腕に触れている。

「祠から黒いものが出てきて、ジェイスさんの中に入ってしまって。そして、攻撃されて。……俺たちがどれだけ驚いて心配して戦ったか、わかりますか?」

「……リン」

 晶穂が軽くリンの袖を引く。彼女の腕も傷だらけだ。幾つか火傷もある。

 リンはやんわりと晶穂の手を退け、「大丈夫」と呟いた。

「もう戻って来ないかもしれない。そんな恐怖に打ち負かされそうでした」

「……」

 謝っても謝り切れないことをしでかした。ジェイスの心が後悔で淀みそうになる。するとリンが、声色を変えた。

「でも、戻って来てくれましたね、ジェイスさん」

「……ああ、心配かけたね。リンも晶穂も、みんな、ありがとう」

 ふわり、とリンが微笑む。触発され、ジェイスも微笑んだ。涙が出そうになる。

 涙を拭おうとして顔を下に向けた時、気が付いた。自分の髪が白く変色している。そして、意識すれば翼を出現させることも出来た。その色は、やはり白色。

 翼を仕舞い、ジェイスは「みんなに聞いてもらいたいことがある」と切り出した。

 それは先程まで見ていた夢であり、自分自身の過去の記憶。父母の存在、そしてこの鉱山がどんな場所であったかという事実の話だ。

「鳥人……。まさかジェイスさんがその血を継ぐ人だったなんて」

「絶滅したと何処かで読んだが、その理由がなあ……」

「同じ人による迫害と強制労働。それがひとつの大きな原因であることは確かのようだ」

 口々に言う仲間たちに、ジェイスはそう締めた。これで自分が何者なのか、少しはわかった。生みの家族がどうなったのかはわからないが、きっともう、生きてはいないだろう。

 両親はジェイスに言った。「幸せに」と。だからジェイスは、心の中で呟いた。

(幸せだよ、父さん、母さん。二人が逃がしてくれたから、わたしは彼らと共に居られる。ありがとう)

 妙にしんみりとした空気が流れる。それを壊すように、ユキが「そうだ!」と声を上げた。

「お兄ちゃん、ジェイスさんが起きたから見に行くんでしょ?」

「見に行く?」

 ジェイスが首を傾げると、リンは思い出したように「ああ、そうだな」と微笑んだ。

「実は……戦闘の最中さなかにこの洞窟の端に穴が開いたんです。その向こうにまた続く道があって。偵察してきた唯文と春直によれば、外につながっていそうだ、と」

「なるほど。じゃあ、行こうか」

 ところどころ痛みはあるが、動けない程ではない。心配する仲間たちにそう言って笑い、ジェイスは春直の先導に従った。




「ここから、外に出られると思います」

「確かに、風が入って来るね」

 派手に壊れた壁を抜け、リンたちは鉱山の更に奥へ進んでいた。白い鉱石が幾つも見られる細い道は、この洞窟が鉱山の役割を果たしていた当時、使われていなかったのだろう。

 唯文が指差したのは、一際明るい出口。リンを先頭に、敵襲を警戒しながら外に出る。

「―――――――え」

「リン? ……あ」

 晶穂は洞窟から出た直後に固まってしまったリンの脇から外に出て、絶句した。

「何だ、これ……!」

「う……うわぁ!」

「凄い」

「きれいだね……」

 言葉が出ない、とは今使うべき言葉だろう。晶穂の後ろから出てきた年少組も口々に感嘆の言葉を漏らす。

「これは……花畑、か?」

「あの人たちが隠し通したのは、これだったのか……」

 克臣とジェイスも彼らの傍に立ち、目の前の後継から目を離せなかった。ようやく我に返ったリンが、呟く。

「銀の花、畑……!」

 風が吹く。その風に揺れる花弁は、全て美しい銀色だ。桔梗や百合、バラ、蒲公英、パンジー。花の形は幾つもあるが、色は同じだ。そして、葉も染まっている。

 銀色に輝く花々が、一面に広がっていた。

「ここは、銀山だったんだ」

 一歩前に出たジェイスが、呟く。聞き返すリンに、夢と景色によって導き出された見解を伝える。

「夢では何の鉱物かはわからなかったんだ。だけど、ここに来てわかった。花は鉱山の銀の成分が溶けたのを吸い込んで、銀色に染まってしまったんだと思う。……あくまで、想像の域を出ないけどね」

「……父さんは、この花を探していたんでしょうか?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。だけど、この風景が神秘的で美しいことに変わりはない、かな」

「珍しくきざなこと言うな?」

 ひょっこり顔を覗かせた克臣が茶化す。

「ちょっと、言ってみたかっただけだから」

 ジェイスは照れて、柔らかく微笑んだ。それに、と呟く。

「父さんと母さんが最後に逃げていた時、『花』のことを少し言ってたんだ。花を、雇用主である男には教えないとか。きっと、これを知られたくなかっただろうね」

「昔から、人の目をかいくぐってひっそりとここにあったってことだな」

 そう思うと、見つけた者の願いを叶えるという神秘性にも納得がいく。

 リンたちの目の前では、花を折らないよう踏みつぶさないように注意しながら愛でている年少組四人と晶穂の姿があった。

「リン」

「はい?」

 克臣に小突かれ、リンは首を傾げる。

「こんな神秘的できれいな場所なんて、滅多に来られないぞ。……晶穂の傍に、行ってやれ」

「……!」

「克臣……。でも一理ある、かな。いい思い出を作っておいで」

「ジェイスさんまで!? わ、わかりました」

 顔を真っ赤にして、晶穂のもとへ駆け寄るリン。二人のほのぼのと優しい雰囲気を遠めに見つつ、ジェイスは克臣とその場に残った。

「そういえば、エルクに銀の華を見つけたら連絡すると約束したんだった」

「するのか? 連絡」

「……うん、しよう」

 少し考えた後、ジェイスは頷いた。

「エルクなら、この場所の不利益になるようなことはしないだろう。きっと、わたしたちと同じように感動してくれるはずだ」

 克臣によく似ているしな。そう言ってやると、克臣は声を上げて笑った。

「あっはは。どういう意味だよ、それ!」

「そのままだけど?」

 ジェイスの目は、自然とリンと晶穂たちの方を向く。白銀に輝く花々に囲まれて、二人ははにかみながら何かを話している。少し視界を広げれば、ユキたち年少組が離れたところで花の種類あてゲームをしていた。

 それぞれの体には、激しく厳しい戦いの傷がある。それでも、今、笑っていられる。嘘のような青空が、広がる。

 それがとても幸せだと、ジェイスは記憶の彼方に微笑んだ。

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