第4話 捜査開始!

やや背が曲がったその男は60歳を過ぎたくらいだろうか。肉体労働者特有の体つきをしていたが、太陽に近い惑星で長い間働いていたせいであろうか、目はやや白く濁っている。男が飯場の入口に差し掛かった時、赤褐色の頑強な体をした火星人とぶつかってドシンと尻もちをついた。


「おい 爺さん 気をつけな!」


一喝された男はゆっくりと立ち上がり、ちょこんと頭を下げると大型磁気ブルトーザーの前に並ぶ男たちの列に向かって歩いていく。

そこには火星人、土星人、地球人、金星人、木星人などざまざまな星からやってきた男たちが並んでいた。

その男たちの前には現場監督らしき土星人がガラ声をあげている。灰色の肌。4本の腕。土星の高重力と現場で鍛えられたたくましい両肩に頭がやや埋もれている。


「次!11番!11番はどこだ?」


現場監督は、誰も名乗り出ないことにイライラしながらヘルメットを少し持上げるとつるりとした頭の汗を拭う。


「まったく」と口の中で毒づくき次の番号を呼ぼうとしたとき

「旦那 すいやせん 現場監督の旦那」かすれた声が居並ぶ男たちの後ろから聞こえた。男達の間からでてきたのは先ほどの老人だった。


「おいおい こんな老いぼれが採用試験にくるとは聞いてないぞ」

現場監督は採用試験の応募者のリストを調べ始める。

「旦那 大丈夫でさあ あっしは若い頃から転がしているんで へい」

その老人はニコリと笑うと現場監督のうとましい目線を背に受けながら磁気ブルドーザーに乗りこむ。


「おい 爺さん わかってるな 目の前の砂の山を半ブロック先にある太陽発電パラボナアンテナの脇のあたりに移動させるんだ」

現場監督はヘルメットのテレラインで呼びかける。

磁気ブルドーザーの運転席に座った老人が、わかりましたという風にちょこんと頭を下げるのが見える。

ゆっくりと動き出した磁気ブルドーザーを見ながら、試験を待つ男たちも早く終わってくれという顔をしている。


ここは水星。現在、洋上に人工の陸地を造成する開発が10箇所で進んでいる。ここはそのうちのひとつである10番目の人工陸地の造成現場である。水星は表面の約95.7%が海で覆われているまさに水の惑星である。


近年、海中山脈で希少な60番目の鉱石・マリニウムが発見された。海中開発が進むとともに海でも人工陸地の開発も進んでいる。それに伴い、太陽系中から企業と労働者、そして犯罪者が水星に流れ込んできている。


それにともない、水星人の間では彼らが生まれた故郷 海への回帰を唱える人々と進歩開発を望む人々の間での争いが起きている。(進歩的な考えをする勢力はマカナ派。原点回帰を求める勢力をダラカナ派と呼ぶ)ダラカナ派は人工大陸造成のために海中の土を利用することに強固に反対し、その解決策として火星からの砂の輸入が行われるようになった。近年の気候変動とともに砂被害が拡大しつつある火星にとって厄介ものを金に替えられるとあって砂は火星の主要な輸出品となりつつある。


「爺さん 何をとろとろやってるんだ 早くやらねえと太陽に体が焼かれちまうぜ」すでに試験を終え、結果を待つだけの男たちから苛立ちの声があがる。


老人が運転する磁気ブルトーザーは右から左へ、左から右へと一定の動きで砂の山をキレイに切り崩し指定の場所へ移していく。それは実にゆっくりとしたものに見えたが、見る人が見ればかなりの腕前であることが分かる。砂の移動を終えると老人は運転席から降りて採用結果を待つ男たちの列に並んだ。

「よおし 今から読み上げる番号を呼ぶぞ 3番! 7番! 以上だ」現場監督のガラガラ声が響く。


「おいおい 3人じゃねえのか!」金星人の男が不満の声をあげた。

「すまねえな ここじゃあこの俺様がしきってるんだ 文句があるなら他所へいきな」そう言いながら現場監督は4つある目のうちの2つをグルリとその金星人に向けて睨む。土星人が得意とする恫喝する目つきだ。

金星人の体は現場監督と同じくらい筋骨隆々としていたが現場監督とは鉄火場をこなした数が違ったようだ。しばらく睨み合った後、ツバを吐き捨てると背をむけてスタスタと歩き出す。それに合わせるように周りの男たちもそれに倣うようにその場を立ち去り始める。


「よおし お前ら こっちへこい」現場監督が手招きした時

「11番のじいさん かなり手際がよかったぜ 雇ってあげたらどうなんだい?」現場監督はまたかと声がしたほうに顔を向けた。声の主は7番と呼ばれた火星人の若者だった。現場監督の四つ全ての目がグルリと若者に向いた。


「腕がいいやつがいたほうが得でしょう?」その若者の目はキラキラと輝き、まるでこれから起こるであろう”もめごと”を期待しているかのようだった。

「歳くった老いぼれなんぞいらねえ!」現場監督の後ろを通り過ぎようとした現場案内ロボットがその声に反応したのか一瞬ピタリと動きを止める。ロボットは何か自分に用事があるのかと声の主を探して黄色と黒で塗装された頭を左右に振った後、何事もなかったかのように歩き始める。


