第5話 這い寄る死神(1)

ノートは操縦席に座っている男の口の中に電子ルーペをグイと押し込んで覗き込んだ。考え込むように唸りながらルーペの柄の”輪っか”に差し入れた人差し指を軸に中世地球のコミックに登場するガンマンのようにクルクルと電子ルーペを回転させた。ここは水星のアリストン宇宙貨物港。ノートがいるのは例の船の船橋である。カリン主席の計らいで現場には停滞力場がはりめぐらされ、現場も問題の男の死体も着陸した時、そのままの状態で保存されている。

「一体どうやって体に砂をながしこんだのか」

ノートはつぶやきながら再び唸った。顔、手、腕、足、死体をくまなく調べたがヒューマノイドであれば抵抗した時につくはずの傷は見当たらない。ノートは床に目を移した。床にはとぎれとぎれに砂が落ちている。さらに、ご丁寧にも砂には靴で引きずった跡がある。ノートも一応調べてみたが太陽系惑星連合警察の調査結果の通り、砂の靴跡はこの男のものとピタリと一致した。この男は一体どこから現れたのか?それに、足跡が残っているということはクルーが外へ吸い出された後、この男が現れたということを意味している。 パトロール艇のクルーが乗りこんだ時に生命反応はなかった。太陽系惑星連合警察の使用する生命走査器はもちろん高性能だ。過去には犯罪者が生命走査をすり抜ける方法も編み出していたが、今ではほぼ不可能といってもいい。ノートは操作盤の上に置いてあったオレンジ色の万能収納ボックスから、棒状の装置を取り出し細いコードを自分のコムパッドに繋げた。そして、棒の先に注射針をつけると、それを死体の耳に刺した。これはノートが考案した生体検査器である。太陽系惑星連合警察でも同様なものを使っているが、これはそれよりも高性能だ。連合警察のものは、死後何時間が経過しているのかを計測するのに1時間程度の誤差が生じるが、ノートのものは誤差10分前後で計測することができる。特筆すべきは全太陽系の惑星人の計測ができることだった。これはエドワードの卓越した頭脳と正確無比なハンマーの製作技術もさることながら、ノートの医師としての経験、そして土星の最大の衛星・トプルクでン-トが集めた貴重な医療データのおかげだった。トプルクはもともと未開の星だったが、数年前から開発が進み水星人から冥王星人まで開拓の心を燃やす人々が集まり日々汗を流して働いていた。しかし、突然発生した風土病によりトプルクは他の惑星との往来が禁止され、死の星になりつつあった。ノートは風土病の治療のために結成された惑星連合医師団の一員であった。そこでノートは必至で治療にあたる一方で、患者から各惑星人の生体情報を集め続けた。その当時、太陽系のどこにも全惑星人の生体情報を持つ医療機関はなかった。ノートには夢があった。いつでも、どこでも、どの惑星人であろうと治療が迅速に受けられる世界。ノートは懸命に治療にあたりながら情報を集め続けた。ノートの考えに無理解な周囲は彼に軽蔑や嫌悪の目を向けた。今は理解されなくとも、未来、このデータが全惑星人に必ず役に立つ。ノートは決してやめなかった。エドワードに初めて出会ったのはそんな時だった。

「面白いことをやってるんだって」

あの日のエドワードの笑みをノートは生涯わすれないだろう。あの日から自分の歩む道は決まったのだ。生体検査器が短く2度鳴った。ノートはコムパッドをみた。やはり宇宙パトロール艇のクルーが乗りこんだ時すでにこの男は死んでいた。検査を2回繰り返したが結果は同じ。ノートが再び次の推測をめぐらせようとした時、腰のテレコムの呼び出し音が鳴った。テレコムを取り上げのスイッチを入れるとハンマーの声が響いた。

「マスター ノート マスター エドワードが超特急でこちらへ来てくれと言っています」

テレコムの画面にはむこうの様子が映し出されている。これはハンマーの人工眼に内臓されたカメラの映像だ。作業員に矢継ぎ早に指示を出すエドワードの後ろ姿が映っている。エドワードの顔がこちらに向くと、ハンマーの眼を通してエドワードが話す。

「ノート 楽しい時間を邪魔してすまない。プラネット号のサイクロトロンをめい一杯吹かしてこっちへ来てくれ。このままでは水星の生物が全滅する」

冗談めしかしてはいるが、エドワードがひどく緊張しているのがノートには分かった。

「わかった。すぐに向かう」

ノートはテレコムのスイッチを切るとテキパキと検査機器を万能収納ボックスに仕舞うと最初は急ぎ足で、そしてすぐ駆け始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る