宇宙幽霊船の謎

シュトルツ

第1話 宇宙にただよう船

太陽系惑星連合警察機構 水星星域管区所属の宇宙パトロール艇 SPD-M 42号は金星から水星にかけての商用航路の定期パトロールを終え水星への帰路にあった。今回のパトロールでは宇宙貨物船同士の軽い接触事故があった程度で、命を賭けるような大事件には遭遇しなかった。水星警察支部まで地球時間で1日と11時間あるが、艇内には次の休暇で何をするのか等の軽口で盛り上がるくらいの安堵と余裕が生まれつつあった。

今回のパトロールは養成学校を卒業したばかりの新人がクルーのほとんどを占めている。任務中の緊張感を乱さないよう程度には声を抑えてるとはいえ、最初の任務を無事に終えようとする高揚感のためだろう、部下たちが交わす会話はやや耳障りなものになろうとしていた。

「俺があの歳のところはどんなだったろう?」

艇長のソーントンは部下達の姿を視界の脇で眺めながら記憶を辿ってみた。しかし、無我夢中で任務をこなしてきたこと以上のものは何も思い出せなかった。

太陽系惑星連合警察機構の宇宙警士養成学校の門をくぐってから20年。艇長になってから8年。今年で39歳になる。体力・精神力ともに現場で働くにはまだ十分いけると思ってはいるが、そろそろ次のことも考えなければならないかもしれない。

「さてさて 騒ぐ気持ちもわかるが この坊やたちをどうしたものだろう?」ソーントンは誰に言うでもなくつぶやいた。その声に気付いたのか たまたまなのかロスがソーントンの元へやってきた。

ロスは一等宇宙警士。ソーントンが艇長になってからの付き合いであり右腕として信頼している男だ。

「何かお困りですか?艇長」

ロスはいつものいたずらっぽい笑顔を浮かべながらソーントンに貨物船接触事故の報告書を差し出した。

ソーントンはロスのこの楽天的なところが好きだった。厳しい状況の中で何回これに助けられたことか。自分は艇長どまりだったが、この男ならもっと上位の職に就く事ができるだろうとソーントンは思っている。

「何か起こるのは困る。何も起きないのはもっと困る さ」

ソーントンは報告書のページをめくり、問題がないことを確認するとそれをロスに戻す。

ロスは芝居がかった仕草で報告書を受け取るとソーントンに敬礼した。

「では 愛しの我が家に着くまでの間、坊やたちには何か仕事を与えておきます。それでよろしいですか 艇長?」

「わかった よきにはからってくれたまえ」

ソーントンはロスにニヤリと笑いかけ敬礼を返す。

「かしこまりました 艇長殿!」

ロスはクルリと回れ右をすると自分の席へ戻ると早速クルー達に指示を与え始める。落ち着かないソワソワとしていた雰囲気が固いものへ変わり、軽口が計器チェックのため各種数値を読み上げる声に代った。艦橋は普段の雰囲気を取り戻した。

「これでよし」ソーントンはクルー達の動きに満足したように軽くうなずいた。

気が付くとクルー達の交代時間になっていた。操縦・航行・武器管制・通信・レーダーなど各担当者が手順通り次の交代要員に仕事の引継ぎを始める。ロスを見ると「そろそろ艇長もお休みになってはいかがですか?」という目線がソーントンに返ってきた。

水星に接近するにつれ注意を払わなければならない事項は増える。クルーのほとんどを新人たちが占める状況であればなおさらである。休むならこのタイミングかもしれない。ソーントンがそんな事を考えていたとき