「せっかくこんな辺鄙な海の上まで来てくれたんだ。ここまでくるのだってただじゃない。どうだい俺が面倒みるから」

「おい火星人野郎 おめえもこの仕事で飯食ってるならわかってるだろうが 監督の言葉は絶対なんだ」現場監督の声が徐々に低く、怒気を帯び始めているのが周りの誰にも分かった。


「分かってるよ でもよ 俺はガキの頃からばあ様からよ~く言い聞かせられてきたんだ 火星人は一度口にしたことは絶対曲げちゃなんねえってな」

現場監督の両肩の筋肉がメリメリと盛り上がる。その姿は太古の絵に描かれている魔人を思わせるものだった。日頃の憂さを晴らせそうな見世物の匂いを嗅ぎつけて若者と現場監督の周りにはいつの間にか男たちが集まり始める。中には早速賭けのネタにしようと、作業帽を片手に野次馬たちに声をかけ始める男もいる。


「兄さん もうそのくらいで」どういう訳か問題の種になってしまった老人がオロオロと若者に声をかける。

「じい様 損はさせねえよ」若者は全く動じた様子がない。

「じゃあ 昔ながらのやり方しかねえようだな」現場監督はそう言うと下2本の腕を持ち上げると勢いよく若者に振り下ろした。


ただでさえ力自慢の土星人、しかも腕っぷしの強いことで有名な現場監督の腕の一振りが普通の火星人をどんな姿に変えるのか。荒くれごとに慣れてるはずの周りの男たちも思わず目を逸らした。そして、ドシンという音とともに地面が揺れた。

地面よりも平らになった若者を想像しながら彼らがゆっくりと目を開くと、そこには涼しげな顔で立つ若者。そして彼の足元には金星蛙のように無様に仰向けにひっくり返った現場監督が見えた。


「なんてこった(デヴィルズ オブ スペース)」

男たちの中から驚きの声が聞こえた。頭を振りながら何が起きたのかわからないまま茫然とする現場監督の顔を若者がいたずらっぽく覗き込む。


「どうだい?考え直すかい?」体を起こそうとする現場監督に若者は手を差し出す。

「くそいまいましい火星人野郎目! 負けだ 勝手にしろ だがいいか!そのおいぼれがくたばっても俺は面倒みないからな」

現場監督は若者をピシャリと手を払いのけると恥をさらしたことを誤魔化すように体の埃を払いながら立ち上がる。若者は払いのけられた手を痛そうに口で息をフーフーと吹いて少しおどけてみせた。


「見世物は終わりだ お前らとっとと失せやがれ」現場監督はいつの間にか集まってきた野次馬連中を4つの眼でグルリと見回す。賭けにもならず勝負があっさりついてしまったことを嘆きながら男たちはそれぞれの持ち場へ戻っていく。


「お前とじいさん 俺についてこい おい 若造 お前の持ち場はあそこに突っ立てるロボットに訊け」」現場監督はそう言うと管理タワーへ向かって歩きだした。老人ともう一人の男がその後を追いかける。


「兄さん こんな老いぼれのためにほんとうにすまねえ 恩にきるよ」老人は若者に近寄ると被っていた帽子を脱ぎ若者に礼を言った。

「気にするこたあねえよ じいさん さあ 仕事にとりかかろうぜ」若者はポンと老人の肩を叩き、砂山の前で文字通り微動だにせず立っている黄色と黒の頭をした現場案内ロボットに近づいていく。


「こんばんわ ロボットさん 現場監督に言われて来たんだが 俺の持ち場ってのはどこだい? なにせ水星は初めてだからな できたら一緒に来て案内くんねえか?」

「ワカリマシタ コチラヘドウゾ」

ロボットは人工音声でそう答えるとガチャンガチャンとぎこちない動きで歩き始める。その姿を見て若者はクスリと笑うとサーカス団のピエロの後を追いかける子供のように楽しそうにロボットの後に続く。


「どうだい ここの居心地は?」どこからともなく声がした。

「こんなトンマな恰好をするのはもう二度と勘弁ですぜ」さっきとは打って変わった調子で現場案内ロボットがささやき声で答えた。

どうやらこのロボットはこの会話が誰かに聞かれるのを怖れているようだった。もっとも、人間のような口がないためロボットがしゃべっているかどうかはよほど近寄らなければ分からない。それにこの現場案内ロボット、いや、ハンマーは自分の声を超指向性に加工して限られた範囲にいる者にしか聞こえないようにしていた。


「今回の姿はどうだい? この前の時の事件の時より火星人っぽくできたと思うんだが」再び声がした。若者の口は動いていない。しかし、その声は確実に若者から発せられていた。

「マスターエドワード こう言ってはなんですが、あんな騒ぎを起こしちゃ せっかく変装した意味が」

「すまんすまん どうしても我慢できなかったんだ」若者の口を動かさずに謝る。

これは口を動かさずに会話する術。そう、エドワード・ハミルトンが得意とする腹話術だった。


「どうだい 問題の男は見付かったかい?」そろそろハンマーをからかうのは潮時だろうとエドワードは声を真剣なものに戻す。

「へい この2日 そこいらじゅうを駆けずり回ってってようやくみつけました」

ハンマーは頭を360度グルリと回し、自分たちを見張っている者がいないか確かめた後、体の腹にある収納ボックスの蓋を開け一枚の3D写真を取り出した。


「髪はボサボサ 髭が生えてますが間違いありません。私の人工頭脳が答えをはじき出しました。あの男、船橋で死んでいた男と瓜二つ、いや、同じ人間です」

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