第2話 誰もいない船

「フロスティー もうヘルメットをとってもいいかな?」

ロスは食堂の奥で環境走査器を手にした男にたずねた。フロストはチラリとロスの方に頭を動かすと片手でOKのサインを出した。ロスはヘルメットを脱いだ。ひんやりとした空気が顔をなでる。ここは船首区画 C-6ブロックの食堂。ロスは部下からの連絡を受けて急いでここへ駆けつけてきたばかりだった。

「ロス隊長 これを見てください」ロスは部下が指さす先を見た。そこには床に脱ぎ捨てられた数十着の作業服があった。それがロスたちがみつけた、この船に乗組員がいたことを示す唯一の証拠だった。

「一体何がおきたんでしょうか」

「それは俺が聞きたいよ」と口から出かかる言葉をロスは飲み込んだ。

船内に入ってすぐ、ロスは船首と船尾をつなぐセンターピラー内の連絡通路を通り船橋を調べた。ロスたちは中の様子をそっとうかがい原子銃を構え船橋に飛び込んだ。しかし、そこで彼らを出迎えたのは宇宙海賊たちが放つ光子熱線ではなく、刻々と数字を表示し続ける計器類、そして座るべき主たちを失った無人の座席だった。ロスたちとは逆に船尾のエンジン区画に向かった部下たちも同様に乗組員たちを見つけることはできなかった。

そして、ようやく見つけたのが乱雑に脱ぎ捨てられた作業服。つまり、たったひとつ分かったことは、乗組員は確実に船に乗るには乗ったが今はどこにもいない。ということだ。宇宙空間に漂う誰もいない船。

「こりゃまるでガキの頃に読んだ」ロスはつぶやいた。

「幽霊船」フロストはそのあとにでるであろう言葉を続けていった。宇宙の幽霊船。フロストは背筋に冷たいものにそっと触れられたような気がした。

「やれやれ これはすぐに任務完了。とはいきそうにないな」ロスは片手で頭をボリボリと掻いた。フロストはその芝居がかった仕草に笑いそうになるのをこらえた。今のフロストには、ロスが醸し出す余裕がいつもに増してありがたがった。チーム全体に、特に新人たちの間にこの異常な事態への不安と緊張が高まりつつあるのをフロストは感じとっていたからだ。ロスは一息入れた後、何かを決断したようにテレコムのスイッチを入れた。

「よし 一旦、全員をエアロックに集合させよう」


ロスがエアロックを強制解除して船内に入るという報告をしてから1時間が経とうとしていた。船内に入って一回、貨物船の船橋の通信機を使って一回。重力だまりの影響か切れ切れの通信が2回。中央スクリーンの映像を見ながらソーントンは考えの中に沈んでいた。その時、船橋のインターコムが鳴った。

「こちらロス ・・・やはり・・船・・・に乗員は・・・・ません 一旦そちらに・・・・どうした?・・・」突然雑音が激しくなり通信がプツリと途切れた。

「カメラを エアロックをズームしろ!」ソーントンはすぐに命じた。映像がエアロックを捉えた瞬間、扉が開放され、そこから勢いよく5~6個ほどの物体が、いや、人影が船内のエアーとともに宇宙空間へ勢いよく吹き飛ばされていくのが見えた。回転する体を安定させようとバタバタと手足を動かすがうまくいかないようだ。回転する彼らのスペーススーツと船内のエアーとともに吹だした塵のようなものが太陽光を反射してキラキラと光る。

「レーダーマン! レーダーで彼らを捕捉しろ」

「操舵 彼らを追え」ソーントンの鋭い指示が飛ぶ。パトロール艇が彼方へ飛び去ろうとするロスたちを追おうと動きだした時、突然、貨物船に連結してあるコンテナ群の中から白いガスが吹き出しコンテナが一つがスっと切り離された。その向かう先は・・・

「艇長 船のコンテナが」レーダーマンが上ずった声を放った。

「操舵!回避!」レーダーマンの報告をすべてを聞きとる前に、ソーントンは本能的に危険を察知して操舵担当に命じた。操舵担当の口からウッという呻き声のような息が漏れる。その瞬間、パトロール艇を衝撃が襲った。

ギッ ギギギギギギギギギギ

巨人がコンテナとパトロール艇をそれぞれ両手にもち、二つをこすり合わせたような激しい金属音が振動とともに船内に鳴り響く。ソーントンは座席から振り落とされないように両手足をふんばり、自分に呪いの言葉を吐きかけることしかできなかった。

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