「艇長 不審な反応があり 距離約120万宇宙キロ」

レーダーマンの緊張した声が艦橋に響いた。

「詳細を報告しろ」ソーントンは意識して落ち着いた声で命じる。

「速度 0 完全停止状態 おそらく えー 貨物船 だと思われます」

「落ち着いて訓練通りやれ 通信 救難信号はでているか」

「はい! えーと 出ていません」

「呼びかけてみろ」

「こちら太陽系惑星連合警察機構 水星星域管区所属 パトロール艇 SPD-M42号・・・」

優秀なクルーたちとはいえ、訓練と現場では違う。軽い興奮状態になるのは仕方がない。

ロスがレーダーマンの横に立ち細かい指示を飛ばす。

「商用航路からかなり外れていますね」ロスが艦橋のメインモニターに映し出された情報を見ながらソーントンに話しかける。

「レーダーマン 反応点の周囲に別の反応はないか」

「ありません」

「通信 返信は?」

「ありません」

「操舵 コースを貨物船にとれ」

「通信 本部に連絡 不審な貨物船を発見 調査に向かう」

ソーントンはチラリとロスの顔をみやってから命じた。

「ベル 3回 警戒レベル レッド」

短いブザーが3回連続して艇内に鳴り響く。各ブロックは隔壁で仕切られ音はしないがクルー達があわただしく所定の位置につくのが感じられる。ここ数年水星星域での宇宙海賊の被害はほとんどないが、新人のクルーが大半を占めている状況では最高レベルの警戒にするのが適当だろう。快速を誇るパトロール艇だけあってすぐに船外カメラが貨物船の姿をを捉え始めた。

「レーダーマン 映像を中央スクリーンに」

スクリーンに映し出された船は地球の魚の姿の骨に似ていることから俗にフィッシュボーンタイプと呼ばれるありふれた貨物船だった。魚の頭にあたる、管制・居住区がある船首と魚の尾 船尾のエンジン部分は魚の頭と尾を貫く脊椎のように一本のタイタニウム製の中央柱・センターピラー 通称スケルトンピラーでつながっている。センターピラーには貨物コンテナが接続されている。フィッシュボーンタイプの最大の利点はセンターピラーの長さを調節することで積荷を容易に増減することができることである。その単純な構造と使い勝手のよさから内太陽系での貨物輸送にもっとも多く用いられている。

「操舵 減速 微速1/3 貨物船から1.2の距離を保ち周回」

「レーダーマン エネルギーの外部漏出を確認」

「反応・・・ありません」

「船籍を確認」

カメラがズームし貨物船の船首部分を捉える。

「ルパート&ルパート社」

ソーントンは声を出して読み上げてしまった自分に気付いた。声に出すほどのことではないはずなのに。

「通信 本部へ連絡 貨物船を捕捉 船の詳細と運航プランの照会を大至急だ」

通信担当がすぐに本部に呼びかけ始める。

「艇長 通信状態不良 本部を呼び出せません」

「これは 重力だまりのようですね」通信担当の計器の数値を見ながらロスがソーントンに報告する。

太陽系内には「重力だまり」と呼ばれる重力の不均衡が激しい宙域が点在する。航行に大きな支障はないが通信や航法系の計器に影響を及ぼす。

ソーントンは心の中で舌打ちした。部下たちの興奮状態が、少なからず自分の判断能力にも影響を与えていたのかもしれなかった。

「レーダーマン 船内のエネルギー分布 生命反応を調べてくれ 周囲に妙な反応があればすぐに報告 」

「了解 重力だまりの影響があります エネルギー分布に動きなし 生命反応・・・ありません もしくは低生命維持モードにしている可能性もあります」

「一旦離れて通信を確保してから調査しますか?」ロスがそれとなくソーントンに決断を促す。

確実な手だ。だが、その間に何らかの犯罪を見逃す可能性もある。それに遭難の可能性も考慮しなくてはならない。その場合は、貨物船の乗組員の命に係わる。

「いや すぐに調査しよう ロス チームを編成してくれ 装備レベル3 メンバー選出は任せる」

「了解!」ロスの声にはどこか任務を楽しんでいるような雰囲気が含まれていたが、それが部下たちの気分をほぐす役割を果たしている。ロスはすでにこの命令を予測していたのだろう、10分足らずの間に全ての準備を整えた。

「艇長 準備完了 いつでも」

インターコムからロスの声が響く。ソーントンは軽くうなずき操舵担当に命じる。

「操舵 規定の距離をとって 貨物船に横づけしろ」

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